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九話

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ホテルの部屋に入った途端、遠藤は箍が外れたように愛美にキスを浴びせた。
お預けを食っていた愛美も限界で、遠藤の首に腕を絡めて「もっと」とせがんだ。
「ヤバイ……愛美ちゃんそんなこと言うんだ」と遠藤が吐息と共に漏らし、更にキスが激しくなる。
しばらくすると遠藤がゆっくりと体を離した。遠藤が少し屈んだ瞬間、愛美の身体が宙に浮く。遠藤は愛美を軽々と抱き上げてベッドに運んだ。

「待って……シャワー浴びてから」

愛美が言うと、遠藤ははにかんで頷いた。

先にシャワーを済ませた遠藤の横に、お揃いのバスローブを着た愛美が腰を下ろすと、遠藤がそわそわし始めた。緊張しているのか、と思っていると、遠藤の口からまさかのひと言が飛び出した。

「バスローブの下ってさあ……パンツ履くもん?」

「え、やだー。普通そんなこと聞く? そんなの自分で考えてくださいよ! ムードぶち壊し……」

愛美は呆れたような顔を見せた。

「ごめん。俺、こういうとこ来ないし、バスローブなんて……」

口籠って遠藤は俯いた。
本当は遠藤のそんな所も好きで好きで堪らなかった。
シャワーを浴びた後、履くのか履かないのか、そんなことを遠藤が悩んでいたのかと思うと、愛おしくて仕方がなかった。
愛美は遠藤にすり寄り、顔を覗き込んで言った。

「そんなの、見ればわかりますよ」

遠藤は顔を上げて愛美を見つめた。
愛美がバスローブの胸元を少し開くと、遠藤がちらっと目を遣り頬を赤らめた。

「あ、そういうこと……」

けれども、その後の遠藤は愛美の想像を遥かに超えて、いろんな意味で『男』だった。
バスローブの下に隠されていた筋肉質で引き締まった身体と濡れた髪からは、色気が溢れ出していた。

「眼鏡ないからよく見えない。ちゃんとこっち見て」

遠藤の低音ボイスが、ここにきて本領を発揮した。
愛美の身体が熱くなる。
手慣れた感じはないのに、愛美の顔色を窺いながら探り探りなところが逆によく、遠藤の表情からは余裕さえ感じられた。そしてたっぷり時間をかけて甘やかされた愛美は完全に骨抜きにされた。

徐々に表情に余裕がなくなってきた遠藤は、吐息混じりに一度だけ「愛美」と呼んだことを覚えているのだろうか。



「愛美ちゃん可愛すぎ……」

愛美は髪を撫でられ、遠藤の腕の中で余韻に浸っていた。

「遠藤さん?」

「ん? てか愛美ちゃん、もう『遠藤さん』はやめてほしいかな。あと、敬語も」

「じゃあ……雅史だから、まー君?」

「何でもいいよ」

「いや、まー君って顔じゃないよね……」

「うわ、酷っ!」

「……冗談だよ! まー君?」

「ん?」

「うちの両親に紹介したいんだけど……」

愛美が遠慮がちに言った。

「え!? 愛美ちゃんのご両親に会わせてもらえるの? マジ!? すげぇ嬉しい!」

遠藤は身体を起こした。

「本当? 良かった……」

普通なら躊躇いの表情を見せそうなものなのに、遠藤の笑顔の即答に、愛美のほうが嬉しくなった。

「いつ?」

遠藤の言葉に愛美が躊躇した。そこまで考えて口にしたことではなかったのだ。

「え? ああ、それは遠藤さんの都合のいい時で」

「……じゃあ明日は?」

「え!? あ、明日ですか?」

「気が早い?」

「いえ……遠藤さんが良ければ私は全然構いませ――」

「愛美ちゃん、敬語やめてって。『遠藤さん』も」

「……うん」

シーツにくるまったまま愛美も身体を起こした。

「ねえ、まー君はいつから私のこと、そんなふうに思ってくれてたの? 食堂で会った時?」 

「違うよ。もうちょっと前」

「『もうちょっと』ってどれくらい?」

「……それは内緒」

「えーーっ! 何それー」

「あ……俺、明日はどっちで行けばいい?」

遠藤ははぐらかすように話題を変えた。

「どっちって……?」

「愛美ちゃんが好きになってくれた俺か、いけてる方の俺」

言ってから遠藤は俯いて照れていた。

「どっちでもいいよ。まー君に任せる」

言ってから、愛美は遠藤の胸に顔を埋めた。


「じゃあ支度して出ようか」

「え……お泊まりじゃないの?」

愛美が唇を尖らせると、

「当たり前だろ。ご両親に挨拶に行く前日にそれは出来ない」

と言い返されてしまった。

遠藤らしいと思った。



大通りに出て遠藤がタクシーを拾った。
ドアが開くと「ちゃんと家の前に着けてもらうんだよ。着いたら必ず連絡して」と素早く言った。遠藤は愛美が頭をぶつけないように愛美の頭に手を添えて、車内へと送り込んでから、運転手に一万円札を手渡すと「お願いします」と言った。

さすがにこの場でキスが出来ないことはわかっていたが、別れが切なくて胸がキュンと鳴く。
愛美の寂しげな表情に気付いたのか、遠藤はドアが閉まる間際に愛美の頭を優しく撫でた。

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