雨音ラプソディア

月影砂門

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第五番 〜光と風と氷の子守唄《アンジュ・ヴィーゲンリート》〜

第四楽章〜剣崎兄弟の二重奏《デュエット》

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 翌朝、客が寝泊まりする部屋に俺たちはお邪魔した。黎の家なのでお邪魔というのもおかしな話だが


 「あれ、紫苑」

 「海景さま、クロヤに呼ばれて参りました」

 「え?」

 「晩に急に熱出しやがったんだ」


 クロヤさんは、医者の不養生状態の海景の代わりに医療系ホムンクルス紫苑さんを呼びつけた。迅速な対応により若干熱も引いたとのこと。それでも八度を超える熱だ


 「微熱を拗らせていたのでしょう。その身体に鞭打って調べていたものと思われます」

 「それで急激に」

 「途中熱で死にそうとボヤいておりましたよ」


 話せるならまだマシだとのこと。でもピークは四十度弱の高熱だった。本当に相当疲れていたんだろう。一度ボヤいてしばらくしてまた眠ったそうだ。それくらい休んでくれても全然問題ない。
 そして、そんな兄貴を無理やり起こし、聞き出し、無理やり寝かせた双子のホムンクルスは、海景くんに説教されていた。はいと猛反省している様子だ。ホムンクルスってこんなに人間っぽいんだな。


 「じゃあ、紫苑引き続き琥珀のことを頼む」

 「ていうわけで、女性陣よ」

 「ん?」

 「どうしたの?」

 「なに?」

 「ショッピングに行ってこい」

 「そういえば約束していたね。お姉ちゃんは疲れは取れたのかい?」

 「滅多打ちにできるくらいには回復した」


 アンチたちが震え上がるようなことを真顔で言った。黎に恋に砂歌さん。ぶっちゃけ最強ではないかと思われる布陣。兄貴が作戦不要と放り投げたらしい。


 「お言葉に甘えて出かけちゃおうか」

 「何にせよ、我々ではすでに行き詰まっている状況だからな。なんか、お父様と黄玉の再現になってきた」

 「そういや、黄玉さんが不在のときに火を噴きながら蛍と分析したり作戦立てたりしてたな」


 余談だが、砂歌さんのお父さんである砂威王の参謀は黄玉さんでその助手は蛍さん。その同期である水と領域系真言使いであった蕗樹さんは片付けが苦手な黄玉さんの部屋の掃除係。あれ、どこかで見たことがあるシチュエーションだ


 「そういや琥珀、考え始めたら部屋散らかしまくるんだよ。確かによく片付けてた」

 
 過去に一度も出てこなかった蕗樹さんの役割を大誠さんが負うことになってるってことか。でも、夢に一度も出てきてない


 「わたしの初陣のとき、蕗樹は黄玉の指示で調査に出向いていたんだ。内部で怪しい動きが見られたから」

 「そういうことだったのね」

 「え、でもその時の再現をするとしたら・・・光紀が琥珀兄ちゃんの助手ってことか?」

 「そうなるな。へぇいいじゃねぇか、光紀なら琥珀についていけそうだぜ」

 「そ、そうかな」


 手合わせの時、兄貴にちゃんとついていけたから、光紀ならやれるかもしれないな。 まず、俺もついていけるようになるべきじゃないのか


 「わかってんじゃねぇか。あ、でも爆走の焔と知将の琥珀か・・・」

 「琥珀が剣を使えたらまだ・・・共闘できなくもないだろうけどなぁ。銃と剣じゃ普段とほとんど変わらねぇし」

 「何言ってんだ、お前ら」

 「え?」


 ぶっきらぼうに言い放ってきたのは、暁ではなくクロヤだった。


 「琥珀は、剣も使えるぞ」

 「・・・」


 一瞬フリーズ、そして頭真っ白、大困惑。兄貴は、剣も使える?いや、どういうことだ


 「剣道部だったっけ・・・?」

 「朝方ちょっと起きた時だ」


 ここから少し朝方に遡る。朝方というか、夜明け前くらい。

 
 「ん、あれ・・・?」


 目が覚め重い体をゆっくり起こし、周りを見回す琥珀。寝起きでウェーブがかかった髪があちこちに跳ね、普段よりもどこか幼げな印象を与える。入院中、紫苑たちが気づいた頃には普段通り整えられていたため、この姿は初見だ。余談だが、そもそも童顔なため、深夜バイト帰りに補導されかけたことが何度もある。
 そして、キョロキョロ見回す琥珀色の双眸にまず映ったのは、昨日自分を無理やり起こしたクロヤだった。


 「あー、そっか熱出したんだっけ」

 「しんどそうだったぞ」

 「まあ否定はしないよ。ダルいのは確か。我ながら昨日よくあれだけ喋れたな」


 自分でも呆れる。話せることは話しておきたい琥珀は、参謀あたりで砂歌に止められなければおそらく喋り続けていただろうと思った。もはや性分なのだ。話したくないことは誤魔化すこともある。


 「お前腕利きのスナイパーなんだってな。海景が言ってた」

 「どうなんだろうね。そんなに凄くないよ。僕より凄い人は山ほどいるからね」

 「他になにか使えないのか?ほら、暁は沢山使えるだろ?多く使えた方がいいと思うんだが」

 「弁論の余地もない。ただ、剣の心得はあるんだけどね」


 小学生の頃に独学で覚えた剣。そして中学、高校と上がり真剣に武術と向き合った。その武術は


 「居合術」

 「そりゃ・・・あー」


 ・・・迎撃系剣術か
 敵の急な動きにも対抗することが可能であろう居合。その技術わざを身につけるには相当の努力が必要。もちろんセンスがある者には及ばないかもしれないが。一で相手の攻撃を受け流すか仕留める。もしくは二や三で仕留める。抜いて受け流すは何とかできても、攻撃までの流れも完璧にできるようにするところが難しい。


 「でも、今の僕には剣より銃の方があってる。焔たちの動きを見て、彼らの隙を突こうとする敵を撃ち抜く。二刀流もありかもしれないけど」

 「なんで動き回る体術や普通の剣術をしないんだ?」

 「ん?体質。動きすぎるとすぐスタミナが切れちゃうから。静の状態から瞬間の動が僕の戦い方として正解だと思ってる。体質を言い訳にするのも情けない話だけど」


 スタミナが切れないよう、琥珀は敢えて真言のなかでも基礎中の基礎を使う。そのために必要なのは敵を翻弄する戦法。敵に命中するように、完璧な角度で撃ち、跳ね返す。砂嵐もそのひとつではある。特に一人で相手をする時はこれしかない。真言使いとしては未だ完全とは言えないからだ。
 一人の時に居合術を使うという手もあるが、筋肉の柔軟性の問題もある。


 「でも・・・そうは言っていられないのも事実だから」

 「ならば、どうする?」

 「練習は始めてるんだよね。ほら」


 琥珀は穏やかに微笑みながら手を開いてみせた。
 ・・・コイツ
 本来決して丈夫ではない身体で、剣の練習を始めていた。それも相当な。とうとうガタが来た。確かに動き回るのは彼には向かない。自分についても分析済みだった。


 「・・・焔が剣で、僕が銃。僕が翻弄、焔が攻撃。これが作戦。簡単でしょ?」

 「そうだな」


 無愛想なクロヤが微かに笑みを浮かべた。その後琥珀はまた寝た。

 そして今に戻る。


 「なら、俺は兄貴の銃について行けってことだよな?」

 「わかってんじゃん」

 「少しだけ、腕を見ておきたい気もするがな」

 「姫さんに同感だ。本当に努力なのか、天性なのか。そして天性でありながら努力したのか」


 兄貴は基本両方だからな。天性と努力の才能がある。多分、起きてすぐは無理だと思う


 「居合術・・・黄玉も全盛期は居合術だったと聞いた。わたしたちの頃はほとんど軍配で戦っていたな」

 「よくあれで戦ってたよな、あの人」


 軍配って武器だっただろうか。全盛期の黄玉さんは、オラトリアのなかでも最高ランクのグランドにまで及びそうなほどだった。一振で百体、二振りで千体、三振りで万体。砂威王が一度も勝てなかった大剣豪。強いは頭いいはってどうなってんだよ。
 しかし、砂歌さんたちが出陣する頃には剣を使うのは特訓の時がほとんどで、使ったのはフィンスターニス戦での一対四の死闘のときだけ。


 「もし・・・兄貴が起きたあとに練習場に来てくれるなら」

 「ん?どうした、焔」

 「兄貴と勝負したい。きっと本調子じゃないだろうけど、本調子じゃねぇ兄貴に負けるようじゃこれから先兄貴と共闘なんて絶対できない」


 一日寝て少し回復した兄貴と勝負。その言葉で黎たちは目を見開いて俺を見た。意外だったんだろうか。それとも本調子じゃない兄貴でいいのかっていう顔なのか。


 「焔よく言った!」


 暁のテンションが急に上がって、俺の背中を叩いてきた。よしゴール決めろ!とエールを送るときの顔だな、多分


 「琥珀の戦法は静から動。君は常に動。本調子ではないにせよ、その静のときに必ず小さな隙が出来るはず。その隙が、共闘の際に補うべき場所。見極めることだ」

 「はい!」

 「姫さんは出かけるから見れねぇぞ?」

 「・・・」

 「えぇ、わたしも見たい!」


 全員まさか、俺が兄貴とまともに戦えるかどうかを見たいと?どんだけ出来ないって思われてんだよ。一応砂歌さんの弟子だぞ


 「もしかしたら、琥珀が戦いながら引き出してくれるかも知れねぇぞ」

 「琥珀さんと焔さん・・・興味ある」


 海景くんが目をキラキラさせている。あと黎もワクワクしたような目を向けている。 
 そして俺は、兄貴との勝負に備えて特訓するため部屋を出た


 ──2──


 「聞いてるだろ、琥珀」

 「うん。僕は銃で翻弄って言ってるのに・・・やっぱり話聞いてない」

 「使わないにしても腕を見ておくのは主将の役目でもあるんだぞ、琥珀」

 
 砂歌が言った。むくりと上体を起こした琥珀は自分の手を見た。本来なら勉強のためにペンを握るはずの手だ。


 「まあ、わたしたちはものすごく見たいが出掛けることにしよう。ビデオは録画しておけよ?」

 「二人の戦いが終わってから行けばいいんじゃないかい?お姉ちゃん」


 おやつ半分こしようの顔になった黎。この顔をされれば砂歌は百パーセントの確率で拒否できない。これを無意識にする黎の妹スキル。もしくは溺愛のあまりかかったフィルター。ただし、これは全員に効果あり。


 「焔に作戦はいらないな」

 「弟との勝負まで立てる気だったのかよ」

 「そう思ったけど・・・焔の動きは主に猪突猛進だからね」


 猪突猛進には猪突猛進への対処法がある。居合術にはそれがある。居合術は古武術で、形があるとはいえ、若干独自に改造した技もある。それを試したところで使うかどうかはまた別の話だ


 「シャロンさまとの特訓でどれだけできるようになったのか・・・」

 「楽しみなんだろ?なんだかんだで」

 「うん」


 勝負したいと真剣に言ったのだ。琥珀は、焔のなかで自信があるのだろうと踏んだ。


 「良くも悪くも凹むのは一瞬だからね、焔は」


 近所で喧嘩をして負けて泣いて、その後すぐに立ち直って殴りに行く。兄からすればやり返すではなく許せよと思うが、そこは負けず嫌いな焔の性格。怒ったあとすぐに元気になるのはやめて欲しいというのは、母と琥珀の談


 「練習場いこうかな。どうせそのあとに君たちも武器の特訓するんだろう?」

 「そのつもりです」


 光紀が頷いた。
 琥珀は、自分が倒れたあとの話にはあまり触れなかった。行き詰まっていることをどこかで察しているのかもしれないなと砂歌は複雑な心境になった。


 「焔が覚えてくれないから、なかなか踏み込めなかった部分もあるんですよ、作戦について」

 「え?」

 「言ったでしょう?この後言うことがあるのに延期かなって」

 「そういや言ってたな。あ、もしかして」

 「シャロンさまが加わりたいと言うことはどこかで思っていたんだよ。シャロンさま」

 「なんだ」

 「あなたは、穴を見つけたらずっとそこに居てください。他の穴は全て黎ちゃんに閉ざさせます」

 「それは・・・」

 「今回の作戦、本格的にあなたを加えます」


 砂歌は目を見開いた。そして微笑んだ。琥珀は参謀として、仲間として砂歌の意思を汲んでくれた。


 「そして、その穴をジェードに閉ざさせないように固定してください」

 「そんなことが出来るのか?」

 「あなたの天空系真言」

 
 砂歌が使う銀河を操る真言のことだ。それを今回利用しようということになる。


 「ジェードのあの穴は暗黒の特権消滅系真言のなかの空間消滅真言。次元の隙間に出来たクレバスの向こうに何かがある。そして、銀河も一つの次元。クレバスと銀河を一本に繋ぐことで閉ざそうとする行動を阻止。その際必要となるのがあなたの氷結系真言」

 「繋ぐための接着剤ということですか?」


 光紀の問いに琥珀が頷く。銀河がどれだけの熱であろうと、砂歌の氷結系真言は溶けない。それほどまでの強力で膨大なクヴェルがある。クレバスと銀河。ふたつの次元を砂歌が接続する。


 「その時、そのパイプに海景くんが監視カメラ付きの何かを入れ放ってほしい」

 「本来最後にするはずだったそれを、中盤にしてしまう」

 「そう。今回の目的は、穴の向こう側を知ること。そしてジェード討伐。ジェードは必ずどこかで逃げようとするだろう。そこを黎ちゃんが阻止だ」

 「ジェードの権限が離れた隙に閉じるのだね」

 「そういうこと」

 「そして、その次元を繋げている際アンチやオンブルやグリムは出てくる。そこでシャロンさまを守るひとが必要だという・・・ここまでを焔が理解してくれるかどうか」

 「な、なるほど」

 「ここから更にいうことがあるけど、僕から直接超丁寧に説明した後に改めて説明するつもり」

 
 つまり、焔が理解してくれるかどうかにかかっていた。その他にも作戦の候補があるため、それらを理解するにはとにかく焔の理解度と記憶力が試される。途端に不安になり、黎まで含めてため息を吐いた
 

 「あ、そうそう。犀」

 「なんだ」

 「木真言、身につけて欲しいって言ったらできる?」

 「わかんねぇ。分かんねぇけど・・・めっちゃくちゃ頑張る」

 「任せたよ。今回、かなりキーになってくるからね」


 強く頷いたもう一人の弟のような存在である犀に対し、琥珀はいつもの笑みを浮かべて言った。
 そして黎たちは、焔が暴れまくっているであろう練習場に向かった。そこに所々小さいが焦げている部分があった。


 「焔」

 「お、兄貴!遅いぜ!」


 体力バカであるため、暴れていたはずなのに息を乱していなかった。


 「剣なんだよな、剣なら負けねぇぞ」

 「すごい自信」


 琥珀は異空間から木刀を取りだした。当然ただの木刀ではない。クロックハーツの店長心時が作ったものだ。


 「早速だけどやろうか」

 「よっしゃ」


 剣道の構えの形を取った焔に対し、琥珀は抜刀の構えだ。


 「はじめ!」


 砂歌の声のあと、スピードをかなり上げた焔が繰り出す攻撃力の高い剣で攻め始めた。琥珀はそれを涼し気な顔で弾いていく。下に来ようが斜めに来ようが、後ろは真言の壁によって阻まれる
 ・・・本当に静なのかよ!
 一歩も動かず、素早く弾いていく。静と動のメリハリがしっかりついているため、動の際の攻撃力も申し分ない。


 「ファイヤーボール!」

 
 急にサッカーボールサイズの火の玉を出して蹴った。
 ・・・宝石すごいな
 その玉も木刀で斬り裂いた。しかしそこに
 ・・・ふっ
 思わず笑いが零れた。切り裂き僅かに視界不良になった瞬間を狙ったのだろう。さすがのスピードに琥珀も咄嗟に木刀でガードする


 「はあっ!」


 ガードしたところで急旋回し、琥珀の後ろに回り、剣をふりかざす、それも予測していたのか弾くが


 「へぇ」


 焔が木刀を足蹴にして飛び上がり


 「燃え上がれ!」

 
 落下による勢いで火炎を巨大化させ、さらに宙で回転。身体に炎を纏わせ、琥珀の木刀を避け着地。さらに最加速で殴りかかった。


 「おっとと・・・」


 ・・・火はともかく、拳はヤバいね
 琥珀はとうとう後退して躱した。その兄をさらに追い詰めるべく最速で迫る。本来なら一瞬の間合い。しかし、琥珀の動きも一瞬だった。来る前に動いていた。
 焔はさらに速くなる。
 ・・・よっしゃこれなら!
 しかし琥珀はその拳を躱し、右に回り込む。
 木刀を振り上げ、焔を打ちあげた。


 「ぐうぅっ」

 「やるじゃねぇか、焔のやつ」

 「ああ」


 打ち上げられるまえに火で衝撃を緩和したのだ。お陰で大ダメージは免れた。


 「・・・」

 「へへっ、どうだ」

 
 少し驚いたような目を向ける琥珀。隙だらけの琥珀に焔は再び迫る。そんな隙など突けて当然。琥珀は瞬時に躱す。しかし暴走機関車・焔は止まらない。拳ではなくさらに進化した剣を振り上げたのだ。木刀で防ぐも膂力で打ち上げた。
 本当に止まる気配を見せない。振り下ろす剣を軽く弾き、バランスを崩したところで


 「がっ」


 焔の腹に木刀を直撃させた。しかしダメージなど知るかと言わんばかりの顔で着地した


 「ごめんね、焔」

 「え?」

 「進化して真剣に勝負したいという弟と戦うには、あまりにも不相応な姿勢だった」

 「兄貴?」


 兄の顔というよりは、どちらかというと師匠のような表情だ。
 そして、そんな琥珀の身体をオレンジ色の光が包んだ。


 「な、なんだ・・・」


 黎たちも何事かと目を見張った。砂歌とヴェーダにはわかる。


 「ここからということか・・・」

 「本領ってか」


 そして光が消えるとそこにいたのは


 「!?」


 焔たちは目を見開いた。普段のコスチュームではない。黄色い桜と所々に蜂が刺繍された黒地の狩衣。そのなかは臙脂色の単。黒色の袴。腰に収まっていたのは、黒にオレンジ色の波の刺繍が施された柄と桜の彫刻が施された鞘を持つ美しい刀。
 思わず怯みそうになった犀や恋たちに対し、焔は躊躇うことなく迫った。来ることを予測し、柄に手をかけたそのとき
 焔は何かを察知し思わず避けた。踏み込むと同時に抜いた時に何かが起きた。

 
 「おいおい姫さん・・・」

 「腕云々の話じゃねぇ」


 ヴェーダと暁は思わず苦笑を漏らす。焔はすぐに距離を取り背後を見た。
 ・・・ウソだろ
 もう一度顔を正面に向けると、刀は収められていた。


 「崖どころか地面が・・・」


 崖は真っ二つに割られ、地面には深い亀裂が入っていた
 琥珀の上体がスっと下がる。そして地面を蹴った。焔は剣先が当たりそうな距離になる前に横に飛んで躱した。しかし琥珀は、焔が避けようと関係なく抜刀そして振り下ろした。
 ・・・ん?
 ほとんど勘だった。焔は自分に迫る何かをとにかく避けて避けて避けて避けた。
 ・・・剣戟?
 ・・・あれを避けるのか
 琥珀も少なからず驚いていた。あの死ぬほど苦労した技のひとつを躱してみせたのだから。


 「地面を蹴り、蹴った数だけ相手を斬る。そしてその剣戟は自身の敵のみを襲う」

 「それって居合術か?」

 「琥珀兄さんは、自分が身につけた基礎の応用技を考案したのさ。多分、物凄く頑張って開発して、物にしたんだよ。でも、それを焔くんが意地で躱した」


 琥珀の剣戟。それを焔が何らかの形で働いた第六感で、考える前に動いた。死ぬほど練習した技をいつの間にか身につけていた直感のみで躱され、琥珀も内心動揺していた。当然そんなものは見せず、動きを変えた。


 「なんで俺がこんなに避けられたか、わかるか、兄貴」

 「え?」

 
 ・・・ジャラッ
 焔が首にぶら下げたものを見せた。琥珀が目を見開いた


 「琥珀石?」

 「ジェード討伐の作戦について教えてくれたあとくれたよな?」

 「うん、あげた」

 
 琥珀が自分が持っていたもう一つの琥珀石を首飾りにし、焔に贈ったもの。それが焔の第六感を底上げしていたのだ

 
 「感情に、宝石に、シャロンさまの特訓・・・全部を物にしたのか・・・」


 ・・・まったく、これだから僕の弟は
 膨大な潜在的な能力は、考える力が低いがために目覚めることがなかったが、何かが押し上げた。それは、焔が生まれつき持ち合わせている単純さから来るもの。その一つが感情。今の焔の感情は、兄に勝ちたいという闘志。


 「構えろ焔」

 「え?」


 焔は兄の言葉に剣を構えた。剣道とはまた別の形。顔だけを正面に向けた。抜く瞬間を悟られないための構え。
 

 「どうなってんだよ、この兄弟」

 
 琥珀はまたしても同じ技できた。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩。六歩分の剣戟が来る。どこから来るのか空気や耳で感じ取る。剣で弾くこともなく躱す。琥珀の次の動きを何となくで察知し、来るかもしれないと構えた。


 「六歩の次に・・・一歩だよ」


 ・・・どこからだ!
 あらゆる場所から襲ってくる六つの剣戟。ハッと感知した時には遅かった。咄嗟に剣でガードしようとした。しかし焔の身体は知らないうちに宙に打ち上げられ、そして落下した。しばらくして焔の愛剣が地面に刺さった。
 弟を容赦なく打ち上げた琥珀は、そこまで一息で飛んだ。


 「ほーむら」


 地面に突っ伏した焔が震えていた。ん?泣いてるのか?と暁は様子を見守る。


 「次は絶対勝つ!なんで本調子じゃない兄貴にも勝てねぇんだ。俺の武器これだぞ!?」

 「本調子じゃないことくらい自分でわかってるんだから、制限してそのうえで勝てるように動くよ」

 
 サッと起きあがりドカッと座る。かなり拗ねた様子で不貞腐れていた。
 ・・・まぁ、こうなるよね


 「こういうところが子どもなんだよなぁ」

 「というか琥珀、剣使えよマジで」

 「えぇ、疲れる・・・」

 「疲れたら銃に持ち替えたらいいじゃねぇか」

 「あの焔にしたやつちょっと変えた方がいいのかなぁ。あんな避けられるなら敵に効かないじゃん」


 琥珀は、地面を蹴り込みながら一歩ごとにクラフトを刀に溜め込んでいく。そして溜め込んだ数だけのクラフトを振り上げ振り下ろすときに飛沫のように飛ばす。


 「クラフト?」

 「本当ならあれが真言として発動する予定だったんだ。今回は本調子じゃないからね、もう一歩追加して、最後は石柱で突き上げた」

 「え、その真言ってまさか・・・刺す?」

 「うん」


 しかし、それを見事に焔に避け切られ、効かないじゃないかとこちらも困惑していた。まったくもうと言いながらコスチュームをいつものパーカーに戻した


 「でも、次も負けないし、成功させる」

 「言ってろ、剣だけでも超えてやる」


 負けず嫌いな兄弟。兄は負けていないし、それどころか実力差が何倍もある。しかし、焔も焔で勝てるところはあるはずだと自負している。


 「ほんっとうにその腕使わねぇと勿体ねぇって。疲れるのはしょうがねえけど」

 「誰がみんなの動き把握するんだよ」

 「・・・」

 「ほらね」

 「まず、みんながみんなの動きを把握しておくのが普通じゃないのかい?」


 黎の指摘に、その言葉があったじゃないかと琥珀と砂歌以外がハッとした。砂歌に関しては呆れながらも強く頷いている。


 「わたしにとって、戦闘時は総指令官っていうのが参謀のイメージなのさ」


 大将砂歌に、参謀琥珀。その琥珀は戦闘の時、全員の動きを一人で把握、そのうえで指揮を執り、さらに攻撃もするという三役を担う。それがおかしいと黎は言う。


 「剣を使えって言うのなら、全員が動きを見なきゃ。何でもかんでもわたしも含めて兄さんに頼りまくっているから、今回みたいに倒れるんじゃないのかい?」


 普段ニコニコしている黎がズバズバと指摘してくる。調査は一人。作戦を練るときも一人。戦闘時の敵味方の動きを把握するときも一人。指揮を執るのも一人。焔に限っては起きる時まで兄。


 「だから言ってるんだよ、僕は。それとも剣を使いながら全体把握しろってことかな、ヴェーダは」

 「いや、そのだな・・・」


 鋭い黎に便乗した琥珀。近距離の上に全体把握はさすがに倒れる以前に敵に殺られる危険性が高くなる


 「黎ちゃん、君はなんて素晴らしい妹なんだ」

 「そ、そうかな」

 
 黎は照れながらそう言った。


 「まぁ、琥珀に剣を使わせるかどうかは君たちが動きを把握する目をどれだけ養うかにかかってくる」


 砂歌は耳で距離や動きを把握出来るため、既に戦闘時琥珀とコミュニケーションが取れていた。砂歌が伝えてくれるおかげでかなり助かっていた。その砂歌がいなかった時が怖い。ジェード戦に加えようと考えたのは、そのあたりも踏まえた上でのこと。


 「ではここからは、君たちの新たな武器に慣れるための特訓ということだな」

 「そうだな。じゃあ姫さんと琥珀と海景は見学な、新しい武器持ってねぇんだし」

 「まぁそうなるね。じゃあ、がんばって」

 「僕お手製の武器を使いこなせるのかどうか、見物ですね」


 メガネを光らせクイッと上げながら言った。口元は不敵な笑みである。十五歳くらいの子どもがする顔ではない


 「それでは、特訓始め!」


 砂歌の掛け声もとともに焔たちは動き出した。





 
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