雨音ラプソディア

月影砂門

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第五番 〜光と風と氷の子守唄《アンジュ・ヴィーゲンリート》〜

序楽章〜先人の歌《アンセートル・コーラス》

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 砂歌さんの部屋で寝させてもらっている俺は夢を見た。知らない景色だった。どうやら庭のようだ
 
 『あにさま!』


 可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。長い黒髪をハーフアップにし、ティアラを被っている。真っ白なドレスを掴みながら探していた。なんだ、可愛すぎる。七歳とか八歳とかそのあたりの女の子


 「過去だね」

 「えぇ、兄貴!?」

 「なんか飛ばされたんだ。パルティータだけな」


 つまり目の前で兄の気配を探している女の子は砂歌さんだ。黒髪だからか長髪の黎かと思ってしまったが、暁曰く黎が長髪だった頃はないらしい。黎自身も言っているから間違いない。


 『あにさま』

 『おっとシャロン』


 この時は普通にシャロンさんか。そのシャロンさんは、お兄さんに抱きついた。なんだかわいいな。うちの兄貴が死にかけている。僕にもして欲しいとか言っている


 『おかえりなさい』

 『ただいま』

 『・・・戦争に行ってらしたのですね』


 この時代はまだオンブルではないのだろうか。途轍もない数のアンチを相手に戦っていたのだろう。兄の体から血の匂いがしたのだろう。


 『嫌な匂いだろ?』

 『いいえ。遠征に行ってらしたのでしょう?どのような国だったのです?』

 『少し貧しかったな。金もそうだが、心もな』
 

 貧しいと余裕がなくなる。だから、心も余裕を持てなくなる。


 『父上がな、資源を送ることにしたらしいんだ。この国は世界から見るとあまりにも裕福らしい』

 『そうなのですね。黄玉たちは?』

 『あっ!』


 急にバッと顔と声を上げたお兄さんに、シャロンさんがビクッとした。それにさえ兄貴がメロメロだ。この頃の砂歌さんにメロメロになるのは危険ではないだろうか。相手は十は年下


 「琥珀、さすがにあの子にメロメロはやばい」

 「シャロンさまだからいいんだよ」

 「そういうことでいいのか?」


 俺たちが適当な話をしているうちに場面が変わった。砂歌さんのお父さんの執務室だった。執務室のデスクに紙を広げ、話しているのは兄貴をさらに大人にしたような男性。おそらく、あの人が黄玉さんだ。その黄玉さんの隣にいるのは蛍さんだろう。


 『それは?』

 『侵略経路ですよ、シャロンさま』

 『侵略?』

 『この国に侵略しようとする際の経路。我々ではなく敵国のことですよ』


 敵国の人間がどのようにしてこの国を攻めようとするのか。それを予測して備えようということなのだ。それも戦略なのか。


 『ああー、本当に侵略しようとするのかなぁ』

 『砂威さま』

 『いつもそう言いながら追い払うのは誰なのか・・・』


 砂威王は、戦王や軍神などの二つ名が付けられるほど強いそうだ。この家系こわい。硬質化というか宝玉化する砂威王。今の砂歌さんほど強い氷真言を使う砂歌王子。この時は実力不明のシャロン王女


 『今度の戦はわたしも連れて行ってください』

 『シャロン!?』

 『何を言っているんだい?』


 シャロン王女の言葉に砂威王、砂歌王子だけでなくその場全員が目を見開いた。ちなみに、常にそばで控えているのは、当時のトローネ。十八くらいで兵になった三人。一人は俺にそっくりで、まさかの黄玉さんの息子だ。黄玉さんいくつだ。


 『わたし、もう真言使えます。剣だって使えます』
 

 さらにザワつく。もう多々勝つ術を身に付けていたのだ。そういえば、黎の方が早いのか。でも、この人は見えない状態で覚えたのだ


 『炎の音が聞こえます。水の歌も聞こえます。風の声も聞こえます。自然がわたしに教えてくれたのです』


 動いたのは黄玉さんだった。


 『砂羅さまには言っておられませんね?』

 『え?はい』

 『砂羅に見つからかないかが問題だな』

 『アンチ退治をシャロンがしてくれるならあちらも癒されるだろうけどな』


 行くことよりも行く際に母親にバレることを気にしていた。王もそこまで来たら別れるべきだと思う。しかし、政治家がそれを許してくれないそうだ。戦にも出ない政治家が何様のつもりなのか。まぁ行ってアンチ退治をシャロン王女がしてくれれば癒しの効果で何とかなりそうだ。いるだけで跪く、と兄貴が言った。


 『しゃろーん!遊ぼうぜ』

 『遊ぼー!』

 『ヴェーダ、クルス。ええっと・・・』

 『行ってきなさい。子供は遊ぶのが本文だ』

 『お勉強は?』

 『二の次じゃい。分からなかったら、黄玉とっ捕まえて教えてもらうが良い』

 『はい。ヴェーダ、クルス、行きましょう』


 違和感しか無かった。シャロン王女だが、二人に敬語というのがもはや違和感。タイミング良くヴェーダさんとクルスさんがシャロン王女を連れていった。
 この夢はあくまで砂歌さんの夢であるため、どんな会話が行われたのかはわからない。


 『ヴェーダ、クルス』

 『なんだ、姫さん』

 『どうした、姫』


 姫さん呼びはこの時だったのか。ふんわりとした笑顔でヴェーダさんとクルスさんを呼び掛けた。なんだ、かわいいな。二人に渡したのは


 『宝石?』

 『わたしにはよく見えないのですが、蛍が教えてくれたのです。ヴェーダの方はタンザナイト。クルスの方はクンツァイトという宝石。わたしは水晶。三人おそろいです』

 『すげぇキレイだな』

 『これ、もらっていいのか?』

 『お二人のための特注なのです。お二人の武器に付けると効果倍増です』


 三人の間に流れる優しい時間。そうか、本来はこれが日常であるべきだった。今は逆転だ。この日常が珍しいものになってしまった。クルスさんは何故か武器になってしまっているから、こうして揃うのはもうないのだろうか。そこにお兄さんが現れた


 『嫉妬するな、二人とも』

 『へへっ、俺たちのだからな』

 『そうだぜ、兄ちゃん』

 『姫さんを守るのは、俺たちだ』

 『ヴェーダの言う通りだ』


 シャロン王女と砂歌王子は一瞬驚いたような表情をしたが、やがて微笑んだ。砂歌王子は二人の頭を撫でた。さらに
 

 『頼むぞ、シャロンのための騎士たちよ』

 『王!?』


 砂威王は威厳たっぷりに告げた。驚いた二人だったが、はいと大きく頷いた。ヴェーダさんは今でもしっかり騎士だ。砂歌さんを懸命に支える騎士。
 こう見ていると、アンチたちが憎くなってくる。そして数年後にはジェードが現れ、日常は消えていく。お兄さんは亡くなり、お父さんも亡くなってしまう。さらには黄玉さんという頼りになる参謀まで失う。こんなにも笑う少女の笑顔を奪ったのは、戦いだった。でも、砂歌さんは戦に踏み入ったことを後悔していない。むしろ誇りに思っている。国を守れるならと
 そしてまた場面が変わった


 『ただいま』


 疲れた様子の黄玉さんが帰ってきた。どうやら黄玉さんの家に場面が転換したらしい


 『おかえりなさい。ご飯食べる?お風呂入る?』


 ご飯?お風呂?それとも・・・的な会話はないのか。


 『ご飯先にいただこうかな』

 『言うと思ってた』


 リビングに入ると、シレッと王女とその騎士二人がいた。俺にそっくりな少年と遊んでいた。


 『何しておられるのです?』

 『お邪魔しております。ホームステイというものをしてみたかったのです』

 『ホームステイ・・・知っている人の家でホームステイ?』
 

 頭上にハテナを量産している黄玉さんを他所に、シャロン王女や俺のそっくりさんがテーブルを囲んだ。美味しそうな料理が並んだ。


 『相変わらず美味いな、焔華の料理』

 『もちろん。妻ですから』 


 なんだ、この夫婦の会話。シャロン王女が目をキラキラさせている。対し、兄貴が恥ずかしそうに俯いている。将来こうなるのだろうかと言わんばかりだ
 元々騎士団に所属していたという黄玉さんの奥さん焔華ほのかさん。そして、その二人の息子俺のそっくりさんは焔司エンジさん。幸せそうな家庭だ。今の剣崎家とこの部分はあまり変わらないように見える


 『わたしも将来焔華さんのようなお嫁さんになります』

 『婿を迎えることになるでしょうね』

 『姫さんがエプロン姿で家で待ってるってことか・・・悪くねぇ』
 
 『おかえりなさいませってか・・・』


 まだ幼いはずのヴェーダさんとクルスさんが揃って突っ伏した。兄貴まで想像したらしく、シャロン王女を直視出来なくなってしまったらしい。


 『黄玉、作戦はどうなったのです?』

 『絶賛考え中でございます。あなたをどこで入れようかと』

 『姫さん戦出るのか?』


 黄玉さんもかなり不安だからこそ、慎重に作戦を立てていたのだ。出ることに関してはシャロン王女の意思を尊重した。


 『あなたが使えることは把握済みでしたからね。しかも浄化です』

 『いいのですか?出ても』

 『はい』


 シャロン王女の成長は目を見張るものがある。さらにいえば、その浄化術は間違いなく敵に効く


 『これはまた明日ですね』


 はいとシャロン王女は頷いた。なんだ、かわいいな。ふと俺は隣を見る


 「どうした?」


 黎が泣いていた。


 「幸せ過ぎるからかな」

 「確かにな」


 あまりにも幸せ過ぎる空間。黎や暁にとっても、過ごしてきた時間は幸せだという。そして砂歌さんも幸せだと言っていた。でも、これは本当に日常だったのだ。そう思うと切ない


 「・・・そういう時間をあげればいい」

 「兄貴?」

 「砂歌さまもヴェーダも、たぶんあの頃のように他愛ない話できていないんじゃないかな。過ごさせてあげればいい」  


 ライバルに二人きりにさせようというのだ。なんなんだ、この男。自分の兄貴ながら良い奴すぎないか。


 「砂歌さまのためだぞ」


 決してヴェーダさんのためではないということらしい。間接的にヴェーダさんのためになってしまっているのだが。


 「もしくは、女子だけで」

 「それはいいですね」


 恋が食いついた。ショッピングでしかないが、癒されること間違いなしだ。俺たちが


 「よし、ヴェーダはほっとこう。女の子たちでいくべきだ」

 「わたし、女の子でいってもいいかな?」

 「安心しろ、周りからは女の子にしか見えてねぇ。行ってこい」 


 この三人ならオンブルやらアンチやら出てきても問題ないだろう。黎と恋と砂歌さんががいて勝てないなんてことは100パーセントないだろう。


 「向こうは朝みたいだよ。戻ろう」

 「そうだな」  


 夢で戻ろうってなんなのだろう。こうして俺たちは、幸せな砂歌さんの夢から覚めた



 





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