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第二番 〜華やかな物語《ブリランテバラード》〜
第五楽章〜静かなる悲嘆曲《トラオアー》
しおりを挟む俺たちは兄貴がいるという病室に向かって走った。しかし
「ストップ」
俺たちを呼び止めたのは少年だった。彼が海景くんだ。天才少年医であり、城の専属医でもある。今兄貴を診てくれている子だ
「寝ていらっしゃるので、また今度にしてください」
「いや、今起きた」
兄貴の病室から出てきたのは砂歌さんと大誠さんだ。かなり広い病室だった。ベッドの背もたれが起こされており、俺たちが入ってきたことを見るなり手を振った。
「驚かせてゴメンね」
「ううん、琥珀兄さんの怪我は?」
黎が兄貴のベッドの傍にあるソファに座って尋ねた。平気そうな顔をしていたが、実際はかなり痛いと思う。
「斬られたからね、痛くないとは言えないよ」
「琥珀さん、起きたのであれば包帯巻きます」
「はーい」
兄貴は、陽気な返事をするとシャツを脱いだ。思わず男が声を上げる。男なら羨むシックスパック。いらない脂肪は絞られ、教科書で見たダビデ像のような身体だ。着痩せするタイプだからか、こんなものが隠されているとは思わなかった。ただ、あちこちにはアザがある。ウエストポーチを取り付けるためのベルトの跡だ
つんつんと砂歌さんが胸筋に触れていた。
「うーん・・・羨ましい」
「わたしも筋肉欲しいなぁ」
二人とも男として生きているとはいえ、世界レベルの二大美女が筋骨隆々は考えられない。
「てかよ・・・琥珀、お前を車まで運んでる時めちゃくちゃ重かったぞ」
「七十キロの僕プラスウエストポーチの六十キロだからね。相撲取り担いだようなもんだよ」
それを担げた大誠さんもすごい。持ち上げる人の腰がイカれそうだ
「は?あなたそのポーチを装備し、さらに腕が負傷しているのに銃を使ったんですか?」
「そうだけど・・・」
兄貴のキョトンとした返事に海景くんのこめかみに青筋を立てた。かなり怒っていると見た。その兄貴を片腕で持ち上げたハーマもなかなかだな
「そういえばさっき琥珀さんのライフルと拳銃見ましたけど、攻撃力高くないんですね」
「まぁね」
「高くした方が良くありません?」
何故この子は兄貴の銃を一目見ただけで攻撃力とか分かるのか
「海景は銃を造るのが得意でな」
「いいのか?医者が攻撃力とか言っても」
「アンチに中途半端な銃弾当てる方が危険ですよ。琥珀さん、よければ改造させてください」
「え、寧ろ頼みたいレベルだよ」
海景くんの瞳が輝いた。改造が好きというなんというマッドサイエンティストかと思うが、ただただ発明や医療開発が好きなようだ。後者に関しては医者の鑑だ
「それでね・・・現場復帰と大学は何時くらいに・・・」
「重症患者がオンブル及びアンチと戦ううえに、大学にいつくらいに行けるか、と?」
恐ろしい気迫に、兄貴が途中で口を噤んだ。対し、海景くんは気迫はそのままにマシンガンのように言葉を放つ。兄貴が項垂れた。将来弁護士どうした
「琥珀、レポートと授業ノート貸すから、それで何とかしてくれ」
「さすが大誠。それはいい提案だ。世話になるね」
すっかり友人よりも深い相棒という関係になっていた。小学校の時に兄貴が転校した先で同級生となり、中学生はお互いに中学受験で離れ、高校受験で兄貴と猛勉強の末に勝ち取った大誠さんは再会。そして大学もそのまま一緒。しかもアンチやオンブルなどの事情についても兄貴から聞かされ、その上それら全てを受け入れ、真言使いにまでなるという。兄貴の周りは頭がいいだけでなく人もいい人ばかり。女友達もいるとはいうが、付き合いが多いのは大誠さんか、あとは
「ほう、琥珀は友人が多いのか」
「イメージ通りだよ」
人当たりはいい。社交性もある。周りを惹き込む力もある。大誠さん曰く、カリスマ性もあるとのこと
「大学のことは安心しろ」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
「琥珀さん、そろそろ治癒に入りたいのですが。少しずつ塞ぐ形になるので、二時間ほどかかります。鎮痛剤打ちます」
鎮痛剤打たなければいけないほど痛いのか。治癒は。砂歌さん曰く、海景くんの治癒は異常に痛いそうだ。その鎮痛剤も眠気を誘うようだ。寝ている間に治癒されるならいいな。
「完全に塞ぐには三日ほどかかります」
「お願いします」
「はい。砂歌さんたちは少し出ていてもらえますか?」
「了解だ」
俺たちは、兄貴の病室を後にして、待合室で呼ばれるのを待つことにした
「なぁ姉貴、ハーマ・・・だっけ?アレ倒せたのか?」
「いや、生きているだろうな。あの男は、オラトリアの中でも平均以上。そう簡単には負けぬし、死なぬし、浄化もされないだろうな」
砂歌さんは、脅しに近い言葉を淡々と放つ兄貴がほとんど命懸けで戦い追い詰められ、片腕は切り落とされ、さらに砂歌さんのレイピアで貫かれ身体を半分凍てつかされた。それでもまだ生きている。
「お姉ちゃん、幹部って何処のなの?」
「・・・ジェードと同じ組織だ」
ジェードと同じということは、レクイム教団だ。冥福を祈って歌うレクイエムだが、歌われるべきはアンチやオンブルの方だ
「ジェードってアンチバリトリアの方ではないのですか?」
「そうだ。ジェードはオラトリアの部下だろう」
「アンチになるくらいだから、レグノの称号を持っているということなの?」
砂歌さんは黎の問に頷いた。王権を剥奪されたというスピリト王国の元王子がジェード。おそらくあの兄弟もどこかの国の王子だったのだろう。王権を奪われればそれは恨みたくもなるだろう
「とうさ・・・父上も加わっていたはずだから。この国も相当恨まれているだろうな」
ただし、来ようとしたところで侵入できないし、侵略しようとした日には兵士が閉じ込められた芸術が完成するだろう。砂歌さんは常におそらく心眼とか言うやつで見ているのだ。
「もう、おと・・・父上は優しいが厳しいからなぁ。わたしの代は大変で大変で」
さっきからおそらくお父様と言いかけているが、父上と言い直す。別にお父様でもいいと思うが。ドーマと話している時は兄様と普通に呼んでいたのに。先代は娘にとんでもないものを残していったのか
「砂歌さまの家系は氷使いなのですか?」
「いや、父上は氷ではなく硬質化だ。水も固まる。炎も固まる。雷も固まる」
美しい宝玉が出来上がるという。この家系怖い。もう、この家系に生まれた瞬間に強者決定だ。
「兄上は氷だ。わたしは兄上を真似している状態だからな」
つまり、砂歌さんは元々氷使いじゃないということだ。真似で異常の強さならそれはもはや真似じゃない
「え、姉貴本当の真言は何なんだ?」
「うえ」
「うえ?」
砂歌さんは天井を指さした。俺たちは嫌な予感がした。天井ではなく天上なのだと。皆気付かぬふりをした。
「星」
「星!?星って操れるんすか!?」
大誠さんが発狂した。言葉が発せたのは大誠さんだけだ。星ってなんだ。あんなのどうやって操るんだよ。てか真言ってそんなところまで届くのか。大気圏超えますけども
「星というか銀河かな」
「じゃあ色水鏡じゃないの?お姉ちゃん」
「え、黎。色とかもはや問題じゃねぇぞ、これ。星だぞ?銀河だぞ?つまり、星がエネルギー源?」
星と砂歌さんは繋がりがあるのか。待てよ使ってた頃って姫時代だ。王になってから砂歌さんはお兄さんの真似をし始めた。つまり王位を継承しますよと言う直前までその力を使っていたことになる。銀河も泣くな、突然氷真言に変えますと言われたら
「まだ使えるぞ。氷より全然」
ゾッとではなく、まぁゾッとはしたが俺たちから言葉が消えた。氷でさえ意味がわからないレベルで強い。なのに、銀河のほうがってまぁ銀河のほうが強いのは当たり前か
「銀河を作ってみようか」
砂歌さんはポカンとしている俺たちに愉快げな笑みを向け、手を上下に構え手のひらを内側に向ける。そして
──Galaxie
砂歌さんが微笑みながら唱えれば、内側に膨大なクラフトが凝縮されていく。
──In heißem aber kaltem Glanz
──Erhelle die dunkle Welt
手の中のクラフトが銀色に輝き始め、銀河のようにゆっくりと廻る。その冷たい輝きも砂歌さんの落ち着いた声音が暖かなものに変え、不思議な空間に誘われているようだった
「うん、出来た」
「す、すげぇ」
銀河の光は少し冷たい。でも、銀河自体はめちゃくちゃ熱い。きっと砂歌さんの銀河は人の心を癒す暖かいものだと思う。黎とは違った優しい光だ。
「あとで琥珀や海景にも見せよう」
多分、「銀河の輝きもあなたの輝きの前にはくすんで見えます。しかしあなたの銀河はあなたの心の如く美しい」みたいなニュアンスのことを言いそうだ。多分言う。偶にあの男は気障なことを平気で言う
ふぅと砂歌さんと大誠さんが息を吐く。それまでの温度が一気に下がって風邪をひきそうだ。そして二人は頷いた
「・・・焔、話がある」
俺に話があると言ったのは大誠さんだった。砂歌さんも同じことを言おうとしたのか黙って俺を見ていた。黎と暁はキョロキョロと砂歌さんと大誠さんと俺を交互に見ていた。これまでの雰囲気とは打って変わったから困惑しているのだろう
「車で城に向かっている途中でさ、今日の反省みたいなこと俺たちでしてたんだ。これからのことも含めて」
おそらく黎の千里眼が遮断された後の話だろう。そのなかでハーマというオラトリアを踏まえた話だったという。そこで俺についての話題が出たというのだ。
「ほら・・・ハーマって弟と共闘してただろ?琥珀を追い詰めたしな」
「あぁ、そうだな」
「琥珀も・・・弟と共闘してみたいって言ってたんだ」
俺はその言葉に目を見開くしかなかった。兄貴は俺と共闘したいと言ってくれたのだというのだから。しかし、そう話す兄貴の顔は複雑そうだったという
「俺は、焔が真言を十分使えてると思ってたからできるんじゃないかって言ったんだけどな・・・」
「残念ながら覚醒していないから」
俺が早く覚醒しないから兄貴は願いを叶えられないのだ。ただ剣が使える俺ではなく、真言が使える俺と戦いたいのだ。未だ覚醒の兆しを見せない俺に大誠さんは呆れたそうだ。今日初参戦の大誠さんの方がまだ扱えるはずだと砂歌さんは言う。
「俺はそうだと思ったぜ」
「暁・・・」
「琥珀はお前に期待してるってな」
暁が露骨に機嫌が悪そうな顔をした。黎はいつもの明るさは身を潜め沈んだ表情。犀は俺を心配するのと兄貴や暁や砂歌さんの思いに同調したような表情。恋も暁と同じく怒るような顔をしていた。
「てめぇは気づいてねぇだろうが、琥珀は指揮の中でお前を最低限のところでしか使わなくなってる」
「え・・・」
全く気が付かなかった。兄貴は全員にするべきところで指揮していると思っていた。だが、俺に関しては最低限の場所でしか指揮してもらえていなかったのだ。そのことに俺は気付いていなかった。指摘されなければ知らないままだった。それは裏を返せば期待していないということじゃないのか
「ねぇ焔。あんた琥珀さんのことあまり分からないって言ってたわよね?」
「あ、あぁ」
「会話が少ないって。でも、機会がなくても琥珀さんはあんたのことちゃんと見てるわ」
恋はいう。俺は話す機会がないから兄貴が分からないで済ませたが、兄貴は会話がなくても日々の過ごし方をしっかりと見て理解してくれていると。俺が悩んでいる時はひょこっと出てきてアドバイスをくれるのはいつも兄貴だった。
「わたしも驚いた。ハーマが羨ましいと言っていたからな」
「お姉ちゃん、それって・・・」
「役に立つ弟がいて羨ましいそうだ。意味が分かるか?」
集中砲火どころじゃない。とうとう砂歌さんまで俺に言う。役に立つ弟。あの弟は兄の動きを見ていたし、その上で攻撃していた。なのに、俺は兄貴のことを見れていない上にまず碌に戦えない。
「あんた見てるとイライラするのよね。誰より先にカッコつけてた割に誰よりも弱いんだもの」
結成約一ヶ月にして、初ではないかと思う言い争いというか説教というか。確かに俺は黎の思いに同調して戦うことを決意した。黎はまだ覚醒するための切っ掛けがないんじゃないかと言っていた。俺もそうなのかと思っていた。でも違う。切っ掛けどころか兄貴は思いがまず違った。何故だろうと悶々と悩んでいる時に全員からの集中砲火。流石に堪えた
「琥珀が言わねぇから代わりに言ったけど、やっぱ琥珀に直接言われた方がいいかもしれねぇな」
俺たちは、とうとう沈黙してしまった。沈黙を破ったのは啜り泣く声だった。
「こんなのやだ・・・」
「黎・・・」
泣きながら言う黎の頭を砂歌さんが撫で、宥めていた。守るべきラプソディアを俺は泣かせた。何に対して泣いているかはもはや分からないが
「何ですか、この空気」
いつの間にか二時間経っていたのか。沈黙を打ち消してくれた。黎が安心したように顔を上げた。嫌な沈黙が苦手なのだろう。
「終わったか?」
「はい。今テレビ見てますよ」
「そうか。行こうか」
多分これから俺は兄貴に怒られるだろう。いや怒ってくれるのかもわからない。全員が沈んだ表情というか砂歌さんはもう普通になっている。ただ、出会った頃の目で俺を見るようになった。そう見直す前の目。早く覚醒してくれるとありがたいと言っていた頃のだ。王から信頼失うなんてこと、不祥事を起こした政治家以外にあるのか。しかもそれが俺なのだ
「琥珀、顔色マシだな」
「傷少し塞げましたからね」
「なんか・・・砂歌さまの後ろから不穏な空気が」
「まぁ、仕方ねぇな」
兄貴の苦笑に大誠さんが苦笑で答えた。砂歌さんも苦笑していた
「あ、兄貴・・・あの・・・共闘できるようにいつか覚醒するから、待ってほしいんだ。ちんたらしててゴメン・・・」
兄貴からあらゆる表情が消えた。能面のような顔で、俺を見る。目だけ見れば凍りそうなくらいだ。はっきりいって怖い。こんな兄貴の顔は見たことがない。
「こ、こはく?」
困惑したような顔で砂歌さんが呼びかけた。砂歌さんを見つめる目はこれでもかと言うほど優しい。能面のようになるのは俺を見る時だけだ。精神的に来る。
「少し見苦しいところを見せますが、すみません」
「あ、あぁ」
兄貴は、治癒したばかりで鎮痛剤が抜けまだ痛みが残るはずだが身体を起こした。兄貴の目は能面ではなくなった。ただ、背後に鬼が見える。蛇に睨まれた蛙状態だ。
「な、なぁ兄貴」
「焔」
「な、なんだ」
「お前のいつかは聞き飽きた。宿題はそのうちやる。受験勉強は後でやる。今回はいつか覚醒するから待ってくれ。お前が後回しにして実行できたものが一つでもあったか?」
喉が詰まって何も言えない。聞いたこともない声で、見たこともない顔で、俺を窘める。窘めるなんてものじゃない。怒ってる。
「なんでお前のいつかは今じゃないんだ」
「!」
「どんなにこっちが期待しても、お前はいつもいつかで済ませて結局裏切って終わってゴメンで済ませる。なんで同じことを繰り返すんだよ」
同じことを繰り返す。いつかやると言ってやらないで、結局失敗して終わる。俺はそれを繰り返し続けているという。幼い頃から
「小さい頃は別にいい。そういうものだと思えば。でも・・・今は事情が違うだろ」
「う、うん・・・」
「この状況で、黎ちゃんが頼ってくれたのは誰だった?」
・・・俺たちだ
あの夜から決まっていたと言ってもいい。黎は俺たちを頼ってクインテットとして選んだのだ。そのクインテットの赤が何も出来ない。黎はこんな俺でも今でも頼ってくれる。砂歌さんやヴェーダさんも忙しいなか間を塗って特訓してくれている。素質はあるはずなのに何故か開花しないと二人に首を捻らせる始末。今度は家族から信頼が消えかけている
「お前は口だけなんだ。黎ちゃんを守ると言って、実質守ってるのは犀と恋ちゃんと光紀くんだ。防御出来るはずの火が使えないんだから、仕方ないよな」
とうとう兄貴は嘲笑を浮かべた。怒りが沸点に達したのだ。説教をしている間にフツフツと煮えてきていたのだ
「守るから。やってみせる。俺ならできる。いつか使えるようになる。為せば成る、だったか?」
兄貴の睨みがきつくなって来た。立っていられなくて、座ってしまった。兄貴は怪我してるのに上体を起こしているのに。きっとこういうところの差だ
「為せば成るの意味を履き違えるなよ。為せば成るは強い意志を持つ者が使う言葉だ。いつかなんて軽い意志でしかない焔に、為せば成るなんて都合のいいことは起こらない」
強い意志を持ってやれば必ず成就する。それが為せば成るであり、何もしていないのに為せば成ることなんて一生ないと兄貴は断言した。言えている。
「自分を過大評価し過ぎなんだよ・・・焔は。いい加減・・・自分に気づけよ」
「っ・・・」
兄貴の方が悲しそうだ。怒られている俺よりも。
「いつかできるなら今やれよ。出来ないなら言うな。期待する方が馬鹿みたいだ」
「兄貴・・・ゴメン・・・」
「何に対してのゴメンなんだよ。焔に対して何か言っても繰り返すからあまり意味無いけどさ・・・」
「それは!」
俺は兄貴の言葉に勢いよく立ち上がった。兄貴は何も間違ってない。自覚してないからこそ心に来る。でも心に来るのはその一瞬だけだと兄貴は釘を刺す。言葉だけで俺を座らせた。
「・・・なぁ焔」
「兄貴?」
「早く変わってくれ。口だけなら何だって言える。自分の首を絞めているのはお前で、ハードルを上げているのもお前だ。焔という僕の弟は強くない。一度、なんでも出来るっていう考えを捨てるべきだ。そうしないとお前は変われない」
兄貴のそうしなければ変わらないという言葉で完全に俺のたかが外れてしまった。何故かどうしようもなく悔しくて泣いてしまった。兄貴は悔し泣きをする俺の顔を知っているから、驚いた顔なんてひとつもしない。哀れだとでも言うふうな顔だ
「ふぅ、話は終わり!説教疲れるんだ。病み上がりだからさ」
「病み上がってもねぇよ」
「炎症の影響か・・・微熱だな」
「先程計ったところ7度8分でしたよ」
兄貴の説教が終わるなり大誠さんをはじめ、空気を穏やかに変えた。
「もう、夜だよね?よし、寝るよ。ああっ!」
──ビクッ
兄貴の叫びに砂歌さんが肩を強ばらせていた。ビックリしたらしい。そういえばデート服のままだったな、砂歌さん。ちなみに涙はすぐ止みました
「明日司法試験全国公開模試じゃないか!」
「え、あれ受けんの?まだ二回生だぜ?」
「当たって砕けろだ!八百点以上届けば何とかなるんだ」
「え、いやぁ・・・まぁ、無理だろうし。なんか読書持ってこようか?」
「六法全書!」
兄貴の部屋にあった六法全書を思い出す。確か分冊だったはず。百科事典だと図鑑だの広辞苑だの四季報だの、さらには外国の事典まである。読書好きとかいう問題じゃない。
「名前だけのポケット六法?」
「あと広辞苑と百科事典」
「わたしの部屋から持って行けばいい」
「砂歌さま、よろしいのですか!?禁書だらけなのに!?」
光紀が発狂した。砂歌さんの執務室にはではなく執務室だけで二十万冊しかないらしい。しかは誤りだと思うのは俺だけか。兄貴からすれば羨望しかないだろう
「おい大誠」
「暁・・・だったな。どうした?」
「俺も運ぶの手伝う」
病室がしんとしたあと急激に温度が上がり全員が驚愕の表情。あの暁が本を運ぶのを手伝うと言った。面倒臭がり代表みたいな奴なのに
「お、重いだろうが!」
「あれだよね、えぇーとツンデレ」
黎がホンワカとした笑顔で言った。そうですそれはツンデレです。ツンデレ?と首を傾げているのは砂歌さんのみだ。
「禁書持ち出し・・・」
「何を持って禁書などというか分からないが、許可するぞ」
「やった」
「琥珀兄さん、あの・・・十四年前の事件のことなのだけど」
兄貴も砂歌さんもなぜ知っていると言わんばかりの顔だが、砂歌さんが3時間の間に話したということにしてくれた。手を煩わせてすみません
「椋野って・・・どんな顔しているの?」
「顔?うぅーんとね。大学の方のカバンに入ってるんだけどなぁ、新聞」
「君が持っているカバンはこれだけあるが、どれだ」
兄貴のカバン全部病室に運ばれた。カバンどんだけ持ってんだ。キャンパスバッグが二つ。資料を入れる様のカバンが一つ。遊び用。そこら辺行くための小さめのトートバッグの計五つ。兄貴はそのなかの資料を入れる様を取った。
「あ、これだこれ。はいどうぞ」
「ありがとう」
兄貴はもう読み尽くしたのかページを覚えており、すぐにそのページを開けるなり黎に渡した。このあたり気が利く。
「あ、こいつ知ってるわ、わたし」
「俺もニュースで見たことあるぜ、この顔。顔から出てるよなぁ」
「こいつだったのか」
ニュースの中では経営者一家を惨殺したことを取り上げられているため、そいつが間接的に親父が冤罪になるきっかけを作ったとは知らなかった。三年も前の話だ。流石に覚えてる。見ているだけで不愉快になる顔だ。
「見たとはいえわたしはあまり知らないなぁ」
「俺その頃旅出てたな」
「わたしは知っているぞ。無期懲役か死刑かの選択をせまられてな。琥珀の話を聞いてあの男か、とは思っていたが」
死刑に処する場合は王から司法権の最高位に伝わり、ようやく最高裁判所裁判官に伝わる。それでようやく死刑にできる。砂歌さんの選択でどちらか決まるのだ。終身刑でもありとはいえ
「死刑にするには膨大な税金が注ぎ込まれる。無期懲役は労働もし、金は自分で稼いでようやく食えるようになっている。結構辛いらしい。あとはまぁ、刑務所に真言使いがいるから・・・誰が簡単に死なせるものか」
一ヶ月に一回その家族と同じことをされるらしい。怖すぎる。それを許可したのは砂歌さんという訳では無いが、目には目を状態だ。
「直接あっていないからよく知らないが。新聞借りるぞ」
「はい、どうぞ」
「ふむ・・・椋野という男が殺人事件を起こしたのは二度目だったようだ」
前科があったのだ。その時は十年ほどして釈放され、名前を変えて普通の職に付き、数千万稼げる男だった。そして俺が二歳の時には五人を殺害した。全く反省していなかったのだ。
「・・・あの猟奇的な大量殺人を企てたジェードでさえレグノを与えられるだけで留まる世界だからな。世界からすればわたしは残酷だろう」
「砂歌さまで残酷なのですか?」
「捕えもされない世界なんて、被害者にとって残酷ではないですか」
砂歌さんのお父さんが王位についていた頃はそのような世界だったのだ。罪人の裁きについて初めて法律として掲げたのは砂歌さんが初なのだ。その結果
「国民とは違って、政治家からは氷の魔女と呼ばれてしまったよ。王だといっているのに。失礼な奴らだな」
「そこっすか?」
氷の魔女とか呼ばれたことではなく、気になったのは女扱いされたことだ。雪国のような場所に佇む城に住むことから氷の魔女。自分たちの国の王に向かってよく言えたな
「何にせよ、正しい判断と調査ができるものは必要だ。頼むぞ、琥珀」
「すごいプレッシャーですけど、や、やってみます。できる範囲で」
「十分だ」
しどろもどろな兄貴の返事に、砂歌さんは嬉しそうに微笑んだ
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