雨音ラプソディア

月影砂門

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第四番 〜守護者たちの行進曲《シュッツエンゲル・マルシュ》〜

第七楽章〜自由なる組曲《パルティータ》

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 俺たちは、毎度のように黎の屋敷に来ていた。今日は砂歌さんの新衣装お披露目と、俺たちのデータお披露目の日だ。もちろん、学校に行ってから来た。学生の本分は勉強だと言うのは兄貴と大誠さんと砂歌さんだ。
 俺たちはふと思う。ろくにちゃんと学校に行けていないと。しかし、実はそんなことは無く、ほとんど休んでいなかったのだ。休んでいたのは、俺よりも兄貴だ。こればかりは仕方がない。休んでいないではなく、休めないのは国事で火を噴いている我が師匠、砂歌さんくらいだろう。毎晩毎晩オンブルやグリム退治に駆り出されている黎は学校を休むことは無く、毎日教室を浄化してくれる。オンブル退治は、黎が九時から十二時の間を担当。十二時から残りを倒すのが暁。十二時から下手したら朝まで退治するのは砂歌さん。オンブル退治はシフト制だったのか。しかしこれは、最近始めたことだという。時は兄貴大怪我事件の夜に溯る
 「お姉ちゃん」
 「ん?」
 「わたしも夜退治する。わたしラプソディアなんだよ?」
 良い子は早寝早起きというのが砂歌さんの頭にあったらしい。九時とかは若干寝すぎじゃないかと思う。七時間は睡眠時間を確保しなさい。こういうことだ。お姉ちゃんというかお母さんになりかかっている。しかし黎も頑固だ
 「わたしもする。せめて十二時まででいいから。許して、お姉ちゃん」
 「ふむ・・・」
 可愛らしいお姉ちゃんと呼ぶ声に揺れる。見てる方も癒されている。ケーキ頂戴とおねだりしている妹と、仕方が無いなと苦笑している大人びた姉という構図が出来ていた。内容はケーキ頂戴とは程遠いが。
 「俺からも頼む」
 「うぅーん・・・」
 さらに溺愛する弟から。暁の俺たちに対する顔と黎や砂歌さんに対する表情の差はなんなのだろう。
 「いいんじゃねぇか、姫さん」
 「私も賛成です」
 「む・・・」
 相棒ヴェーダさんと使用人光紀が追い打ちをかける。ここまで来たら降参すればいいと思う
 「わかった。十二時までだからな」
 「ほんと!?ありがとう、お姉ちゃん!」
 「じゃあ俺はその後からな」
 「では、任せよう」
 ということがあり、九時から十二時を黎。九時から基本的には二時くらいまで暁。そして二時からはまさかのヴェーダさん。残飯処理が砂歌さんだが、ここまで来ると残飯がないという。三時くらいまで寝て、その後はオンブル退治。生活リズムが狂っている。朝の情報番組のスタッフ並みに早起きだ。
 「オンブル退治はバイトだったんだ」
 このことを兄貴に教えて返ってきた感想が今の言葉だ。共感しかない
 「ほんと、砂歌さまのこと好きなんだね。二人とも。あ、ヴェーダも」
 「兄貴は参加出来ねぇもんな」
 「僕は夕方だよ」
 基本的に夕方と夜にオンブルが多発する。月が出ない日は特にキツイ。少しだけオンブルが強化されるという。雨の日はアウトだ。少なくとも炎を使う俺は
 「兄貴は砂歌さんのこと好きじゃねぇの?」
 「好きに決まってるだろ。一目惚れした後は底なしさ。というか、あの人のこと嫌いな人いるの?」
 「政治家くらいじゃね?」
 途轍もなく真面目な顔して「好きに決まってるだろ」と。兄貴がこんなに夢中になるのも珍しい。分からなくもないが。ただ、ヴェーダさんという最大のライバルがいる。それは兄貴も理解しているのだろう。そのうえで砂歌さんを狙っているのだ。
 「頼りにされていることは分かるから、それで十分だよ」
 なるほど、"今は"なのか。攻めるのはこれからだということを言っているのか。
 「う、うんっ」
 黎の咳払いが聞こえて来た。黎の隣には恋がいる。二人も海さん作の衣装を纏っている。
 黎の可愛さや可憐さがこれでもかと言うほど引き出されている。しかし、こだわりのモノクロが黎に大人びた印象を与えている。男設定であるはずの黎が着ているのは司祭が着ていそうなワンピースのような法衣だ。かなり上等そうだ。そして恋も、いつものシンプルなワンピースやTシャツにスキニーパンツみたいな格好ではなく、恋の凛としたイメージを想わせる翡翠色の膝丈ほどのドレスだ。
 そして、この二人がここにいるということは、砂歌さんの着替えを終わらせたということだ。ここにいる全員目の色が変わった。俺も楽しみだ。砂歌さんからすればお披露目するようなものではないのだろう。しかし、俺たちからすれば即位して冠を譲渡されるときくらい大切な儀式だ。俺の意見に全員が頷いてくれた。
 「お姉ちゃん、もういいよ~」
 「あんたたち、覚悟してなさい。海さんとクロックハーツとわたしと黎ちゃんのコラボなんだから」
 海さんはともかく、クロックハーツってなんだよ。ヴェーダさん曰く、武器屋だそうだ。武器全般と鎧を取り扱っているらしい。それよりも、恋の言葉で期待値がぐんと上がった。
 「そんなに期待してくれるな」
 砂歌さんの声が裏から聞こえて来た。
 「言っとく、びっくりするから」
 「うん、わたしも」
 恋はともかく黎に言わせるのだ。兄貴や光紀やヴェーダさんは気絶するんじゃなかろうか。兄貴に関しては暴走する
 「ちなみに、今回の衣装は戦闘服だからね。普段着じゃないよ」
 「戦闘服でびっくりって・・・」
 ふとコツコツと硬質的な音が鳴った。ヒールではなく、これは鎧の足の部分サバトンの音だ。そして、砂歌さんが姿を現した。その瞬間息を飲んだ。黎と恋以外の全員が固まった。ホリゾンブルーとプラチナゴールドで縁取られた純白の鎧。脛辺りまでの長さの白と淡い淡い青のドレス。スカートの部分が微妙にシースルーになっている。第一印象は、女神としか言えない。頭は青いリボンで結われた質量のあるハーフアップだ。微かに少女らしさが現れている
 「あ、あねき・・・」
 「ふふっ、似合っているだろうか」
 暁がコクコクと頷く。犀や大誠さんもようやく我に帰り、美しさを褒める褒める。そして、兄貴、光紀、ヴェーダさんは 
 「う、うつくしすぎます・・・砂歌さま・・・」
 「ありがとう」
 ようやく言葉を発することができた光紀に、砂歌さんが微笑みを向ける。
 「あれ・・・僕もしかして・・・まだ意識戻ってないのかな・・・」
 「戻ってるよ!」
 「目が覚めたら病室じゃないよね」
 「下手しても家の低い天井だ。安心しろ」
 兄貴とヴェーダさんは現実から意識が飛んで行ってしまったようだ。将来弁護士が言葉を失い、相棒は呆けた顔で瞬きするだけ。
 「・・・さ、砂歌さん?」
 そっと入ってきた海景くんが茫然とした様子で突っ立っている。こんな砂歌さんはまあ見られないだろう。新鮮というか。こう見るとテレビで見る芸能人や政治家のような雰囲気とは全く違う。「王」「世界の最高権威」という言葉がぴったりだ。しかし、少し残した少女感が姫騎士に見せる。
 「雰囲気がありますね」
 「そうか」
 「でも姉貴、それ護れてんのか?」 
 「ああ、お腹のことね。大事なところを護れているから許容よ」
 砂歌さんの代わりに恋が答えてくれた。これは許容範囲とのことだ。お腹も結構大事な気がするが。まあ、これが戦闘服ということらしい。兄貴はちゃんと作戦を立てられるだろうか
 「髪の一本だろうと触れさせない作戦を立てるさ」
 「そ、そうか」
 兄貴を本気にさせたらしい。元々本気だが、さらに力を入れて考える気なのだろう。そろそろショートするぞ
 「ところでお姉ちゃん、その衣装はオンブル退治で使うのかい?」
 「いいや、武器ごとに衣装を変えるつもりだ。これは白雪の女帝ブラン・ランペラトリス用だな」
 「白雪ということは・・・槍?」
 「そうだ」
 砂歌さんが槍で戦っているところを見たことがない。見ているのはヴェーダさんくらいじゃないだろうか。愛称は白雪らしい。
 「さて、これは仕舞おう」
 砂歌さんは満足したように衣装を仕舞う。そして普段の男装になった。これはこれでいいんだが。
 「うむ、落ち着く。昔のわたしはよくあれを着て動いていたものだ」
 「バリバリ動いてたな」
 「砂歌さまが槍で戦っているところを見たことがないのですが、どんな感じなんですか?一言で」
 「流星使い」
 砂歌さんは犀とは違って槍を投げるらしい。その槍の軌跡が流星のように美しいそうだ。恐ろしいことに、槍は一本だが落ちてくる流星は百本を超えるそうだ。逃げ切れる気がしない。翌日にニュースで流星群が見られましたと流れそうだ。
 「氷結世界の皇帝ゲフリーレン・ランプルールは確か薙刀だから・・・巫女服だったりして」
 「琥珀兄ちゃん、勉強しすぎておかしくなっちまったんじゃねぇか?」
 犀が呆れたように言った。犀に共感する。勉強のし過ぎはよくないのだ。し無さすぎるのもあれだが、し過ぎると兄貴のようにネジが外れてしまう。
 ふと、俺の背中を誰かがツンツンしてきた。誰かと思えば海景くんだった
 「そうだ。海景くん、僕のデータはどうだった?」
 光紀が興味津々で海景くんに近づいた。海景くんが嬉しそうに微笑み、データが書いてあるらしい紙を渡した
 数値化されたのは十一項目
 1:攻撃力
 2:防御力
 3:敏捷性
 4:筋力
 5:柔軟性
 6:身体能力
 7:カリスマ
 8:知能
 9:直感
 10:クヴェル
 11:覇気ドルッグ
 一般人にカリスマを求めないでくれと思ってしまう。王でもカリスマ性皆無な人もいるのに、庶民の俺たちが持ち合わせている訳がない
 覇気は俺たち黎と暁除くセプテット・パルティータには皆無だ。
 俺たちはテスト返しかのように神妙な面持ちで紙を受け取った。一斉に裏返す。しばし沈黙の時間が
 「筋力4か・・・凹むね」
 「だから筋肉つけろって言ったんだよ」
 「ヴェーダさん、スピード5です」
 「え?」
 光紀にダメ出ししようとしたヴェーダさんが、海景くんの一言で撃沈した。ヴェーダさんは慌てて紙を見て呆然。砂歌さんが呆れたようなため息を着く
 「スピードだけでいえば光紀さんの方が上です。9ですから」
 「おぉ、早いね」
 黎が驚いたように言った。砂歌さんも感心したように頷いた。
 「ほら、少しは筋肉落とせって言ったんだよ」
 今度は兄貴からヴェーダさんへのダメ出し。海景くんが動いた。兄貴の真正面に立ち見上げると
 「柔軟5です」
 「おっと・・・高校でも取ったことない点が・・・」
 「ヴェーダさんも5です」
 ダメ出しする隙も与えなかった。ヴェーダさんが撃沈した。
 「うぅーん、オレ防御力が低いな」
 「わたしもよ」
 相性がいい犀と恋が揃って防御力5という。防御できる人がいないのか。
 「大誠さんはですね。知能は二強ですね。いや、三強でした。基本的にバランス型。ただですね、柔軟性と敏捷性に欠けます。柔軟性が5で、敏捷性が6です」
 兄貴、犀、恋、光紀、大誠さんはバランスがいいらしい。低いのはカリスマくらいだ。これで普通だ。一般人のカリスマならこれくらいだ。兄貴で7だ。7ってすごいな。
 ただ、ここまで来ると黎や砂歌さんは含まなくていいと思う。暁とヴェーダさんは欠点はそこまでなさそうだ。ヴェーダさんは柔軟性やスピードが少々欠けているくらいだ。どうとでもなる。
 「わたしは・・・」
 「黎さん、身体能力が3ですよ」
 「3もあるかい?」
 「もうことはの中でも自覚済みの身体能力の低さなんだな」
 「黎さんは、確か体力が4です」
 身体能力と体力か。分からなくもない。黎も意外と低い部分があるのか。筋力が6とはどういうことだ
 「ヴァイオリンを弾くからだろうな」
 「楽器にも筋力いるんですか?」
 「勿論だ」
 そして、暁だが
 「知能が5ですね」
 「バカってか!?」
 その他はいい点なのに、知能が足を引っ張っているらしい。5は標準だと思うのだが
 それぞれの高いところを上げてみる。まず犀は攻撃力と敏捷性と身体能力が抜群。特に敏捷性は8とパルティータでは光紀に次ぐ素早さ。
 恋は柔軟性、身体能力が抜群。身体能力に関しては8と俺に次ぐ。おれにも高いところがあった。
 次、光紀。とにかく防御力と敏捷性とクヴェルだ。どちらも高く9をマークしている。ちなみに、クヴェルは黎と砂歌さんに次いで高い。これだけで異常であることが分かる。ただ、黎と砂歌さんのクヴェルと比べてしまうと9と10の間に大き過ぎるギャップが出来てしまう。
 そして兄貴。知能と直感がおかしい。身体能力は8と恋と同じだ。嬉しいことに俺より下だ。知能が桁外れで、10をマーク。直感に関しては黎と砂歌さんに次ぐ9だ。直感とは、センスのことでもあるらしい。ラプソディアとシンフォディアに次いで高いと考えるとゾッとする。
 「納得の数値だ。さすがは我が参謀」
 「うんうん。知識は言うまでもなくて、知能指数も高いということなのだね」
 大誠さんは、知能が8。普通にすごい。直感が8。防御力が7。基本的に高い数字をマークしている。カリスマやらドルックやらは一般人が持てるものでは無いので除く。
 そして俺
 「攻撃力と防御力、敏捷性、筋力、身体能力が高く、特に敏捷性と筋力ですね。ボクシングと砂歌さまのトレーニングの賜物でしょうか」
 攻撃力と防御力は7。これから上げられるから問題ない。真言が使えなくては意味が無いとはいえ、敏捷性と筋力が肉弾戦において補強してくれる。ただ、柔軟性と直感と知能とドルックが著しく低い。直感と知能に関しては3だ。柔軟性は剣崎家の課題となった。確かにと兄貴も頷いた
 「ヴェーダさんの攻撃力と防御力と筋力と体力は異常です。10って・・・」
 「流石だな」
 「当たり前じゃねぇか」
 砂歌さんを守るために強くなったのだろうし、褒められれば素直に嬉しいはずだ。
 「暁さん、防御力と筋力と敏捷性と柔軟性と体力が9や8とかなり高いです。流石は黎さんのボディガード」
 「へっ、当たり前だ」
 暁とヴェーダさんはこれだけ取れて当たり前なのだ。やはりこう見るとベテランは違う。潜ってきた経験がまず違うのだろう。
 「ほれ、姫さん見せろ」
 「えっと・・・」
 細長い指が点字をなぞる。俺たちは覗いた。ある意味驚愕の数字が見えた
 「体力が・・・絶望的だぞ、姫さん」
 「3とな。そんなになかったのか、わたしは」
 「そもそも、体力が異常な暁さんとヴェーダさんのせいで平均点が引き上げられていますからね。黎さんと砂歌さんは仕方がないです」
 なぜか黎と砂歌さんだけはフォローする。毒突かれると思っていたが、意外と褒めてくれた。今は褒めるから低いところを重点的にあげなさいと言われているわけだ。
 「防御力というか・・・」
 「砂歌さまの場合は護身だね」
 「意味は同じではないか」
 氷の防御力はおかしいが、あれは兄貴とヴェーダさんから言わせれば護身術だそうだ。護身術であれか。
 「というか・・・ヴェーダと琥珀は何故それを知っている?」
 「いやぁ、それはなぁ」
 「ねぇ、ふたりの秘密なんですよ」
 「ほう。仲良くなったのだな、良いことだ」
 逃れられたことで兄貴とヴェーダさんが胸をなで下ろした。しかし、満開の桜レベルの笑顔に二人が悩殺された。
 「やっぱ防御力低いと思うんだ」
 「だよな・・・」
 「お前らは姉貴に対する耐性が低すぎる」
 「暁、よく言ってくれた」
 兄貴とヴェーダさん以外が頷いた。
 「二人とも、お姉ちゃんに手を出したら・・・わかってるかい?」
 「・・・」
 兄貴とヴェーダさんが我に返った。黎の威圧感というかドルックに流石の二人も落ち着いたらしい。やっぱり黎は凄い。
 「まぁ、かわいいけどさ」
 「お前マジか」
 「天使がプンプンしているようにしか見えてない」
 黎の威圧が効いていない。兄貴の美人フィルターが威圧感を無効化しているのか。黎と砂歌さん、さらに恋に対しては怖いという感情は一切払われてしまうらしい。二人はともかく恋は怖い。
 「恋は怖くねぇよ、焔」
 「は、犀マジか?」
 「思ってくれてるから怒ってんだぜ?」
 「犀・・・あんたって人は」
 犀が良い奴だったことを思い出した。俺の幼馴染ながら、とにかく良い奴だ。
 「剣崎家は惹かれるように良い人に恵まれるものだな。特に焔」
 暁と砂歌さんが言うには、俺はとにかく運が良いらしい。
 「攻撃力とか防御力はともかく、砂歌さまと黎ちゃんの体力はどうするのかな」
 「そうだね」
 「確かに」
 「朝に走るとか?」
 「えぇー」
 姉妹か。嫌そうな反応が全く同じだ。走りたくないらしい。いつも全力疾走しているはず。運動不足とかではないだろう。確かに体力はどうやって上げればいいのだろう
 「延々ドルックを放出するとかか?」
 「それをしてしまうと城の場所がバレてしまうのではないかい?」
 「もうバレている」
 「・・・」
 砂歌さんからの爆弾発言。そして思い出した。誘拐されていたことを
 「あれ、砂歌さん国出てんじゃん」
 「ん?・・・ああ、スピリト国の城のことか」
 「あれか。スピリト国はな、トカゲのしっぽを切っただけなんだ」
 「まさか、あの再三オンブルが召喚される場所は元スピリト国?」
 砂歌さんとヴェーダさんが頷いた。砂歌さんを取り戻したあと、砂歌さんのお父さんが激怒してスピリト国を攻めたのだ。その際、逃げるようにしてジェードはスピリト国を捨てて亡命し、領土にしていた別の土地に移っていたのだ。そこが今地理で教えられているスピリト国だ。本当のスピリト国はあの更地だった。完全に間違った知識を植え付けられていた。教師を疑いたくなってきた。
 「違和感はこれだったのか。道理で砂歌さまが攫われて結界が緩まないわけだ」
 「砂歌さんって、何日スピリト国にいたんだ?」
 「一ヶ月近い・・・」
 その間、砂歌さんの身に何が起こっていたのかはわからない。そんなこと砂歌さん自身思い出したくもないだろう。
 「知られてるんですね・・・というか、結界が張られたこの国にオンブルを召喚できるなんて・・・」
 「本当に最近の話だ」
 「マッサが現れた日からおかしくなってしまったのだよ」
 やはりそこがきっかけになっていた。兄貴が一番危険視している意味が分かる。しかも、この国のことをよく知ってしまっているのだ。最悪なことこの上ない。
 「アイツをこの国で暴れさせる訳には」
 「わたしが固有結界を張る」
 砂歌さんの言葉に、兄貴が目を見開いた。元々兄貴はジェード討伐とアジト追求に砂歌さんを組み込んでいなかった。そもそも、間接的にジェードにいることを知らせてしまうのだ。
 「頼む。わたしは、大切な人を奪った存在を一人も討ち取っていない。ジェードには会いたくない。しかし・・・何も出来ないのは辛い」
 帰ってくるのを待つことを砂歌さんは怖がっているのだ。聞こえてしまうからこそ、その恐怖は途轍もないのだろう。
 「お姉ちゃん」
 「ん?」
 「お姉ちゃんのこと隠せる人は居るよ」
 「え?」
 「ね、海景くん」
 「そうですね」
 それまで見守ってくれていた海景くんが頷いた。なんだ、そんな人がいるのか。
 「クロヤがいます」
 戦闘に特化したホムンクルスがいるというのだ。そのホムンクルスを起こす。海景くんの最高傑作で、昔損壊したホムンクルス。その治療を毎日していたのだ。また壊れるかもしれない。しかし、クロヤは空間使い。姿を隠すことができる。確かにぴったりの存在だ
 「クロヤくんか。任せるよ」
 「はい」
 兄貴は砂歌さんの参戦を肯いた。砂歌さんはホッとしたような表情になった
 「基本的に作戦は変更なし。国内であった場合のみ、砂歌さまも参戦。それでいいでしょうか?」
 「ありがとう、十分だ。無理を言ってすまない」
 「僕も配慮を欠いていました。無念なのは、あなたでした」
 恐怖やトラウマが一番大きいだろう。その時は問題なくても、あとで心労が一気に襲ってくるのだから。でも、ジェードに兄を殺されたという怒りも拭えない
 「まぁ、初恋つってたもんな」
 「え?お姉ちゃん、砂歌さんのこと好きだったのかい?」
 「ヴェーダ!」
 砂歌さんが顔を真っ赤にして怒り出した。全然怖くない。恥ずかしさに火を噴きそうだ。この人を惚れさせるほどの人なのか、お兄さんは。義理なので問題ない
 「今はいらっしゃらないのですか?」
 恋の質問に兄貴とヴェーダさんが固まった。二人にとってはこれからのモチベーションに関わるかもしれない
 「好きというか・・・いいかなという人はいる」
 「マジか!?」
 「それは本当でしょうか!?」
 二人の気迫に砂歌さんが驚いている。驚くというか一瞬ビクッとした
 「ここにいるのかい?」
 「いるっちゃいる」
 ざわついた。誰だ。砂歌さんの好意を惹いている男は。
 「さ、か、帰るぞ」
 砂歌さんが耳まで真っ赤にして歩き始めた。杖もなしに。そのとき、砂歌さんが躓き身体が前に傾いた。
 残酷な奇跡はその時に起きた。このなかの誰でもない。突然現れた人が砂歌さんを支えた
 「だ、だれ?」
 砂歌さんが困惑。しかし、俺たちは固まった。本当に知らない人だ。しかし
 「おっ──!?」
 ヴェーダさんが何か言おうとしたけど瞬間に、兄貴が肩を引いた。驚くほど真剣な表情で首を横に振り、やめろと伝えた。ヴェーダさんも止まった。
 「砂歌さま、部屋に戻りましょうか」
 「そうだな」
 光紀は、砂歌さんを支えたのはあたかも自分かのように立たせた。砂歌さんも光紀だったのかと納得したように立ち上がった。砂歌さんが部屋に戻ったことを点灯したことでわかった。かなり疲労が溜まっていたらしく、砂歌さんはすぐに寝てしまったという。砂歌さんの部屋に向かおうとした男。それを
 「おい、兄貴」
 「砂歌さま」
 兄貴とヴェーダさんが止めた。二人の言葉に俺たちは愕然とする。砂歌様と言ったのか。男に対して。だとしたら一人しかいない。
 「どういうことだ」
 「出るなって言ったじゃないですか、砂歌さま」
 『すまない・・・』
 「あなたが触れて、シャロンさまが気づいたらどうするつもりなんですか?生きてたって言うんですか?蘇ったとでも言うんですか?知ってますか?あの人、あなたの手紙をずっと枕元に置いていること」
 真実を知った日から、砂歌さんはお兄さんからの手紙を宝物のように保管し、枕元に置いて寝ていたのだ。それをトローネは目撃していたのだ。
 兄貴がブチ切れている。隣にいるヴェーダさんも驚いているし、黎や暁も顔色を伺うようだ。俺以外の人に怒ることはまずない。ミヤマくらいだ
 「あの手紙があの人を悪夢から覚まさせてあげられる。あなたに気づいても、あなたは消えてしまう。また彼女の傍からいなくなるんですか?ただ、見守っていてくれさえすればいいんです。あなたが護れって言ってから継いでるヴェーダの気持ちも無下にするつもりですか?」
 「こ、こはく?」
 『すまない。そうだ、君の言う通りだな』
 納得したように砂歌さんは頷いた。おかげで現王の砂歌さんが気づくことは今のところはないだろう
 「はぁ・・・焦ったよ、ほんとに焦った」
 自嘲の笑みを浮かべて呟いた。叱るのも不本意だったのだ。しかし、引っ込ませるにはキツく言う以外なかった。兄貴は間違っていない
 「そろそろ頭痛くなってきたよ」
 「大丈夫か?」
 今度は兄貴がぐらついた。ヴェーダさんが慌てて受け止めた。
 「熱いぞ、お前」
 「心因性発熱ですね。急激な緊張で引き起こされる。大人の知恵熱です」
 思ったよりも兄貴の負担になっていたのか。貯め続けた結果熱が出たのだ。無茶し過ぎじゃないのか。
 「この熱なら直ぐに引きますよ。ご心配なく。この人の心労もだいぶですね。しばらくオンブル退治を控えては?」
 「そうだな」
 兄貴がいない分を何とか繋げる人はいるはずだ。
 「じゃあ、今日はお泊まりだね」
 「全員で寝ようぜ。姉貴の部屋で」
 「賛成」
 砂歌さんに許可もなく俺たちは王の寝室で寝ることになった。明日は、何事もなく過ごせるだろうか
 俺は懸念しつつ眠りについた


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すみません、パルティータは組曲であって、七重奏ではありません。琥珀より







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