雨音ラプソディア

月影砂門

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第五番 〜光と風と氷の子守唄《アンジュ・ヴィーゲンリート》〜

第三楽章〜参謀不在の組曲《パルティータ》

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 兄貴が倒れたあと、客人が泊まるための部屋に大誠さんが抱き抱え連れていき寝かせた。


 「海景、琥珀は?」


 砂歌さんが途轍もなく心配そうな表情で尋ねた


 「一日は起きないでしょうね。起きたとしても何もしないようにクロヤとシロヤに見張らせましたし」

 「そうか。ありがとう」


 クロヤとシロヤ?そんな人いたか?紫苑さんたちじゃないのか。


 「クロヤとシロヤは僕が初めて造ったホムンクルスなんです。クロヤは鉄の使い手で、シロヤはエア(ガス)の使い手」

 「真言使えるんだなぁ・・・」

 「テノーリディアクラスにまでバージョンアップしましたからね」

 
 俺たちが話している間、ブンデス語が読める大誠さんが黙々と翻訳してくれていた、かなり顔を顰めながら、普段ノートに書く時の文字は整っているらしいが、メモだからなのかブンデス語というより暗号に近い


 「アイツの頭の中こんなことになってんのかっていうか・・・」

 「どうした?」

 「ジェードのこと予測立ってたの・・・入院する一週間前だ・・・」


 一同沈黙。そして愕然。そんな時に既に立ってたのか。そして自分が入院中に読み返したところで発覚。慌てて自分で翻訳したんだろうと大誠さんが言った。


 「黎ちゃん シャロンさま 負担 チャット グループ」

 
 メモまで「ちゃん」「さま」で書くんだな。最近になってチャットでグループを作って、オンブルやグリムを退治しに行く。現在メンバーは、俺と犀と兄貴と大誠さん。


 「ヴェーダさんたちを入れるの忘れてたな」

 「なんだチャットって」

 「あー、黎と砂歌さんの負担が大きいから、二人の次にオンブルたちの出現に気づけるようになった琥珀兄ちゃんが情報を伝達し、近くにいるやつが退治するっていうのをやり始めたんだ。ヴェーダさんたちも入れるはずだったのに招待するのわす・・・」

 「犀、お前喋りすぎだ!静かーに招待しとけばいいのに」

 「やっば・・・」


 犀はこういう所がある。一度話し始めたらベラベラとバラす。口が軽い訳ではないんだが


 「まぁ、こうすれば二人の負担を減らせるって考えたわけだ」

 「確かに減ってるなぁって思ってた。すっごく助かってるさ」

 「ならよかった」

 「分配することで全員の負担を減らすことにも繋がるって琥珀が言ってた」

 
 俺たちは部活後にすることが多い。そして兄貴や大誠さんは講義がない時間帯。兄貴と大誠さんに限っては、塾のあともやってくれていることがある。


 「で、塾の後にシフト入れている日があって、バイトのあともやったりしてる」

 「そのバイトは何時に終わるんだよ」

 「一時とか・・・カラオケ店だっけ。時給1000円だけど、別のところ行こうと思ってるんだって言ってた」

 「一時って・・・」

 「でもそれくらいしないと家計が・・・な」


 うちはなかなかギリギリの家計でやりくりしているのだ。正社員の母とバイト三つ(塾、カフェ、カラオケ)掛け持ちの兄貴。兄貴は一ヶ月一万円までなら好きに使っていいという自分ルールを立てているらしい。俺は好き勝手に使いすぎてカツカツ


 「別のところ行こうにも行けないって。女性客が増えて店長にいてくれって言われたから」

 「・・・お人好しがこんなところにまで」

 「それで休日は半日で平日十時から一時までがカラオケ店のバイトが入ってるってわけか」

 「国の制度利用したらどうだ・・・」

 
 生活保護のことか。しかし二人は頼る気なし。ここまで自立しているのだから最低限生きて行けたらいい、とのこと。なんだかんだ衣食住が出来てるしな。俺もバイトしてるし(レストラン)


 「朝に変えては?」

 「夜の方が給料がいいんですよ、砂歌さん」

 「な、なるほど」

 「だったら、琥珀の退治する分を誰かやればいいじゃねぇか。大学に塾にバイトに資料集めに作戦練り、そろそろ死ぬぞ?」

 「最近は6時半まで寝てるらしいし、大丈夫だと思うぜ」

 
 え、兄貴が6時半までねている?そんなこと知らねぇぞ?一緒に住んでるのに


 「は?なんで焔が知らねぇんだよ」

 「5時半に電話がかかってくるから・・・5分おきくらいに・・・」

 「お前まだ起こしてもらってたのか?」

 「琥珀さんの休めてないの何割かにあんた入ってるわよ、ぜったい」


 それにしてもと暁がメモを見た。


 「琥珀の頭の中なんだろ?俺たちわかるのか?少なくとも焔」

 「いや、分かるように書いてるはずだよ」


 突っ込んだのは光紀だった。兄貴が考えていることは少なくとも俺には分からない。でも光紀は分かるようにしてると言った


 「なんでわかるんだよ」

 「作戦を立てたあとお見舞いに行った時に言っていたんだ。自分の考えや作戦をこのメモに記すんだって。後で自分で読み返した時に思い出せるように簡潔に書くことを心がけている」

 「私たちでも分かるように記されてるってことなのだね。兄さんのことだから、私たちも読むことがあるかもしれないって考えていたのかも」


 こうやって怪我をしたり、倒れたりした時に俺たちも何とか策を練ったり情報を収集出来るようにするために。俺は、それがあっても出来るかと言うと不安だが
 大誠さんが黙々と翻訳した内容を光紀が確認。書記係(兄貴専用)である大誠さんと助手(兄貴専用)のような光紀という構図が成り立っていた。どっちも頭がいいからな、多分


 「そういえば入院中、策や情報を最初に伝えるのは大誠にするべきか光紀くんにするべきか悩んでたって葵が言ってましたね」

 
 兄貴の一番初めの報告対象候補は、知恵の大誠さんか、柔軟性の光紀か、勘のヴェーダさんか。二番目は絶対黎と砂歌さんのこと。暁も入れてやれよ


 「知恵の大誠・・・柔軟性の光紀・・・そして勘・・・」

 「おいおいおいおい、なんで俺は勘なんだよ」

 「作戦パッと浮かんで提案できるほどの柔軟性ないでしょって」

 「さすがによく分かっている」

 「姫さん、そこ褒めるところじゃねぇんだよ」

 
 砂歌さんからしてみればよく見ているのだが、ヴェーダさんからすれば揶揄われているようにしか思えない。そもそも、その候補にさえ入れてもらえていないメンツについては全く触れない。


 「経験の暁でもいいじゃねぇか!」

 「へぇ暁、お前琥珀の会議に出たいんだな」

 「はぁ!?違うぞ、黎や姉貴にとっていい案出せるかもしれねぇだろ」


 その案が兄貴にとってヒントになるかもしれない訳だが、それでも候補に入っていないのはおそらく、思考回路の問題。俺は知識、柔軟性、経験、思考力ほぼなしと兄貴からかなり辛口な評価を受けている。その代わり攻撃力と体力で暴れればいいと言われた。真言はまだまだだが、体術がカバーしてくれるだろうと。作戦覚えてねぇと大焦りした俺に光紀の親父事件のあと、かなーり丁寧に教えてくれた。そのときに言ってくれたのは「焔はとにかく暴れろ」だった。暴れまくる焔を器用な面々がフォローするからと。頼りにされている気がして嬉しかった。


 「琥珀のやつ、なんだかんだで焔のこと頼りにしてるんだよ」

 「そっか」

 「でも、作戦はちゃんと覚えろよ?」

 「黄玉に言われたことを焔にも言っておこう」

 「え?」

 「自分のクラフトの呼吸を知りなさい」


 幼い頃、初めて真言を覚えようかというときに砂歌さんが教わったこと。ヴェーダさんやお兄さんもそうだった。ん?ということは


 「黄玉はわたしたちの師匠だ」

 
 ・・・兄貴、やばいぞ
 黄玉さんの生まれ変わりかと思った。つまり、知識と知能と戦闘力が揃いかけてるんじゃないか。黄玉さんの全盛期ほどとは言わないけど


 「でも、わたしたちが真言を知る頃にはあの人は心臓疾患で衰えていた」

 「あの・・・一個いいですか?」


 俺は今猛烈に嫌な予感がしている。一つとんでもないことを思い出した


 「兄貴・・・生まれてすぐに心臓の手術をしたって・・・」

 「確かに、琥珀さんは強くないです」


 俺と海景くんは知っていたとはいえ、皆にとって驚愕の事実だったようだ。聞かされていた大誠さんも嫌な予感はしているはずだ。まさか黄玉さんの悪い方の影響まで来ているかもしれないとは
 いや、本当に俺の運を分けてあげたい


 「そんな・・・今は問題ないのか?」

 「ええ。すぐに手術したことが幸いしたのでしょうね。異常はありませんよ。ただ体はあまり丈夫とは言えませんが」

 「ふむ・・・黄玉の遺伝子を尽く受け継いでしまっているような」


 黄玉さんは肉体年齢だけは二十代後半のとき。兄貴は生まれてすぐだが今は問題ない。しかし幼い頃から虚弱体質ではある。


 「そんな体にそれだけやっているのか?退治は休日のみにさせてはどうだ?」


 砂歌さんがとてつもなく心配そうな表情に変わった。確かに、大学や塾やバイトやらで大変だったかもしれないのに、そこに調べ物と作戦とオンブル退治ときた。いつガタが来ることか。いや、もう来てるな


 「で、そんな琥珀の事情を知っておきながらうんうんと頷いたお前らどうなってんだ」

 「待った、俺は琥珀にお前は休日のみにしろよって勧めてる」

 「マジで!?」

 「ああ。調べ物も少しだけ控えろよっておばさんに言わせたら本当に控え始めたし・・・」


 母の力すげぇな。ついでに黎と砂歌さんというコンボにさすがの兄貴も休日や講義が少ない日のみ調べ物を進めることにしたという。ちょっと安心した。大誠さんの気の回りようも凄い。さすが相棒


 「だったら尚のこと兄ちゃん寝かせてやれよ」

 「だ、だよな・・・」

 「体のことは海景くんに任せて、翻訳したんですよね?」

 「ああ。ここまで・・・あれ?」

 「シャロンさま・・・in」

 「ここだけブンデス語じゃねぇっていうな」

 「砂歌さん、これ点字です」

 「ああ、すまないな」


 ふむと綺麗な指で紙をなぞっていく。全員が黙って読み始めた。なかなかシュールな光景。俺たちにも分かるかもしれないと光紀が言ってくれたことで出来た構図だ


 「琥珀、作戦三つ立ててる・・・」

 「え?」

 「ほら、オレに回ってきたこれ」


 暁のもとに回ってきた紙に書かれてあった。
 作戦コードA.652 作戦コードB.6541  作戦コードC.5443


 「おい光紀、いきなり分からねぇじゃねぇか」

 「こっちには姫さんINって書いてるぜ」

 「・・・わかった」

 
 柔軟思考系の光紀による推理発動。このコードの数字が表すものは


 「これは人数だ」

 「確かにこの暗証番号ならわたしたちも理解出来る」


 人数。六人、五人、二人。もう一つが、六人、五人、四人、一人。さらにもう一つが五人、四人、四人、三人


 「姉貴が参戦したい、と言ってから追加したってことか」

 「作戦Bの1は姉貴。じゃあ・・・Cって」

 
 ただでさえ覚えていないのに、あと二つもあるのか。普段兄貴が頭の中にある作戦を俺たちも覚える必要があるということになる。確かにジェード戦でいきなり切り替えろと言われたら驚くな。少なくとも俺は


 「え、だとすると琥珀兄さんは、お姉ちゃんを単独で行動させるってこと?」

 「この感じだと・・・」

 「いや違う。このBの作戦の時、姫さんは結界に専念させるってことじゃねぇか?」

 「それは?」

 「勘だけどな」

 
 やっぱりあなたは勘のヴェーダの二つ名であってると思う。だが勘だとしても一理ある。俺も直感だが


 「そうだ。国内のときのみ砂歌さんを組み込むって言ってた。多分それだ」

 「じゃあCは・・・」

 「待て、その後に別の数字だ。2・1・2だ。つまり・・・」

 「アンチ討伐チームは中衛が欠けた状態」

 「しかもジェードも四人になってる」


 もう既にパニック。少なくとも俺は。最近ようやく頑張って覚えた作戦A。アンチ討伐に6人、もしくは3人・3人。そしてジェード討伐は兄貴・光紀・大誠さん・暁・ヴェーダさんの5人。そして最後に穴を閉じる黎と瞬間に飛ばす海景くんで2人。
 でも、コードが人数だとすると、作戦Cはアンチ討伐に前衛・俺と犀。中衛・葵さんもしくは紫苑さん。後衛・恋と紅音さん。そのなかで一人抜けて最後の3人のなかに組み込ませる・・・のか?そしてジェード。ここは一人抜けるだけでヤバい。黎や海景くんのところが4ということは、ホムンクルスのクロヤとシロヤだ。そして問題のアンチ討伐班とジェード討伐班から引き抜いて加えた3だ。


 「姫さんを本格的に入れる気か」

 「琥珀・・・」

 「如何にジェードに遭わせないかを慎重に考えてるんだろうな。そうじゃないと入れない」

 「ジェードから誰か抜ける?融合真言どうするんだ?」

 「琥珀のことだから古代の大真言引っ張り出してくるんだと思う」

 
 おそらくまたしてもオールで。まず古代の大真言とやらをどうやって持ってくるんだっていう


 「ごめん、作戦もそうなんだけど・・・」

 「どうした恋」

 「アンチじゃないオラトリア・・・グルの可能性ありって・・・」

 「オラトリア協会のなかにレクイム教団と繋がってるやつがいるかもしれないってことか?」

 「そいつが琥珀が気になっていた参謀?」

 「協会にそんな頭のいい者がいただろうか」

 「俺も知らねぇな」


 砂歌さんやヴェーダさんから見て言っては悪いが賢明な人は居そうにないとのこと。でも可能性だから確かではない。だが、なぜ兄貴はそう考え至ったのか。


 「これじゃね?」

 
 今度は犀だ。下が紫色に染まったフラスコ?


 「試験管な」

 
 赤色に染まった試験管。これがメモに。イラストってもはやメモなんだろうか。大誠さんはこれに関してはノータッチで犀に渡したということになるが。


 「S&RorN」

 「無理無理。光紀、これは無理だ」

 「大誠、ちゃんと翻訳したか?」

 「これと試験官のイラストに関してはそのままだ。多分イニシャル」

 「・・・あ、はい!」


 黎が元気よく手を挙げた。この雰囲気の中で何となく癒された気がするのは俺だけだろうか


 「セレナディアとレクイム教団じゃないかな」


 目を何故かきらきらさせて言う。なぞなぞが解けたかのような目だ。じゃあNは?


 「N・・・このNに関しては琥珀のみぞ知るってか?」

 「セレナーデ、レクイエムときて、ノクターンか?」

 「光のシンフォディアに、影のファディアに、闇のセレナディアに、浄化のラプソディアに、相棒のカンタータ。あとは・・・」

 「ラプソディアの話の中にヒントがある」

 「え?」


 砂歌さんが取り出してきたのは、三枚まとめられた書類。


 「暗黒のことではないか?」

 「今回暗黒が関わってくるの?」

 「もうヤバいことになってるぞ。ジェードでもやばいのに」

 「暗黒って役割なんなのかな。光は創造。影は維持。闇は破壊。暗黒は・・・」

 「イレーズ」

 「え?」

 
 聞いたことの無い声が聞こえ、俺たちは振り向いた。そこにいたのは全身ほぼ真っ白な美丈夫。
おそらくシロヤ。


 「クロヤが地獄耳だから聞こえてきたんだ」

 「それでどうしたの?」

 「寝てる琥珀くんを無理やり起こして聞いた」

 「おい」

 「そのあと僕の真言で眠らせた」

 
 無茶苦茶だ。
 全てが無理やり。無理やり起こして、無理やり聞いて、無理やり寝かせる。さらに疲れそうなことをクロヤとシロヤの双子がしたわけか。造るなら正反対の双子を造ると思うんだが、似てしまっている


 「ものすっごくダルそうだったけど答えてくれたよ」

 「・・・今回はかなり同情する」


 とうとうヴェーダさんが同情するレベルのことが起きた


 「暗黒の役割は、消滅系」

 「それだけを聞かせるために起こしたのか?」

 「一個くらい大丈夫だろってクロヤが」

 「そ、そうか」

 「で、消滅系真言を使う・・・誰か使えるっけ?」

 「ジェード、ジェードが消滅系だ」

 「操作系でなく?」

 「感情を無くさせるときに消滅系を使うのだ。誘拐された時に知った」

 
 砂歌さんは辛いことだが、誘拐された時にジェードがどんな真言を使うのかを聞いて知った。その消滅系で理性を失わなかったのは砂歌さんのみ。掛けようとしたのか


 「あれ・・・姫さんの視力を奪うって・・・消滅系じゃねぇか?」

 「砂羅が・・・暗黒?」

 「いや、でも砂羅のあれは1回のみのはず。誰かが手を貸した可能性は高いよ」


 光紀が言った。その手を貸した人物として浮上してくるのは、ジェードではなくその父親あたりではないか。砂威王と黄玉さんのコンビに滅多打ちにされてその後スピリト国で当時王子であるジェードに殺害されているらしい。


 「暗黒であるジェードを相手にするってことか。さらに操作術も着いてくる。尚のこと人数を減らすのはきついぞ」

 「ヤバいな、とうとう行き詰まってきた」

 「ん?ラプソディア、神聖。カンタータ、抑制・・・」

 「これも役割か」


 でも神聖ってなんだ。抑制はコントロールだから、ラプソディアの力をコントロールするって事なんだろうか。


 「あとは・・・犀、木真言?シャロンさま、宝玉系・・・黎ちゃん、次元調律・・・は?焔、覚えろ」

 「メモにまで書かれてんのか」

 「これは困りましたね」

 「うん。ティータイムにしよっか。というかもう夜だ」


 考え耽っているうちに夜になってしまっていた。夕食を食わずに夜を迎えるなんて今まであっただろうか。
 そして俺たちは、息抜きを始めたのだった。
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