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十話
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翌日夕方、待ち合わせた最寄りのF駅で遠藤を待った。
改札を抜けて手を振るのは、いけてる方の遠藤だった。それは遠藤なりの配慮だと愛美は理解した。
そこから徒歩十分の愛美の家に向かう。遠藤は緊張しているというより、どちらかといえばワクワクしているように見えた。
「ただいま」
愛美が玄関を開けると、両親が出迎えた。
「初めまして、遠藤と言います。愛美さんとお付き合いさせていただいています」
遠藤はハキハキと挨拶した。
「わざわざ挨拶に来てくれるなんて嬉しいよ。ありがとうね」と笑顔で父が言うと、「僕もお会いできて嬉しいです」と遠藤は満面の笑みで返した。
「さあ、こんなとこじゃなんだから、中でゆっくり飯でも食いながら……」
そう言って遠藤を中へ促す父は、今まで目にしたことがない程に嬉しそうな顔をしていた。
テーブルには鍋の準備が整っていた。
愛美が母を手伝い鍋に具材を入れていく。
「遠藤さん、爽やかでお洒落だし、イケメンねえ」
母が遠藤と愛美を交互に見ながら言った。
「いえ……僕は全然そんなんじゃないんです。実は今日、朝からデパートに行ってきたんです。『マネキン買い』というのをしてきました。本当はお洒落にも疎くて無頓着で……」
遠藤が苦笑いしながら返す。
「そうなの?」
母がクスッと笑った。
「でも、愛美さんだけはそんな僕でもいいと言ってくれて……」
母が遠藤に微笑むと、父も目を細めていた。
「会社の面接の時に、初めて愛美さんを見かけたんです。僕は中途採用なんで愛美さんより年は二つ上なんですけど、同期なんです。みんな椅子に座って順番を待ってるのに、愛美さんは一人の女性と一緒に床を這うようにして長い間探し物をしてて……」
「ああ……」
思い出したように愛美が呟く。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
母に器を手渡された遠藤が言うと「ごめん。続き聞かせて」と母が返す。
「あ、それで……話を聞いていたら、どうやらもう一人の女性が大事なピアスを落としたとかで……それを愛美さんが一緒に探してあげてたみたいなんです。周りの人はみんな自分のことで必死で見向きもしなかったのに、愛美さん一人だけが。それで……しばらくしてから見付かったんです。『あった!』って大きな声がして。見ると、愛美さんが指で摘まんだそれを見つめて凄く嬉しそうな顔してたんです。まるで自分のことのように。それを見て、こんな人が傍にいてくれたら幸せだろうなって、その時思ったんです」
――全然知らなかったよ。そんな風に見てくれてたこと。
「まあ言ってる僕も、何も出来ずに見てるだけだったんですけど。僕の場合は、面接のことで頭がいっぱいと言うより、愛美さんに釘付けになっていただけなんですけどね」
遠藤は照れ笑いを見せながら続けた。
「それから三年もかかっちゃいましたけど、でも愛美さんが僕を選んでくれて、すごく幸せです」
昨日愛美に『内緒』と言って隠したことを、遠藤はこの場で堂々と口にした。
「やだあ、真剣な顔でそんな恥ずかしいことよく言えるね」
言いながら、やっぱり遠藤が好きだ、と愛美はしみじみ思った。
三年間――それは途轍もなく長い期間だ。一途に思い続けてくれていた遠藤のことを思うと愛しさと切なさが込み上げてきて、今すぐに抱きしめたいという衝動に駆られた。
愛美は見えないように、テーブルの下で遠藤の手を掴まえた。
「あの時の女の子ね、博子ちゃんだよ」
愛美が言う。
「ええ!? そうだったんだ!」
「で、博子ちゃんが探してた大事なピアスをプレゼントしたのは、旦那さんだったんだよ。旦那さんね、学生時代から博子ちゃんのこと大好きだったんだって。今でも溺愛されてるよ」
愛美が笑顔で話すと、遠藤は『俺もだよ』と言わんばかりに、握っていた愛美の手を更に強く握り返してきた。
改札を抜けて手を振るのは、いけてる方の遠藤だった。それは遠藤なりの配慮だと愛美は理解した。
そこから徒歩十分の愛美の家に向かう。遠藤は緊張しているというより、どちらかといえばワクワクしているように見えた。
「ただいま」
愛美が玄関を開けると、両親が出迎えた。
「初めまして、遠藤と言います。愛美さんとお付き合いさせていただいています」
遠藤はハキハキと挨拶した。
「わざわざ挨拶に来てくれるなんて嬉しいよ。ありがとうね」と笑顔で父が言うと、「僕もお会いできて嬉しいです」と遠藤は満面の笑みで返した。
「さあ、こんなとこじゃなんだから、中でゆっくり飯でも食いながら……」
そう言って遠藤を中へ促す父は、今まで目にしたことがない程に嬉しそうな顔をしていた。
テーブルには鍋の準備が整っていた。
愛美が母を手伝い鍋に具材を入れていく。
「遠藤さん、爽やかでお洒落だし、イケメンねえ」
母が遠藤と愛美を交互に見ながら言った。
「いえ……僕は全然そんなんじゃないんです。実は今日、朝からデパートに行ってきたんです。『マネキン買い』というのをしてきました。本当はお洒落にも疎くて無頓着で……」
遠藤が苦笑いしながら返す。
「そうなの?」
母がクスッと笑った。
「でも、愛美さんだけはそんな僕でもいいと言ってくれて……」
母が遠藤に微笑むと、父も目を細めていた。
「会社の面接の時に、初めて愛美さんを見かけたんです。僕は中途採用なんで愛美さんより年は二つ上なんですけど、同期なんです。みんな椅子に座って順番を待ってるのに、愛美さんは一人の女性と一緒に床を這うようにして長い間探し物をしてて……」
「ああ……」
思い出したように愛美が呟く。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
母に器を手渡された遠藤が言うと「ごめん。続き聞かせて」と母が返す。
「あ、それで……話を聞いていたら、どうやらもう一人の女性が大事なピアスを落としたとかで……それを愛美さんが一緒に探してあげてたみたいなんです。周りの人はみんな自分のことで必死で見向きもしなかったのに、愛美さん一人だけが。それで……しばらくしてから見付かったんです。『あった!』って大きな声がして。見ると、愛美さんが指で摘まんだそれを見つめて凄く嬉しそうな顔してたんです。まるで自分のことのように。それを見て、こんな人が傍にいてくれたら幸せだろうなって、その時思ったんです」
――全然知らなかったよ。そんな風に見てくれてたこと。
「まあ言ってる僕も、何も出来ずに見てるだけだったんですけど。僕の場合は、面接のことで頭がいっぱいと言うより、愛美さんに釘付けになっていただけなんですけどね」
遠藤は照れ笑いを見せながら続けた。
「それから三年もかかっちゃいましたけど、でも愛美さんが僕を選んでくれて、すごく幸せです」
昨日愛美に『内緒』と言って隠したことを、遠藤はこの場で堂々と口にした。
「やだあ、真剣な顔でそんな恥ずかしいことよく言えるね」
言いながら、やっぱり遠藤が好きだ、と愛美はしみじみ思った。
三年間――それは途轍もなく長い期間だ。一途に思い続けてくれていた遠藤のことを思うと愛しさと切なさが込み上げてきて、今すぐに抱きしめたいという衝動に駆られた。
愛美は見えないように、テーブルの下で遠藤の手を掴まえた。
「あの時の女の子ね、博子ちゃんだよ」
愛美が言う。
「ええ!? そうだったんだ!」
「で、博子ちゃんが探してた大事なピアスをプレゼントしたのは、旦那さんだったんだよ。旦那さんね、学生時代から博子ちゃんのこと大好きだったんだって。今でも溺愛されてるよ」
愛美が笑顔で話すと、遠藤は『俺もだよ』と言わんばかりに、握っていた愛美の手を更に強く握り返してきた。
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