上 下
7 / 12

七話

しおりを挟む
土曜日、遠藤を待ちたくて約束の時間より三十分以上も早くF駅着いた愛美だったが、既に遠藤の姿があった。

「ごめんなさい! 待たせてしまって」

小走りで遠藤に駆け寄る。

「約束の時間はまだまだ先だよ。俺が早く来すぎただけなんだ」

そう言う遠藤に、いつから待っていたのかと尋ねると、遠藤は少し気まずそうに「四時頃かな」と言った。

「えー! じゃあ待ち合わせ四時にしたら良かったですね」

「いや、そうしたら結局三時に着くだけだよ」

そう言われ、愛美はクスッと笑う。恐らく自分もまた三十分以上前に来ると思ったからだ。

今日の遠藤は昨日よりも少しフォーマル度高めの、やはりきれいめカジュアルな服装で、髪型もビシッと決まっていた。
そして、眼鏡は掛けていなかった。

「愛美ちゃん、今日のワンピース可愛いね。凄く似合ってるよ」

「遠藤さんも素敵ですよ。そのシャツ凄く似合ってます」

言ってから少しの間視線を合わせた後、堪えきれずに吹き出したのは、やはり愛美だ。

「何ですかこの会話ー。バカップルみたいじゃないですか」

「今日はちゃんと感想言ってくれたね。俺、すげえ頑張ったんだよ。覚えたての『きれいめカジュアル』で検索して、自分で上と下の服を何着か選んで買ったんだ。来週あたりまた届くから、感想聞かせてね」

嬉しそうに子供のようなキラキラした目で話す遠藤に母性本能をくすぐられる。年上男性にそんな気持ちが湧いた自分に驚いた。

「また貝になっちゃったら困るので……」と茶化してから「今までで一番決まってますよ」と愛美は笑顔で言った。

予約時間までまだ少し早かったので、カフェで休憩することにした。
いつものように向かい合って座る。
会社の食堂のテーブルより少し縦幅が狭くて、遠藤との距離が近い。よく見ると、遠藤の髪の所々にヘアワックスが残っている。

「遠藤さん? ワックス残ってますよ」

愛美がテーブルに身を乗り出して手を伸ばすと、遠藤は目を丸くして固まった。
愛美は遠藤の毛束を摘まんで馴染ませていく。
伏し目がちになった遠藤をチラ見すると、長い睫毛が素早く上下している。

「これで大丈夫です」

「あ、ありがとう」

小一時間程カフェで過ごしてから、遠藤が予約してくれているレストランへ向かった。

到着したのは、如何にも高級そうな雰囲気のいい店で、愛美は緊張していた。

「何か緊張するよね。俺こんなとこ来たことないし」

愛美が感じていたことを、遠藤は率直に口にした。
それを聞いて愛美の気持ちは解れ、その後は気負わず二人で食事を楽しんだ。少しお酒が入ったせいか、遠藤との会話のぎこちなさがいつもよりいくらか和らいでいるようにも思えた。

しばらくすると、愛美の背後から聞き覚えのある声が近付いてきた。嫌な予感――。

「遠藤さん? あ、やっぱり!」

その声に振り向くと、やはり会社の女子社員だった。

「あ、曽根崎さんも一緒なんだー! じゃあみんなで一緒に食事しましょうよ。向こうに友達もいるんです」

と彼女は嬉しそうに言った。

「ああ……悪いけど、今日は曽根崎さんと約束して来たんだよね。彼女と二人がいいんだ」 

遠藤は躊躇なくきっぱりと断った。
それが嬉しくて不意に涙が溢れそうになり、愛美は慌てて化粧室に立った。
気持ちを落ち着かせてから席に戻ったが、遠藤に気付かれただろうか。

今まで遠藤に見向きもしなかった女子社員が執拗に遠藤に言い寄るようになってから、愛美は焦りを感じていたのだ。
こんなことなら冴えない遠藤のままで良かった――などと愛美の心におかしな感情まで湧いていた。
運ばれてきたデザートを食べながら、遠藤に気持ちを伝えようか、と悩んでいた。
愛美の席からは、幾つかテーブルを挟んで少し離れた席で、談笑しながら食事を楽しんでいる女子社員の姿が見え隠れしていた。そして時折彼女らがこちらに目を向ける様子も。

愛美の表情の曇りに気付いたのか、愛美がデザートを食べ終えると程なくして「出ようか」と急かすように遠藤が言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

【完結】白い結婚ですか? 喜んで!~推し(旦那様の外見)活に忙しいので、旦那様の中身には全く興味がありません!~

猫石
恋愛
「ラテスカ嬢。君には申し訳ないが、私は初恋の人が忘れられない。私が理不尽な要求をしていることはわかっているが、この気持ちに整理がつくまで白い結婚としてほしい。こちらが契約書だ」 「かしこまりました。クフィーダ様。一つだけお願いしてもよろしゅうございますか? 私、推し活がしたいんです! それは許してくださいますね。」 「え?」 「え?」 結婚式の夜。 これが私たち夫婦の最初の会話だった。 ⚠️注意書き⚠️ ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆ゆるっふわっ設定です。 ☆小説家のなろう様にも投稿しています ☆3話完結です。(3月9日0時、6時、12時に更新です。)

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

処理中です...