9 / 12
九話
しおりを挟む
ホテルの部屋に入った途端、遠藤は箍が外れたように愛美にキスを浴びせた。
お預けを食っていた愛美も限界で、遠藤の首に腕を絡めて「もっと」とせがんだ。
「ヤバイ……愛美ちゃんそんなこと言うんだ」と遠藤が吐息と共に漏らし、更にキスが激しくなる。
しばらくすると遠藤がゆっくりと体を離した。遠藤が少し屈んだ瞬間、愛美の身体が宙に浮く。遠藤は愛美を軽々と抱き上げてベッドに運んだ。
「待って……シャワー浴びてから」
愛美が言うと、遠藤ははにかんで頷いた。
先にシャワーを済ませた遠藤の横に、お揃いのバスローブを着た愛美が腰を下ろすと、遠藤がそわそわし始めた。緊張しているのか、と思っていると、遠藤の口からまさかのひと言が飛び出した。
「バスローブの下ってさあ……パンツ履くもん?」
「え、やだー。普通そんなこと聞く? そんなの自分で考えてくださいよ! ムードぶち壊し……」
愛美は呆れたような顔を見せた。
「ごめん。俺、こういうとこ来ないし、バスローブなんて……」
口籠って遠藤は俯いた。
本当は遠藤のそんな所も好きで好きで堪らなかった。
シャワーを浴びた後、履くのか履かないのか、そんなことを遠藤が悩んでいたのかと思うと、愛おしくて仕方がなかった。
愛美は遠藤にすり寄り、顔を覗き込んで言った。
「そんなの、見ればわかりますよ」
遠藤は顔を上げて愛美を見つめた。
愛美がバスローブの胸元を少し開くと、遠藤がちらっと目を遣り頬を赤らめた。
「あ、そういうこと……」
けれども、その後の遠藤は愛美の想像を遥かに超えて、いろんな意味で『男』だった。
バスローブの下に隠されていた筋肉質で引き締まった身体と濡れた髪からは、色気が溢れ出していた。
「眼鏡ないからよく見えない。ちゃんとこっち見て」
遠藤の低音ボイスが、ここにきて本領を発揮した。
愛美の身体が熱くなる。
手慣れた感じはないのに、愛美の顔色を窺いながら探り探りなところが逆によく、遠藤の表情からは余裕さえ感じられた。そしてたっぷり時間をかけて甘やかされた愛美は完全に骨抜きにされた。
徐々に表情に余裕がなくなってきた遠藤は、吐息混じりに一度だけ「愛美」と呼んだことを覚えているのだろうか。
「愛美ちゃん可愛すぎ……」
愛美は髪を撫でられ、遠藤の腕の中で余韻に浸っていた。
「遠藤さん?」
「ん? てか愛美ちゃん、もう『遠藤さん』はやめてほしいかな。あと、敬語も」
「じゃあ……雅史だから、まー君?」
「何でもいいよ」
「いや、まー君って顔じゃないよね……」
「うわ、酷っ!」
「……冗談だよ! まー君?」
「ん?」
「うちの両親に紹介したいんだけど……」
愛美が遠慮がちに言った。
「え!? 愛美ちゃんのご両親に会わせてもらえるの? マジ!? すげぇ嬉しい!」
遠藤は身体を起こした。
「本当? 良かった……」
普通なら躊躇いの表情を見せそうなものなのに、遠藤の笑顔の即答に、愛美のほうが嬉しくなった。
「いつ?」
遠藤の言葉に愛美が躊躇した。そこまで考えて口にしたことではなかったのだ。
「え? ああ、それは遠藤さんの都合のいい時で」
「……じゃあ明日は?」
「え!? あ、明日ですか?」
「気が早い?」
「いえ……遠藤さんが良ければ私は全然構いませ――」
「愛美ちゃん、敬語やめてって。『遠藤さん』も」
「……うん」
シーツにくるまったまま愛美も身体を起こした。
「ねえ、まー君はいつから私のこと、そんなふうに思ってくれてたの? 食堂で会った時?」
「違うよ。もうちょっと前」
「『もうちょっと』ってどれくらい?」
「……それは内緒」
「えーーっ! 何それー」
「あ……俺、明日はどっちで行けばいい?」
遠藤ははぐらかすように話題を変えた。
「どっちって……?」
「愛美ちゃんが好きになってくれた俺か、いけてる方の俺」
言ってから遠藤は俯いて照れていた。
「どっちでもいいよ。まー君に任せる」
言ってから、愛美は遠藤の胸に顔を埋めた。
「じゃあ支度して出ようか」
「え……お泊まりじゃないの?」
愛美が唇を尖らせると、
「当たり前だろ。ご両親に挨拶に行く前日にそれは出来ない」
と言い返されてしまった。
遠藤らしいと思った。
大通りに出て遠藤がタクシーを拾った。
ドアが開くと「ちゃんと家の前に着けてもらうんだよ。着いたら必ず連絡して」と素早く言った。遠藤は愛美が頭をぶつけないように愛美の頭に手を添えて、車内へと送り込んでから、運転手に一万円札を手渡すと「お願いします」と言った。
さすがにこの場でキスが出来ないことはわかっていたが、別れが切なくて胸がキュンと鳴く。
愛美の寂しげな表情に気付いたのか、遠藤はドアが閉まる間際に愛美の頭を優しく撫でた。
お預けを食っていた愛美も限界で、遠藤の首に腕を絡めて「もっと」とせがんだ。
「ヤバイ……愛美ちゃんそんなこと言うんだ」と遠藤が吐息と共に漏らし、更にキスが激しくなる。
しばらくすると遠藤がゆっくりと体を離した。遠藤が少し屈んだ瞬間、愛美の身体が宙に浮く。遠藤は愛美を軽々と抱き上げてベッドに運んだ。
「待って……シャワー浴びてから」
愛美が言うと、遠藤ははにかんで頷いた。
先にシャワーを済ませた遠藤の横に、お揃いのバスローブを着た愛美が腰を下ろすと、遠藤がそわそわし始めた。緊張しているのか、と思っていると、遠藤の口からまさかのひと言が飛び出した。
「バスローブの下ってさあ……パンツ履くもん?」
「え、やだー。普通そんなこと聞く? そんなの自分で考えてくださいよ! ムードぶち壊し……」
愛美は呆れたような顔を見せた。
「ごめん。俺、こういうとこ来ないし、バスローブなんて……」
口籠って遠藤は俯いた。
本当は遠藤のそんな所も好きで好きで堪らなかった。
シャワーを浴びた後、履くのか履かないのか、そんなことを遠藤が悩んでいたのかと思うと、愛おしくて仕方がなかった。
愛美は遠藤にすり寄り、顔を覗き込んで言った。
「そんなの、見ればわかりますよ」
遠藤は顔を上げて愛美を見つめた。
愛美がバスローブの胸元を少し開くと、遠藤がちらっと目を遣り頬を赤らめた。
「あ、そういうこと……」
けれども、その後の遠藤は愛美の想像を遥かに超えて、いろんな意味で『男』だった。
バスローブの下に隠されていた筋肉質で引き締まった身体と濡れた髪からは、色気が溢れ出していた。
「眼鏡ないからよく見えない。ちゃんとこっち見て」
遠藤の低音ボイスが、ここにきて本領を発揮した。
愛美の身体が熱くなる。
手慣れた感じはないのに、愛美の顔色を窺いながら探り探りなところが逆によく、遠藤の表情からは余裕さえ感じられた。そしてたっぷり時間をかけて甘やかされた愛美は完全に骨抜きにされた。
徐々に表情に余裕がなくなってきた遠藤は、吐息混じりに一度だけ「愛美」と呼んだことを覚えているのだろうか。
「愛美ちゃん可愛すぎ……」
愛美は髪を撫でられ、遠藤の腕の中で余韻に浸っていた。
「遠藤さん?」
「ん? てか愛美ちゃん、もう『遠藤さん』はやめてほしいかな。あと、敬語も」
「じゃあ……雅史だから、まー君?」
「何でもいいよ」
「いや、まー君って顔じゃないよね……」
「うわ、酷っ!」
「……冗談だよ! まー君?」
「ん?」
「うちの両親に紹介したいんだけど……」
愛美が遠慮がちに言った。
「え!? 愛美ちゃんのご両親に会わせてもらえるの? マジ!? すげぇ嬉しい!」
遠藤は身体を起こした。
「本当? 良かった……」
普通なら躊躇いの表情を見せそうなものなのに、遠藤の笑顔の即答に、愛美のほうが嬉しくなった。
「いつ?」
遠藤の言葉に愛美が躊躇した。そこまで考えて口にしたことではなかったのだ。
「え? ああ、それは遠藤さんの都合のいい時で」
「……じゃあ明日は?」
「え!? あ、明日ですか?」
「気が早い?」
「いえ……遠藤さんが良ければ私は全然構いませ――」
「愛美ちゃん、敬語やめてって。『遠藤さん』も」
「……うん」
シーツにくるまったまま愛美も身体を起こした。
「ねえ、まー君はいつから私のこと、そんなふうに思ってくれてたの? 食堂で会った時?」
「違うよ。もうちょっと前」
「『もうちょっと』ってどれくらい?」
「……それは内緒」
「えーーっ! 何それー」
「あ……俺、明日はどっちで行けばいい?」
遠藤ははぐらかすように話題を変えた。
「どっちって……?」
「愛美ちゃんが好きになってくれた俺か、いけてる方の俺」
言ってから遠藤は俯いて照れていた。
「どっちでもいいよ。まー君に任せる」
言ってから、愛美は遠藤の胸に顔を埋めた。
「じゃあ支度して出ようか」
「え……お泊まりじゃないの?」
愛美が唇を尖らせると、
「当たり前だろ。ご両親に挨拶に行く前日にそれは出来ない」
と言い返されてしまった。
遠藤らしいと思った。
大通りに出て遠藤がタクシーを拾った。
ドアが開くと「ちゃんと家の前に着けてもらうんだよ。着いたら必ず連絡して」と素早く言った。遠藤は愛美が頭をぶつけないように愛美の頭に手を添えて、車内へと送り込んでから、運転手に一万円札を手渡すと「お願いします」と言った。
さすがにこの場でキスが出来ないことはわかっていたが、別れが切なくて胸がキュンと鳴く。
愛美の寂しげな表情に気付いたのか、遠藤はドアが閉まる間際に愛美の頭を優しく撫でた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
ナイショのお見合いは、甘くて危険な恋の駆け引き!
むらさ樹
恋愛
娘を嫁に出そうと、お見合い写真を送り続けている母
それに対し、心に決めた男性と同棲中の娘
「最後にこのお見合いをしてダメだったら、お母さんもう諦めるから」
「本当!?」
と、いう事情で
恋人には内緒でお見合いに応じた娘
相川 優
ところが、お見合い相手の男性はなんと年商3億の社長さん
「私の事なんて早く捨てちゃって下さい!」
「捨てるだなんて、まさか。
こんなかわいい子猫ちゃん、誰にもあげないよ」
彼の甘く優しい言動と、優への強引な愛に、
なかなか縁を切る事ができず…
ふたりの馴れ初めは、
“3億円の強盗犯と人質の私!?”(と、“その後のふたり♡”)
を、どうぞご覧ください(^^)
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~
泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳
売れないタレントのエリカのもとに
破格のギャラの依頼が……
ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて
ついた先は、巷で話題のニュースポット
サニーヒルズビレッジ!
そこでエリカを待ちうけていたのは
極上イケメン御曹司の副社長。
彼からの依頼はなんと『偽装恋人』!
そして、これから2カ月あまり
サニーヒルズレジデンスの彼の家で
ルームシェアをしてほしいというものだった!
一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい
とうとう苦しい胸の内を告げることに……
***
ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる
御曹司と売れないタレントの恋
はたして、その結末は⁉︎
強引な初彼と10年ぶりの再会
矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる