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54.後見人辞退
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朝議の場は厳粛な空気に包まれていた。
帝を中心に重臣たちが並び、静寂の中で議論が進められていく。そんな中、頭中将が口を開いた。
「主上、畏れながら申し上げます。伊勢守が、桐壺御息所さまの件でお話ししたきことがあると申しております」
「伊勢守が?」
「はい」
頭中将が促し、伊勢守が一歩前に進み出る。
彼の顔には明らかな緊張の色が浮かび、手は微かに震えていた。
「お、おかみに……おかれましては、ご、ご機嫌……う、麗しく……」
伊勢守の声はかすかに震え、目は泳いでいた。彼の緊張が伝わるのか、他の者たちもどこか不安気な面持ちになっている。
「して、何用か?」
帝は柔らかな声音で問いかける。
すると伊勢守は更に体を震わせ、更に言葉を探すように目を泳がせた。そして、一度大きく深呼吸をして言った。
「恐れながら……き、桐壺御息所さまのことに、つ、つきまして、こ、後見人を……じ、じ、辞退させていただきたく、存じます!」
静寂の中に伊勢守の声が響き渡り、重臣たちは驚きの表情を浮かべ、他の者たちも一様にギョッとして彼を見た。
しかし、帝は穏やかな表情を崩さない。
伊勢守の言葉には、何か見えない圧力が感じ取れた。
「そのようなことを申し出るとは、何か理由があるのか?」
「そ、それは……」
「はっきりと申せ」
伊勢守は一瞬ためらったが、再び口を開いた。
「……は……はい、このところ体調が優れず、床に伏せる日も増えております。……とても、御息所さまを後見人として、お支えするだけの気力がございません。ゆえに、こ、この度は……御息所さまの後見人を辞退させていただきたく……」
その言葉に、周囲は更にざわめいた。
顔色は悪いが、病人とは思えない。ふくよかな伊勢守の体型は健康そのものに見えたからだ。
しかし、帝の御前で伊勢守がそう申し出るということは、相当な覚悟があるのだろう。
帝は伊勢守をじっと見つめ、そして小さく頷きながら言った。
「分かった。そなたの申し出を受け入れよう」
「あ、ありがとうございます」
伊勢守は深々と頭を下げた。
「ただ、病で後見人を辞退するくらいだ。重い病なのだろう。万が一のこともある。今すぐ養生する方が良いだろう。国司の仕事もできないだろう。罷免を言い渡しておく」
「! 主上、それは!」
伊勢守は焦ったように顔を上げ、言いつのる。
「お、恐れながら申し上げます! 私は、し、仕事はで、できます。どうぞ、お気遣いな……い、いえ! お気遣いなく!」
「そのような体で務まるのか?」
「も……勿論でございます!長年国司の任を務め上げて参りました。私以上の勤めができる者は、他にいないかと!」
伊勢守は必死に訴えかけた。
そんな彼の姿を見て、重臣たちは困惑の表情を浮かべている。
伊勢守の言っていることはムチャクチャだ。
桐壺御息所の後見人は降りたいが、国司の仕事はしたい。
愚かなことだ。
「皆も聞いての通りだ。伊勢守は心身喪失の状態にあるようだ。よって、しばらくの間、謹慎を申し付ける。今後は病気療養に専念せよ」
伊勢守は言葉を失う。
こんな事態になるなど考えてもいなかったのだろう。
彼は二の句が継げず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「よいな、伊勢守」
「は……はい……」
伊勢守はがっくりと肩を落とした。
帝の御前で宣言した以上、もはや覆ることはない。
重臣たちも聞いているのだ。
今更、なかったことにはできない。
そもそも、桐壺御息所の異母兄ということで、大国・伊勢守の地位を賜った男だ。
伊勢守は深く頭を下げ、後ずさりしながらその場を退いた。
彼の背中には、重臣たちの視線が突き刺さっている。
それらの視線から逃れるように、伊勢守は足早にその場を立ち去った。
「後任については慎重に考えねばならぬな」
帝の呟きに、重臣たちは神妙な面持ちで頷いた。
翌日の朝議にて、伊勢守は正式に罷免された。
謹慎中、桐壺御息所の五条屋敷を訪ねたが、入ることは許されず、門前で騒ぎを起こして検非違使に取り押さえられ、そのまま投獄された。
実の兄でも帝の妃に対する不敬は許されない。
ましてや、自分から御息所の後見人を降りたのだ。
情状酌量の余地はなかった。
元伊勢守の家族は連座を恐れて都を離れた。
彼の屋敷は、彼の家族によって売り払われた。
元伊勢の守が牢から出されることはなかった。
異母兄とその家族の末路を、桐壺御息所が知ることはなかった。
帝を中心に重臣たちが並び、静寂の中で議論が進められていく。そんな中、頭中将が口を開いた。
「主上、畏れながら申し上げます。伊勢守が、桐壺御息所さまの件でお話ししたきことがあると申しております」
「伊勢守が?」
「はい」
頭中将が促し、伊勢守が一歩前に進み出る。
彼の顔には明らかな緊張の色が浮かび、手は微かに震えていた。
「お、おかみに……おかれましては、ご、ご機嫌……う、麗しく……」
伊勢守の声はかすかに震え、目は泳いでいた。彼の緊張が伝わるのか、他の者たちもどこか不安気な面持ちになっている。
「して、何用か?」
帝は柔らかな声音で問いかける。
すると伊勢守は更に体を震わせ、更に言葉を探すように目を泳がせた。そして、一度大きく深呼吸をして言った。
「恐れながら……き、桐壺御息所さまのことに、つ、つきまして、こ、後見人を……じ、じ、辞退させていただきたく、存じます!」
静寂の中に伊勢守の声が響き渡り、重臣たちは驚きの表情を浮かべ、他の者たちも一様にギョッとして彼を見た。
しかし、帝は穏やかな表情を崩さない。
伊勢守の言葉には、何か見えない圧力が感じ取れた。
「そのようなことを申し出るとは、何か理由があるのか?」
「そ、それは……」
「はっきりと申せ」
伊勢守は一瞬ためらったが、再び口を開いた。
「……は……はい、このところ体調が優れず、床に伏せる日も増えております。……とても、御息所さまを後見人として、お支えするだけの気力がございません。ゆえに、こ、この度は……御息所さまの後見人を辞退させていただきたく……」
その言葉に、周囲は更にざわめいた。
顔色は悪いが、病人とは思えない。ふくよかな伊勢守の体型は健康そのものに見えたからだ。
しかし、帝の御前で伊勢守がそう申し出るということは、相当な覚悟があるのだろう。
帝は伊勢守をじっと見つめ、そして小さく頷きながら言った。
「分かった。そなたの申し出を受け入れよう」
「あ、ありがとうございます」
伊勢守は深々と頭を下げた。
「ただ、病で後見人を辞退するくらいだ。重い病なのだろう。万が一のこともある。今すぐ養生する方が良いだろう。国司の仕事もできないだろう。罷免を言い渡しておく」
「! 主上、それは!」
伊勢守は焦ったように顔を上げ、言いつのる。
「お、恐れながら申し上げます! 私は、し、仕事はで、できます。どうぞ、お気遣いな……い、いえ! お気遣いなく!」
「そのような体で務まるのか?」
「も……勿論でございます!長年国司の任を務め上げて参りました。私以上の勤めができる者は、他にいないかと!」
伊勢守は必死に訴えかけた。
そんな彼の姿を見て、重臣たちは困惑の表情を浮かべている。
伊勢守の言っていることはムチャクチャだ。
桐壺御息所の後見人は降りたいが、国司の仕事はしたい。
愚かなことだ。
「皆も聞いての通りだ。伊勢守は心身喪失の状態にあるようだ。よって、しばらくの間、謹慎を申し付ける。今後は病気療養に専念せよ」
伊勢守は言葉を失う。
こんな事態になるなど考えてもいなかったのだろう。
彼は二の句が継げず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「よいな、伊勢守」
「は……はい……」
伊勢守はがっくりと肩を落とした。
帝の御前で宣言した以上、もはや覆ることはない。
重臣たちも聞いているのだ。
今更、なかったことにはできない。
そもそも、桐壺御息所の異母兄ということで、大国・伊勢守の地位を賜った男だ。
伊勢守は深く頭を下げ、後ずさりしながらその場を退いた。
彼の背中には、重臣たちの視線が突き刺さっている。
それらの視線から逃れるように、伊勢守は足早にその場を立ち去った。
「後任については慎重に考えねばならぬな」
帝の呟きに、重臣たちは神妙な面持ちで頷いた。
翌日の朝議にて、伊勢守は正式に罷免された。
謹慎中、桐壺御息所の五条屋敷を訪ねたが、入ることは許されず、門前で騒ぎを起こして検非違使に取り押さえられ、そのまま投獄された。
実の兄でも帝の妃に対する不敬は許されない。
ましてや、自分から御息所の後見人を降りたのだ。
情状酌量の余地はなかった。
元伊勢守の家族は連座を恐れて都を離れた。
彼の屋敷は、彼の家族によって売り払われた。
元伊勢の守が牢から出されることはなかった。
異母兄とその家族の末路を、桐壺御息所が知ることはなかった。
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