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二話
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六年前。
結愛が生まれた時、康史は高校生だった。
退院した美智子が、伊藤家――康史の母親の幸代に結愛をお披露目に行くと、康史がおくるみの中の結愛を覗いていた。
美智子が「抱っこしてあげて」と声を掛けると、康史は嬉しそうに結愛を抱き、頬を擦り寄せた。
それからというもの、康史は毎日のように結愛の様子を見に高岡家を訪れた。高岡家のアルバムの中の写真には、まるで兄妹のように、時には父娘のように結愛の横には必ず康史が写っていた。
そうして結愛が小学校に上がると、康史は登校の付き添いを買って出た。康史が通勤で駅に向かう途中に、結愛の小学校があるのだ。
康史に懐いていた結愛は、それをとても喜んだ。
翌朝、康史と結愛がいつもの道を歩いていると「そうそう」と言って康史が足を止めた。そしてスーツのポケットから小さい紙袋を取り出し、結愛に差し出した。
「何?」
「開けてごらん」
袋を開けた結愛の顔が、ぱあっと明るくなった。
「康ちゃんありがとう! ふたつも入ってるー!」
結愛は、袋から取り出した二本のピンクのクレパスを握りしめて目を輝かせていた。
そんな結愛は、思春期を迎えても相変わらず康史にベッタリで、母親の美智子も首を傾げる程だった。
中学生になった結愛は、その日も仕事帰りの康史をつかまえて勉強を見てもらっていた。
「結愛、康ちゃん仕事で疲れてるんだから、もう終わりにしなさい」
美智子はそう言ってから、「いつもごめんね」と康史に謝った。
「俺は構いませんよ」
康史の言葉を耳にすると、「ほらーぁ」と結愛はにんまりと笑った。
「結愛は小さい時から『康ちゃん康ちゃん』って、俺より康史ばかりに懐いてたからな」
言ってから、結愛の父――春樹は、ガハハハと豪快に笑って手招きした。
「康史、晩飯食べて行くんだろ? こっち座って一緒に飲もう。康史はうちの息子も同然だからなあ」
「いつもすみません」
康史がお決まりの言葉を口にした。
「私から幸代さんに電話しとくわ。まあうちで食べても、帰って食べても、今日は同じメニューよ。だって幸代さんと一緒に買い物に行って決めたもん」
今度は美智子がケラケラと笑った。
それから数日後、美智子が深刻な面持ちで結愛に言った。
「今日幸代さんから聞いたんだけど、康ちゃん転勤になるんだって」
「え……」
結愛は愕然として色を失った。
康史が来月から大阪に転勤で、期間は五年間と聞かされた。
康史が出発する日、結愛は朝から部屋に籠った。どうにもならないことはわかっていたが、抵抗せずにはいられなかったのだ。
「結愛、出てきなさい! そんなことしてたら、康ちゃんが出発できなくて困っちゃうでしょ!」
美智子と春樹が説得しているところへ、康史がやってきた。
「結愛、出ておいで。もう行っちゃうよ」
すると、ドアが勢いよく開いた。
「やだやだやだーー!! 康ちゃん行っちゃやだぁぁ!!」
泣きながら康史の胸に飛び込んだ結愛を目にした美智子と春樹は、「さすが康ちゃん」と声を揃えて言った。
「結愛? 大阪から東京なんか車であっという間だよ。何かあったらすぐ飛んできてやるよ」
康史は結愛の頭を撫でながら宥めるように言った。
「本当に?」
「うん。本当だよ」
聞いて安心した結愛は、「いってらっしゃい」としおらしい態度で康史を送り出した。
結愛が中学三年になる春のことだった。
結愛が生まれた時、康史は高校生だった。
退院した美智子が、伊藤家――康史の母親の幸代に結愛をお披露目に行くと、康史がおくるみの中の結愛を覗いていた。
美智子が「抱っこしてあげて」と声を掛けると、康史は嬉しそうに結愛を抱き、頬を擦り寄せた。
それからというもの、康史は毎日のように結愛の様子を見に高岡家を訪れた。高岡家のアルバムの中の写真には、まるで兄妹のように、時には父娘のように結愛の横には必ず康史が写っていた。
そうして結愛が小学校に上がると、康史は登校の付き添いを買って出た。康史が通勤で駅に向かう途中に、結愛の小学校があるのだ。
康史に懐いていた結愛は、それをとても喜んだ。
翌朝、康史と結愛がいつもの道を歩いていると「そうそう」と言って康史が足を止めた。そしてスーツのポケットから小さい紙袋を取り出し、結愛に差し出した。
「何?」
「開けてごらん」
袋を開けた結愛の顔が、ぱあっと明るくなった。
「康ちゃんありがとう! ふたつも入ってるー!」
結愛は、袋から取り出した二本のピンクのクレパスを握りしめて目を輝かせていた。
そんな結愛は、思春期を迎えても相変わらず康史にベッタリで、母親の美智子も首を傾げる程だった。
中学生になった結愛は、その日も仕事帰りの康史をつかまえて勉強を見てもらっていた。
「結愛、康ちゃん仕事で疲れてるんだから、もう終わりにしなさい」
美智子はそう言ってから、「いつもごめんね」と康史に謝った。
「俺は構いませんよ」
康史の言葉を耳にすると、「ほらーぁ」と結愛はにんまりと笑った。
「結愛は小さい時から『康ちゃん康ちゃん』って、俺より康史ばかりに懐いてたからな」
言ってから、結愛の父――春樹は、ガハハハと豪快に笑って手招きした。
「康史、晩飯食べて行くんだろ? こっち座って一緒に飲もう。康史はうちの息子も同然だからなあ」
「いつもすみません」
康史がお決まりの言葉を口にした。
「私から幸代さんに電話しとくわ。まあうちで食べても、帰って食べても、今日は同じメニューよ。だって幸代さんと一緒に買い物に行って決めたもん」
今度は美智子がケラケラと笑った。
それから数日後、美智子が深刻な面持ちで結愛に言った。
「今日幸代さんから聞いたんだけど、康ちゃん転勤になるんだって」
「え……」
結愛は愕然として色を失った。
康史が来月から大阪に転勤で、期間は五年間と聞かされた。
康史が出発する日、結愛は朝から部屋に籠った。どうにもならないことはわかっていたが、抵抗せずにはいられなかったのだ。
「結愛、出てきなさい! そんなことしてたら、康ちゃんが出発できなくて困っちゃうでしょ!」
美智子と春樹が説得しているところへ、康史がやってきた。
「結愛、出ておいで。もう行っちゃうよ」
すると、ドアが勢いよく開いた。
「やだやだやだーー!! 康ちゃん行っちゃやだぁぁ!!」
泣きながら康史の胸に飛び込んだ結愛を目にした美智子と春樹は、「さすが康ちゃん」と声を揃えて言った。
「結愛? 大阪から東京なんか車であっという間だよ。何かあったらすぐ飛んできてやるよ」
康史は結愛の頭を撫でながら宥めるように言った。
「本当に?」
「うん。本当だよ」
聞いて安心した結愛は、「いってらっしゃい」としおらしい態度で康史を送り出した。
結愛が中学三年になる春のことだった。
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