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34 始まる少女の冒険

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夜も更け、外を出歩く人の姿も見えなくなった
各家屋の明かりもその多くが消え
村の外周で野営している難民達の方向から
僅かに焚き火の明かりが散見される
静かに屋内照明用のランタンの日が揺らめく室内で
椅子に座るゼロスの影が揺らめく

ガチャ

そんな時、玄関の扉が静かに開いた

「なんじゃお主、休んでおらんかったのか、」

それはドミルだった、皆寝静まっている物と思ったのか
戸を開ける際も極力音を鳴らさぬ用配慮していた様だ

出かける際に持ち出した様々な工具の入った袋を抱え
その手は土・油等に酷く汚れている事から
先程までずっと何かの作業を行っていた事が伺える

「十分休ませて貰っている、助かる」

正しくはないかもしれないが嘘ではなかった
ゼロスなりに気を回しているつもりなのだろう

「ならいいんじゃが...」

道具を玄関の横に立てかけ、小さなテーブルを挟み
ゼロスと対面し椅子に腰掛けると
腰元から金属製のスキットルを取り出すと1口含む

呼気から僅かなアルコール反応を感知する
この時代の酒類だろう

「お前さんも1杯飲むかね?」

そのまま手にもった酒入れを差し出す

「結構だ、気持ちだけ頂こう」

「そうかい」

そう言うと再びもう1口呷る
ゆっくりとスキットルをテーブルに置くと
すぐ脇、階段下に置かれたパンパンに膨れ上がった
皮製の背嚢に目を向ける

「あの子は、あんたらと一緒に行くつもりなんじゃな」

階段の上、2階はには元々村で暮らしていた際
セルヴィが使っていた自室をそのままにしていた為
それが彼女の物であると見当した様である。

「そうらしい、貴方は反対か?」

「いや、反対はせんよ、あの子が自分で決めた事じゃ
 それに元々外の世界に送り出したのもワシじゃ」

「そうか」

しばし無言が続き場が静まる
二人の影が灯火に揺らめき、部屋に壁に躍る

「あの子は捨て子だったんじゃ
 今からもう十数年前、村の入り口に置き去りにさておった
 その後ワシや先代の村長が亡くなってからは
 ワシが親代わりの様なもんだったんじゃが、」

ドミルがゆっくりと語り始める

「恐らく紋無しだったからじゃろう...
 この様に皆、この時代の者には左手の甲に
 魔法の属性を示す紋様が入っておる」

そっと左手の甲を差し出してみせる
見ると確かにそこは何かも模様の刺青の様な物があった

「なぜ、属性が無いとだめなんだ?」

「属性無しの者は不吉の象徴として捉える者も多い
 昔から無属性の者は稀におったようじゃが
 その誰もがいつの間にか姿を消してしまうのだそうじゃ」

「消える?」

「確かな事は分からん、話には聞く以上他にもおるのじゃろうが
 実際ワシもあの子以外の、紋無しの者は見た事が無いのでのぅ」

「ふむ、」

「それについては迷信の様なものかもしれん
 じゃが魔法が一切使えぬ事は事実じゃ
 今の魔具社会において、それは一種の障害と言ってもよい
 子の未来に悲観したのかもしれんのぅ...」

再びゆっくりと1口酒を呷る

「どうかあの子を頼む
 こんな事を見ず知らずのあんた等に頼める義理ではないのは
 百も承知、親馬鹿なのも承知じゃ、どうか...」

ゆっくりとそのまま両手をテーブルに置き頭を下げる

「分かった、俺に出来る限りの事はしよう」

「すまない、世話をかけるのう
 礼という訳でもないが、これをもって行ってくれ」

そういうとドミルは金属音のするこぶし大の布袋と
1枚の封書を取り出してテーブルに置いた
布袋の中には薄い円状の金属体が無数に入っているのが分かる
どうやらこの時代の硬貨、貨幣であると思われる

「この封書は?」

「これはあの子が冒険者に登録する時必要になるじゃろう
 それまであんたに持っていてもらいたい
 大した額じゃないが、金はあって困る事はかなろう」

「了解した、助かる」

ゼロスが布袋と封書を取った手を掲げると
僅かにその周りの空間が歪み
何も無い空間へと吸い込まれるように掻き消えた

「っ、そりゃいったい...」

「圧縮空間に収納した、心配ない収納した物には
 一切物理的影響を与えていない」

再び手の平を上に向け、何も無い空間から取り出して見せる

「ほぅ、こりゃまるで本当に奇跡の様な魔法の様じゃな...
 エンシェントの技術力は想像もつかんわい」

関心しながらその動作を興味深く見つめる
彼らの存在その物の非常識さに大分慣れてきた様である

「さて、悪いが今日は休ませてもらうとしよう
 昨晩から連中が来てからずっと、働き詰めだったからのう
 老体には堪えるわい」

「ああ、そうしてくれ」

ゆっくり席を立ち、奥の部屋へと向かった

「おやすみ」

そういうとドミルは自室と思われる
部屋のドアをゆっくり閉めた

再び客間にはゼロス一人の影が淡く揺らめく
そしてそのままの姿勢で座ったまま
ゆっくり瞳を閉じた

ーーーーー

翌朝、日が昇ると、最初に起きて来たのはセルヴィだった
階段から降りてきた彼女と目が合う

「おはようございます、ってずっと座ってたんですか?
 ダメですよ、寝るならちゃんと横にならないと
 腰とか痛めちゃいますよ!」

「そうか」

「そうです!
 さて、簡単に何か作りますね
 ゼロスさんも食べますよね?」

「ああ、貰おう」

「はいっ」

嬉しそうに満面の笑みを浮かべると
彼女は台所だと思われる一角へと入っていった

程なくして食材の切削音や調理器具による
小気味よい音を立てながら
徐々に何とも食欲をそそる匂いが嗅覚に届く

そうする内にドミルも奥の部屋から姿を見せる

「おぉ、セルヴィの飯か、久しぶりじゃな」

「私がいなくなってからも
 ちゃんと朝昼晩食べてますかー?
 ドミルさんはすぐ抜いちゃうんですから」

厨房から声が届く

「いやぁすまんすまん、作業し始めると
 ついつい集中してしまってのう
 気ぃつけるわい」

ドミルが着席すると、数分もしない内に朝食の支度が整った
寝起きでも食べ易い、あっさりとした内容に纏められている

皆が食事を開始した頃、プロメが合流した
どうやら彼女の方の作業も、無事完了したようである

そして短くもあっと言う間に、少女の故郷での時間は過ぎ
少女の新たな、そして本当の旅が始まろうとしている

一同村外縁部に駐車していた
改修を施した馬車の前に集合する
外観上は特に変わった様子は見られない

他の難民は既に日の出と共に、逐次出発を開始したのか
既に姿がまばらとなり、残った者達も皆
野営を引き払い荷物をまとめ、いつでも出発出来る状態であった

「いよいよじゃな、セルヴィや
 お前を送り出すのはこれで二度目になるのう」

「はい!」

パンパンになった自分の胴回りより
2倍程はあろうかという背嚢を背負い
ドミルと旅立ち前の言葉を交わす
プロメとゼロスは二人を黙って見守る。

「じゃが...今回は前とは違うぞ?
 もう見習いとしてではない
 一人の冒険者として彼等と共に行くのじゃ」

「...はい」

「頑張りなさい」

そこには普段の険しい職人としての顔では無く
顔の皺を寄せ、優しく微笑む一人の祖父が居た

「はい、行ってきます!」

一瞬涙ぐむのを抑え、力強く頷き
荷台にパンパンの背嚢を詰め込み、乗り込んだ

「あの子を宜しく頼みますじゃ」

二人はゆっくりと頷き、馬車に乗り込む

必要は無いが、不自然にみられるのを防ぐ為
ゼロスが見張りも兼ねて運転席に座り
形だけ手綱状の動力魔具操縦桿を握る

そしてゆっくりと馬車は一路北へと進み始める
荷台の後ろからセルヴィがドミルに手を振る

ドミルは彼らの馬車が、地平線の向こうへ消えるまで
ただ黙って見つめ続けた

そうして一人の少女の本当の冒険が始まった
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