雨音ラプソディア

月影砂門

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第二番 〜華やかな物語《ブリランテバラード》〜

第四楽章〜激闘の合奏《アンサンブル》

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 砂歌さんの宣誓とともに兄貴と砂歌さん、アンチ二人が衝突した。
 「オンブルが鬱陶しいですね」
 「一気に片付けるか」

 ──zufrieren氷結する

 静かで厳かな砂歌さんの詠唱で、半数を凍り付かせた。その中で浄化しオンブルを消し去った。

 ──zustoβen突き刺せ

 「え?」
 小さな驚嘆の声を上げたのは黎、暁、砂歌さんだった。詠唱したのは兄貴だ。問題は言語ではなく、その内容。
 俺が黎と暁をどうしたと問うような目で見たそのとき
 『ぎゃああああぁぁぁっっっ!!』
 何かが突き刺さる音ともに断末魔のような絶叫が響いた。近所は大騒ぎだなと俺と暁の声が一致した
 「マジか」
 「これは・・・どういうこと?」
 呆然としたように二人は琥珀を見据えていた。
 それは砂歌さんも同じだったらしく、不意に近づいた
 「その技、どうした?」
 「ヴェーダさんを師事しました」
 砂歌さんを取り合っていたヴェーダさんに短い詠唱での真言の具現化を教わったのだ。プライドを捨てたのか。
 「そうか・・・想像以上だ。あの男は任せる。無茶はするなよ」
 「えぇ、違和は感じています」
 砂歌さんの服装とのギャップが大き過ぎて戸惑う。プリーツスカート姿の女性が「無茶はするなよ」は男前すぎる
 「ん?」
 兄貴は第六感でも働いたのか、その場から十メートル後方に退った。
 ──ダンッ
 上から巨漢が盛大な音を立てて落下し、兄貴がいた所はクレーターになっていた。気付けずにいたら潰れていただろう。琥珀の効果は覿面のようだ。
 「いやいやいやいや、何人いるんだよ」
 「アンチの量産か・・・笑えないな」
 大量のオンブルなら良かったのだが、出現したのは大量のアンチ。オンブルのようにただ浄化するだけでは不十分だ。こんなことは今までになかった。ソプラディア四人。アルトディア四人。テノーリディア二人。それを二人でやるというのか
「こんな大量に突然出してくるなんて、コイツらの上のヤツ何を考えているのか」
 「ふむ・・・これだけ出て来るあたり、穴が空いているのか、勢力を上げた我々に焦ったのか」
 兄貴は溜め息を吐くと拳銃をウエストポーチのホルダーに仕舞い、背負っていたライフルを構えた。兄貴がスナイパーに見えてきた。


 verdecken砂よ、我を覆え


 兄貴は詠唱とともに手で空を切った。そのとき砂嵐が吹き荒れ、兄貴の姿が見えなくなった。
 「あれ、琥珀兄さんも大変だよ」
 「琥珀からも見えてねぇからな。あれこそ研ぎ澄まされた直感がいる」
 黎が砂嵐のなかに千里眼を移す。集中力を高め、感覚神経を研ぎ澄ませているのか目を瞑っていた。そして、自分の直感を信じて照準を合わせると
 三発、しかも別方向に発砲した。アンチ三人分の呻き声が上がる
 「当たったけど外したか。鍛え直しだな、これは」
 自嘲の笑みを浮かべ、兄貴は公園にある小規模の森に身を隠した。相棒である大誠さんがいない今、見えないところで聞こえないように装填し、照準を合わせ撃つ。兄貴は丁度敵からは死角になる太い枝の上にいた
 一方、兄貴と同じく五人の相手をしている砂歌さんは、踊るように敵の剣を尽く弾き、真言は凍らせる。真言って凍るのか
 「やはりお前がアイスリッターか」
 「そうだよ」
 姫時代の戦い方を思い出したのか、ガードは強固だ
 「焔、てめぇ何考えてんだよ」
 「ガードは強固と言っているよ、暁」
 「ごめん」
 この後俺は暁により床に叩き付けられた。きっと敵も俺と同じことを思っていると思うんだ。地面を強く踏み込むと、目の前の男の急所を的確に狙い突いた。相手もテノーリディアということもあり、ギリギリのところで躱す
 「躱すか、流石だな。だが」
 ──ピキンッ
 掠めた男の肩が凍り付いたのだ。少し触れるだけで狙った場所にダメージを与えるのだ。これにどうやって勝てと
 「後ろを見てみろ」
 「う、しろ?なっ!?」
 男の後ろの四人のアンチが氷の茨に足を取られていた。しかし
 ──パキパキッ
 「ん?ほぉ・・・」
 一際大柄の男が力づくで氷の茨から抜け出したのだ。流石の砂歌さんも睨む。美女の睨みは怖いというのは本当だった。怖いどころか凍り付く。さすが氷使い

 そして、死角で敵の動きを見ている兄貴はようやく構えた。
 「ライフルの射程距離は500メートル。風速は5メートル。風向きは・・・まぁ向かい風ということで」
 射程距離は把握済み。風速風向きは瞬時に予測する。照準を合わせやすくするために度を合わせると、敵の動き、風や摩擦なども計算し銃口を向ける。これを瞬時に計算する兄貴が恐ろしい。そして、乾いた音が剣と剣が交わる音さえかき消し木々に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。
 「ぐぅっ!」
 「っ・・・」
 砂歌さんは少しだけ目を見開き、森の方を振り返った。兄貴が相手をしている五人の敵の右肩を尽く撃ち抜いた。
 「すげぇよ琥珀!」
 「なんて正確な射撃なの」
 あの暁まで興奮している。サッカーのテレビ中継を観戦しているかのようなテンションだ。黎は驚愕で目を見開き、局所的な的を穿つことの難しさを知っている恋は愕然としていた。
 「姉貴の顔色は芳しくないぜ、なんだってんだ」
 「多分だけど・・・アンチオラトリアがいるんだと思う」
 黎の脅しにも似た言葉に、その場にいる全員が声も出さずに驚嘆した。兄貴が相手をするなかにアンチの最高位がいる。兄貴もそれを察しているかのように頬に汗が伝っていた。
 「この真言は・・・」
 兄貴の声は爆発音でかき消され、兄貴がいた場所一面が抉れた。暁曰く、このアンチは人を含める動物以外の物質を爆発させる真言使い。砂漠化したのはアイツのせいじゃないのかと密かに思う。
 「兄貴!?」
 「だいじょうぶだよ」
 「危ないなぁ。威力半端じゃないよ」
 瞬時に砂をドームのような形状に固め自分を守っていた。パラパラと崩れてはいたが、中の兄貴は無傷だった。
 「ここまで近づかれると辛いなぁ。僕は遠距離派なんだけど。真言だけでは不足。そうか」
 兄貴は何かを閃いた様子で、アンチがいる反対側に目を向けた。銃口が出せるほどの大きさの穴から照準を合わせ始めた。何かを狙い定め角度を変え発砲した。銃弾が木にぶつかり、跳ね返され、軌道を描く。そして
 「ほぉ・・・強いだけではないのか」
 アンチの前で爆発したとはいえ、狙いは完璧だった。半端じゃないのは兄貴の狙撃の腕だ。
 兄貴は、爆発による煙で視界が遮られる隙を突いてさらにもう二発撃つなりまたしても身を隠した。
 「また同じ攻撃か」
 ──ドシュッ
 「がはっ」
 男の前に来た銃弾を爆発させたことで余裕の表情を見せたアンチだが、その刹那に背骨ピンポイントで弾丸が貫いた。そう、銃弾の音を聞き取り爆発させた時には手遅れ。爆発させた瞬間自分の背中ごと抉ることになったのだ。
 「クソガキがあぁっ!!」
 「もうすぐ20歳なんだけどなぁ・・・」
 兄貴はふっと笑うとすぐに真剣な顔に戻るなり砂嵐で視界を塞ぎ姿を消した。 
 「アイツはオラトリアじゃないみたいだな。オラトリオのアンチってなんだ。反宗教か」
 ブツブツと独り言を呟きながら銃弾を込めた。ライフルは五発しか装填できない。いちいちガチャガチャとセットしないといけないのだ。遠距離戦を得意とする人はまず手間がかかるということか。
 「人々の祈りに逆らう者的な人たちかな」
 兄貴のなかのアンチオラトリアの解釈はそれらしい。確かにしっくりくる。黎や暁も兄貴のアンチオラトリアの解釈に頷いていた。間違ってはいないらしい。まずアンチ自体全部祈りに逆らってはいないだろうか
 「銃弾は当たったから・・・っ!」
 背後からの圧力を感じてか、兄貴は二つ隣の木まで跳び移った
 「この人だね」
 兄貴は確信した。
 「一人だけ違うな、雰囲気。姉貴には全然勝てねぇけど」
 あの人のオーラはもはや神々しいというレベルまで達している。オラトリアのなかでも差は歴然。ただ、ベテランの砂歌さんなら兎も角、狙撃の腕前は化け物な真言使い初心者である兄貴にはキツすぎる。
 「砂歌さんの方にはアンチオラトリアはいないのね」
 「流石に琥珀兄ちゃんでもヤバいやつとアンチ四人は辛すぎる」
 犀や恋も顔を顰め始め、行くべきじゃないかと立ち上がる
 「多分、わたしたち出る幕ないだろうね」
 「は、マジか?」
 「兄貴そこまでできるか?」
 一方砂歌さんは五人の相手をしながらも兄貴がいる森の方を時々向いていた。
 ──ギチッ
 砂歌さんとアンチテノーリディアの剣が交わり、華奢な体格ながら膂力で跳ね返した。そのとき、氷で出来たレイピアがアンチテノーリディアの腹を貫いた。
 「が、あっ・・・」
 さすがの痛みにアンチ側も目を見開き、血を吐き出した。しかも、砂歌さんはレイピアを容赦なく抜いた。男の腹から大量の血液が噴き出した。砂歌さん、エグくはないでしょうか。
 「アンチオラトリア・・・アンチ十人分の力か・・・」
 ・・・マジかよ
 俺はそれを聞いて呆然とした。今兄貴は十四人分の相手をしていることになる。この中でも断トツ強い砂歌さんよりも多い数だ。
 そして嫌な状況に陥っている兄貴は、どこに敵がいるかを察知できるよう、琥珀の効果を使うコツを掴んだようで飛んでくる真言を尽く真言で防ぎ、時に撃ち抜いた。木と土さえあれば兄貴にとってそこは有利に働く。
 「ん、砂歌さま?」
 『君のところにいるアンチオラトリアは、アンチ十人分の強さだ。わたしが九人請け負い、君がアンチオラトリアを請け負う。それとも逆か。どちらを選ぶ?』
 砂歌さんからの選択肢。アンチ九人分を砂歌さんが請け負うのは、真言がある限りなんら問題はないはずだ。アンチオラトリアを請け負うのも問題は無い。しかし、兄貴はそもそもアンチオラトリアどころかアンチソプラディアの浄化補助しかしていなかったはず。その兄貴にいきなりオラトリアを倒すかどうかを尋ねている。
 「・・・九人は任せます」
 『了解だ』
 兄貴は、砂歌さんの応答を聴くなりアンチオラトリア以外のアンチの腹に地面から出した石柱を突き、砂歌さんの元まで突き出した。
 「あんな遠くからよくここまでアンチを押し出したな・・・君なら・・・ヴェーダと並べるかもしれない」
 ・・・マジか!?
 黎と暁が砂歌さんの言葉に目を見開いた。ヴェーダさんはオラトリアだ。その中でも上の方。しかしそれは、オラトリアになれる可能性があるということでもある。
 「ゴールド?」
 「琥珀は、琥珀兄さんの想いに共鳴してるいるのさ」
 黎曰く、兄貴の琥珀のピアスは強い想いにより大きな効果を生んでいるという
 砂歌さんは、どこか嬉しそうに微笑みながら兄貴が押し出して来たアンチたちを見ていた。その時、アンチの一人が起き上がり森の方へ駆け出した。もちろんそれは砂歌さんが氷で阻止した
 「離せよ!」
 「なんだお前は」
 「俺は兄貴の方に行く!」
 「・・・」
 砂歌さんはそのアンチの顔をじっと見ていた。驚愕したような目をしていた。
 「行けばいい」
 「え?」
 砂歌さんの言葉に愕然としたのは俺たちだけではなかった。簡単に行けと言われたオラトリアの弟もだ
 「わたしも・・・兄を置いて逃げたことを後悔していた・・・」
 「お前・・・なんで逃げたんだ?」
 「逃がされた。一緒に戦いたいと思っていても、兄はそれを許してくれない」
 誘拐された挙句、自分を逃がした兄が死ぬという経験をした砂歌さんは、その弟の気持ちが手に取るようにわかるのだ。兄と一緒に戦う。しかしそれは叶わず、その上王にならざるを得なかった。
 「でも・・・後悔したら、兄様のしたことを否定することになるから・・・やめた」
 「お前の兄は・・・」
 「殺された。アンチによってな」
 「・・・」
 オラトリアの兄を持つアンチアルトディアは、アンチに兄を殺された過去を持つ砂歌さんを同情するような目で見つめた。
 「行っていいぞ。あちらも来るだろうから。弟ではないがな」
 「・・・情け、感謝する」
 砂歌さんは、オラトリアの弟に背を向けると、真正面のアンチたちを見据えた。八人のアンチも砂歌さんにとっては敵ではないだろう。

 そして、既にアンチオラトリアと交戦中の兄貴は
 「おっと・・・」
 巨大な棍棒を素早く振り下ろすオラトリアの隙を的確に狙撃する。どうしてもお留守になるはずの懐にも隙はないから、兄貴は無茶な体勢で脇腹を狙う。しかし相手はオラトリア。掠める程度しか当たらない。
 「っ・・・あのガキ・・・」
 躱したとしても別の弾が逃げ場を塞いでくる。アンチオラトリアの体に裂傷が作られていく。兄貴にとっては1段階以上上のはずの男を相手に狙撃だけで対抗する。劣勢であることに変わりはないが、未だに無傷のままで戦えている。
 「こりゃすげぇ」
 「うん・・・すごいどころじゃない」
 「頭脳って大事なのね」
 頭が良い上に強い。頭の良さは戦う上で必要であり、時に自分よりも格上の相手とでも対等にやり合える。それを体現していると黎は言った。
 『強いけど、動きは単純だな』
 兄貴の心の声である。次にどこに逃げるかの法則を立てているのだ。兄貴に踊らされているのだ。オラトリアが。
 「はぁっ!」
 「っ!」
 先程と同じ攻撃をするアンチに、兄貴が撃とうとすると、振り下ろすのではなく横薙ぎにしたのだ。回転運動により勢いが増し、兄貴は後退しながらの体勢で撃つしかなかった。さらに回転運動の勢いを利用して迫る。
 ──バチッ
 「かはっ・・・」
 兄貴の腹を闇と雷が融合したものが貫いた。穴が空く訳では無いが、そのダメージは尋常ではないはずだ。勢いよく後ろに吹き飛ばされ、ボールのように身体が地面に打ち付けられる。しかし六回目に地面に叩きつけられる前に手を付き、軽い身のこなしで着地した。しかし、着地すると同時にしゃがむ
 「痛っ・・・何だこれ・・・っ」
 ──パンッ
 背後から気配を感じ、兄貴は咄嗟に引き金を引いた。アンチオラトリアの肩に上手いこと命中した。アンチオラトリアは肩に裂傷を入れられ一瞬庇っているうちに、兄貴は土で作られた岩のような固さの壁で目の前を覆った。アンチの眼前を塞いでいる間に琥珀の効果加速で瞬時にアンチから離れた。
 「ゴホッゴホッ・・・かはっ・・・生きてるうちに吐血する日が来るとは。それにしても・・・」
 兄貴は不敵な笑みを浮かべているアンチオラトリアからさらに距離を取りながら考えていた。
 「全ての真言に闇がついてくるんだな。アンチって。道理で黎ちゃんのダメージが大きくなるわけだ。砂歌さまは・・・まず当たらないか」
 砂歌さんに当たった時のダメージの大きさを考えたところ、そもそも当たらないためダメージも何も無いという結論に至ったようだ。
 ──ピカッ
 「は?」
 兄貴は頭上が妖しく光った途端一瞬唖然とし、すぐにその場から離れた。
 ──バリバリッ
 広範囲の落雷で、木が焦げた。
 「ぐっ、あああぁぁっっ・・・!」
 「兄貴!!」
 「琥珀兄ちゃん!」
 競り上がるような兄貴の悲鳴に、俺たちは聞こえないのに思わず叫んだ。兄貴が地面に降り立った途端感電によって兄貴の全身を貫いた。
 「痛いなぁ・・・」
 「おいおい、生きてんのか・・・」
 「鮎じゃないから焦がしても美味しくないよ・・・」
 兄貴の声はアンチの背後からだった。そして銃口がアンチへ向けられ引き金に手をかけた。アンチが躱そうとしたときにはもう遅く、泥に足を取られていた。
 「何故だ!?」
 「僕、土使いなんだ」
 「単なる、相性の問題・・・だと?」
 「それから、感電した僕は土人形だよ。四分の一僕の力を吹き込んだおかげで影響は受けるけどね」
 他の真言使いが分身を作ったとしても、確実に大ダメージだ。四分の一のダメージを受ける兄貴であれだけの絶叫。全て受ければどうなるかは想像しなくてもわかる。人形は血液と力とそれぞれの真言を媒介として作られる。雷の男に対して兄貴が土でなければダメージはさらに大きかったはずだ。
 しかし、そのとき
 ──ザシュッ
 「がっ・・・あ・・・」
 兄貴の背を何かが裂いた。それも兄貴は背後に向かって撃った。しかし痛みに顔を顰める。人形を次々と作ることは出来ないのだ。
 「ドーマ!」
 「砂歌さまが逃がしたのか?」
 『すまない、そちらのオラトリアの弟だと言うので・・・』
 兄貴は小さく目を見張る。砂歌さんの過去を知っているため、兄貴は何も言えなかった
 「もう、砂歌さまはしょうがないなあ」
 『アンチ一人増えても変わらないか』
 十人分のオラトリアに一人アンチが加わっても大して変わらないと兄貴はしょうがないで済ませた。砂歌さんだからしょうがないも含まれているとはいえ
 「それにしても・・・正面から攻撃しまくりだけど・・・」
 狙撃手なだけあり、色々な意味で目が良い兄貴は真言も武器も尽く躱す。しかし
 「うおっ・・・と」
 躱したところでドーマの兄の棍棒が兄貴を掠めた。棍棒は流石に危ない。兄貴は二人から距離を取った。背の痛みは噛み殺し、兄貴は躱すことに特化する。
 「ドーマ、お前じゃ勝てねぇよ!」
 「うるせぇっ!だぁっ!」
 「そんなんじゃ当たんないって・・・十中八九でも狙ってるの?」
 正面から単純な動きで攻撃を仕掛けるドーマに、兄貴は若干呆れを滲ませて躱す
 「アンチ界の焔って呼ばせてもらうよ」
 ・・・どういう意味だよ
 兄貴の発言に俺が眉を顰めるも、周りが頷いた。黎以外だ。
 「お前も弟がいるのか」
 「いるよ。真正面から突っ込むバカ」
 「何度言っても真正面から行くよなぁ。バカは」
 「「なんで息ぴったりなんだ!?」」
 俺とドーマの声が重なったことについて。兄貴ばっかり苦労しているかのような言い草だ
 「っ・・・兄弟ってのがまたキツい」
 兄貴は痛みはやり過ごし攻撃を受けないように躱し続ける
 「カマイタチ!」
 「ぐぅっ!」
 鋭い鎌を持つ獣のように見える風が兄貴の腕や脇腹に裂傷を付けた
 「カマイタチは出血しないはずなんだけどなぁ・・・」
 「何言ってやがる!独り言を言っている暇はないぞ」
 カマイタチからただの鎌みたいな風を発生させ、兄貴を切り付けようとする。そのとき
 ──パンッ
 「がぁっ!」
 兄貴は、小さな間隙を突いて弟の太ももに弾丸を貫通させた。ドーマの顔が痛みで歪む
 「大誠全然すぐじゃないな!」
 確かにすぐに行くと言っていた大誠さんが全然来ない
 「まだ風出すか」
 ──パンパンッ
 二発弟に向けて放たれた。ドーマが逃げる先には銃弾がすり抜けた。兄貴もなかなかだ。すり抜けた銃弾を一瞬目で追っている隙にドーマに迫った。
 しかし
 「が、はぁっ」
 息が詰まったような声を出したのはドーマではなく兄貴だった。棍棒が兄貴の腹に直撃したのだ。衝撃が背にまで伝ったのか、兄貴を貫いたように見えた。
 「ああぁっっ」
 かなりの勢いのまま何本か薙ぎ倒し、爆発したような砂煙をあげた。煙が消えた頃、兄貴が拓けた場所に転がっていた
 「兄貴!!」
 「大丈夫なの?」
 流石に相手はオラトリアだ。兄貴が完全に劣勢だ。
 ドーマの兄が飛びながら兄貴の所に来る。踏み潰す気だ。しかし 
 「なにっ!?」
 「くっ・・・はぁっ、はぁっ・・・」
 仰向けになった兄貴がライフルではなく拳銃で足を撃ち抜いた。兄貴は転がりながら落ちてきたアンチオラトリアの攻撃を躱した。当たっていればおそらく戦闘不能になっていただろう、と暁が言った。単純に体格が違いすぎるのだ。真言使いが受け止められるだけの重さを超えるのだという。裂かれた背中を何本もの木を薙ぎ倒しながら叩き付けられ、ダメージは計り知れない。タフな兄貴が起き上がらない
 「こ、れは・・・」
 目が血走ったドーマが旋風に乗って飛んできた。そのまま兄貴に迫った。そのとき
 ──ズバッ
 「・・・!」
 旋風を切り裂いた者がいた。兄貴が切り裂かれることは無かった。
 「お、そい・・・よ」
 「悪ぃな」
 いたのは大誠さんだった。鎌を担いで、兄貴の前に立ち塞がっていた。兄貴はなんとかうつ伏せになり、地面に手をついた。
 「初参戦で相手これかよ」
 「ははっ・・・同情するよ・・・」
 兄貴は、ふらつきながら立膝を付く。震える膝を叱咤するように太ももを叩き、倒れそうになりながら立ち上がった
 「無茶すんなよ・・・思ってるよりヤベぇぞ、怪我」
 「知ってる・・・」
 兄貴と大誠さんが顔を上げると、ドーマがいなかった。大誠さんは兄の方を見、兄貴はドーマを探した。
 「こっちだよ」
 「っ、ぐぅっあっ」
 「琥珀!」
 風の塊のようなものが兄貴に打撃を与えた。大誠さんが兄貴を伏せさせるなり鎌を横振りにし空を切り裂いた。風の塊を全て斬ったのだ。
 「マジお前・・・」
 「あぁ、ヤバいと思う・・・そろそろ出血で腕上がらなくなってる」
 「マジかよ・・・早く治療しねぇと」
 「完全にこれは病院行きだな」
 そのとき、ふわりと何故かこの場所にだけ粉雪が舞い降りた。美しい白い花びらのようなそれは、兄貴の小さな傷を閉じた。
 「こ、れは・・・」
 「光と氷の融合真言だ。この雪は闇以外の属性を持つ存在の小さな裂傷くらいは治す。背中と腕は・・・応急処置程度にしかならないが」
 「十分です」
 しかも、ドーマの風が凍て付いていた。その凍てつくような寒さも兄貴や大誠さんにとってはただただ癒しでしかないと黎は言う。

 「情けをかけておくのではなかった。すまない、琥珀」
 「いえ・・・僕もろくに相手を出来ず」
 「このアンチオラトリアは・・・幹部の一人だ」
 兄貴だけでなく俺たちも目を見開いた。世界中の声が聞こえる砂歌さんが言うのだ。間違いない。アンチオラトリア一人相手をするのも大変なのに、そこに弟を行かせてしまったのだ。砂歌さんは申し訳なさそうにしていた。
 「ほかのアンチは・・・どうした?」
 ドーマが愕然としたように尋ねた。もはや尋ねなくてもここにいる時点でわかる
 「穴に落としておいた」
 アンチを穴に落とした。ゴミ箱に捨てたと同じようなニュアンスに聞こえる。
 「ドーマ、お前も戻れ」
 「お前!!」
 「琥珀も大誠も兄を殺さぬだろうし、どうせアジトで合流するのだ。前でも後でも同じだろう?」
 ドーマを落とす発言をした砂歌さんに、兄が怒り棍棒を振り下ろした。しかし
 「武器が・・・」
 「兄者の武器が凍るだと・・・」
 兄者って、いつの時代だよこの二人は。しかしそれよりも武器が凍り付いたことにドーマもオラトリアも驚愕していた。
 「さてと・・・ドーマはこちらでやる」
 「了解しました」
 「健闘を祈る」
 砂歌さんはドーマを持ち上げ広場まで飛んで行った
 「あの人のどこにあんな力が」
 「確かに。で、怪我は?」
 「かなりマシだ。出血も止まってるし」
 「すげぇな」
 完治ではないため油断はできない。衝撃でまた出血することもある。今はできるだけ躱して様子を伺うしかない。鎌を渡されたのは最近のはずの大誠さんが完全に使いこなし、かなりの素早さでドーマの兄もといハーマを裂きにかかる。ハーマは少しだけ顔を焦りに変えて躱す。兄貴に撃たれているのだから当然だ。兄貴は、大誠さんの動きを確実に読みながら、ハーマの行く先を撃つ。狙いは完璧であるため、躱すではなく雷の真言で防ぐしかない。
 そのとき、大誠さんの鎌を避けたハーマは後方に退り上体を低くすると大誠さんを殴り叩き付けた
 「大誠!」
 「問題なし・・・って、後ろ!!」
 「余所見してるなよ」
 「っ!?」
 兄貴が振り向いた時には遅かった。
 雷を纏った棍棒が兄貴の身体を直撃した。兄貴の目がこれでもかと言うほど見開いた。激痛でもはや声さえ出なかった。
 ──ガッ
 「ぐ、うぅ・・・」
 兄貴の首をデカい手で絞めあげるなり持ち上げた。身長のこともあり爪先が浮いた。
 ──ギシギシッ
 「が、ああぁっ・・・」
 兄貴の首に指が食い込み、呻き声をあげる。普通に生きていたらまずこんな苦しみはない。
 しかし
 ──ザンッ
 「っ・・・」
 兄貴を絞めあげていた腕とは逆の腕が切り落とされ、ボトッという音が鳴った。数瞬空き、ハーマの絶叫が響き渡る。高架下と同じくらいの音量かと錯覚するほどだ。本当に獣の鳴き声だ
 さらに
 ──ドシュ
 「ぁ・・・」
 ハーマの腹をレイピアが貫き、そこを中心に凍り付いて行った。ハーマは腕が切り落とされた痛みと腹を襲う鋭利な痛みで兄貴の首を離した。
 ──ドサッ
 「琥珀!!」
 「ゴホッゴホッ・・・」
 兄貴が地面に叩きつけられる前に大誠さんが腕で受け止めた。その腕の中でカサついた咳をした。酸素と二酸化炭素が急速で行き来するのだ苦しくないはずがない
 「大誠、琥珀は?」
 「一応大丈夫・・・なのか・・・まぁ、生きてます」
 「そうか」
 砂歌さんは安堵と喜びと心配が綯い交ぜになったような表情をしていた。
 「しかし、オラトリア相手にここまでやったのだ。すぐにでもアンチテノーリディア戦単独許可をあげたいレベルだ」
 もともとソプラディアやアルトディアを相手させようと思っていたのだが、初戦からソプラディアとアルトディアは撃ち抜くは、テノーリディアを掌で踊らせるは、さらにはオラトリアを追い詰めるまで行った。黎や暁や砂歌さん、ヴェーダさんと同じような立場で参戦してもいいということになる。
 「すぐに海景に診せねばな」
 「俺、車運転できます」
 「あぁ、頼む」
 大誠さんが運転席に座り、兄貴と砂歌さんが後部座席に座る。大誠さんも俺たちも砂歌さんは助手席に乗ると思ったのだが、後部座席に座ったのだ。しかも、膝枕状態。普段なら天国と言って鼻血を出すレベルだ。状況が状況のため、暁も光紀も目を瞑った。むしろ寝かせろと言った。
 「行先って、お城でいいんですか?」
 「城の傍にある病院に向かってくれ。回復まで少し時間はかかるだろうが、まぁ・・・最低でも三日か」
 「いい病院みたいですね」
 「設備も医者の腕も一級品だ。安心しなさい」
 「えぇ、かなり安心です」
 黎が千里眼を遮断した。そのとき砂歌さんから念話が来た
 『琥珀が重傷なのでこれから病院に向かう。黎は分かるだろうから、すぐにでも来てくれ』
 「う、うん、わかった!」
 今知ったかのような声で黎は頷いた。もちろん俺たちも知ったような雰囲気を出した。俺たちは、黎が召喚したホルンに乗り、海景くんが院長をしている病院へ向かった



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