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27.乳母の条件 弐
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「お義兄さま、この条件に合う女人をどうやって探し出したの?そう簡単に見つかるとは思えないのだけれど?」
「早くから準備していたからな。家人から条件に合う女がいると報告があったのだ」
「準備……ね」
蓮子は、時次の言う準備が何か、すぐに察した。
報告したの家人は忍びの部隊だろう。
通称「影の者」。
右大臣家に代々仕える忍びの一族たち。
彼らの存在は右大臣家でも極一部の者しか知らない。
時次は受け取った報告を吟味し、条件に合う女人を選び出したのだ。
「その条件は、お義兄さまが考えたのかしら?」
「私だけではない。父上もだ」
「お義父さまも?意外ね。いえ、意外でもなんでもないわね」
「ああ、父上から御子の乳母の条件に見合う女人をなんとしても探しだせ言われたよ」
「ご愁傷様」
蓮子は、時次に同情した。
義父の命令には、従わざるを得ないだろう。
生まれてくる御子のため、というよりも母・茶仙局のためだろう。
義父の母に対する愛情は深い。
口には出さないが、時次も気付いている。
男宮であろうが、女宮であろうが、右大臣は喜ぶだろう。
これは帝の御子が一族から生まれたからではない。
母の血を引く孫が生まれる。その一点が重要なのだ。
だから、男であれ女であれ、無事に生まれてくるならば問題はないと思っているはずだ。
二人は顔を見合わせて、お互いに苦労するわね、と苦笑した。
「まぁ、いいさ。なんにせよ、条件に合う女人が見つかったのだからな」
(可哀想な小宰相。でも、これも天命だと思って諦めてちょうだい。大丈夫、給料は弾むわ)
蓮子は、心の中で合掌した。
更に時次の話しを聞くと、つまらない男に騙され捨てられた女は荒れ果てた家で、一人途方に暮れていたらしい。
身重の身では働くことも出来ず、かといって、妊娠を知って逃げた男に文句を言うことも出来ず。
両親を亡くして頼る縁者もいない。
身重の体で、行く当てもない。
途方に暮れていたところ、時次に声をかけられたのだそうだ。
時次としては面接で一応の人となりを見極めたうえで雇用したいと考え、お宅訪問しただけである。
「お困りのようだが」と声をかけられて、女は藁にも縋る思いで事情を説明したらしい。
そして、その時の、時次の感想は、「これはいい。実に都合が良い」だったそうだ。
報告書を読んで知ってはいたが、実際に本人から聞くと、倍に酷い話しだった。
普通の感性の持ち主なら彼女の境遇を哀れに思うだろうが、時次は違った。
「よくある話しを、よくもまぁ大げさに語ったものだ」と、興ざめになったそうだ。
男に騙され貢がされた女の成れの果て。
だがこれは使える、と思った。
そして、時次は女にこう言ったのだ。「事情はわかった。身重の女人をこのような場所に居させるわけにはいかない」「どうだろう?私の家で働きながら子供を育てるというのは?」と。
まさに悪魔の囁き。
しかし女にとっては地獄に仏。
「はい、喜んで」と二つ返事で了承したそうだ。
荒れた家に訪れる人もなく、朝夕と物思いに沈んでいた女だ。心細さから、あれこれ深く考えもせずに了承したことは明白だった。
母の知人という男の言葉も、男の言葉に嘘はなかったと縋るような気持ちでついてきたらしい。
小さいながらも小綺麗な館で、少数とはいえ使用人にあれこれと面倒を見てもらい、出産も安心して行えた。
女にとって男は間違いなく恩人。自分と我が子の命の恩人だった。
神が自分たち親子に使わしてくれた御使い。
弥勒菩薩の化身。
勘違いである。
時次を知る者からしたら「貴女、騙されているわよ」と声を大にして言う。なんだったら女の肩を掴んで揺さぶって、「目を覚ませ」「正気に戻れ」と説得するかもしれない。
だが哀れな女に忠告してくれる親切な者はいない。現れない。
かくして、女は男の言葉のまま、新しい主人に尽くすのだった。
勿論、時次に人助けしたつもりは毛頭ない。
雇う立場からしたら、とても使い勝手の良い相手だったのだ。
女は、出産経験があり、乳飲み子がいる。
良家の出身で育ちがよく、教養もある。
両親を亡くし、夫もいない。天涯孤独で困窮している。
二年間、宮仕えをしていた。
更には、主人一家(右大臣と時次)に色目を使わない。あるのは忠誠心のみ。
乳母として雇っておくには、実に都合のいい相手だった。
「早くから準備していたからな。家人から条件に合う女がいると報告があったのだ」
「準備……ね」
蓮子は、時次の言う準備が何か、すぐに察した。
報告したの家人は忍びの部隊だろう。
通称「影の者」。
右大臣家に代々仕える忍びの一族たち。
彼らの存在は右大臣家でも極一部の者しか知らない。
時次は受け取った報告を吟味し、条件に合う女人を選び出したのだ。
「その条件は、お義兄さまが考えたのかしら?」
「私だけではない。父上もだ」
「お義父さまも?意外ね。いえ、意外でもなんでもないわね」
「ああ、父上から御子の乳母の条件に見合う女人をなんとしても探しだせ言われたよ」
「ご愁傷様」
蓮子は、時次に同情した。
義父の命令には、従わざるを得ないだろう。
生まれてくる御子のため、というよりも母・茶仙局のためだろう。
義父の母に対する愛情は深い。
口には出さないが、時次も気付いている。
男宮であろうが、女宮であろうが、右大臣は喜ぶだろう。
これは帝の御子が一族から生まれたからではない。
母の血を引く孫が生まれる。その一点が重要なのだ。
だから、男であれ女であれ、無事に生まれてくるならば問題はないと思っているはずだ。
二人は顔を見合わせて、お互いに苦労するわね、と苦笑した。
「まぁ、いいさ。なんにせよ、条件に合う女人が見つかったのだからな」
(可哀想な小宰相。でも、これも天命だと思って諦めてちょうだい。大丈夫、給料は弾むわ)
蓮子は、心の中で合掌した。
更に時次の話しを聞くと、つまらない男に騙され捨てられた女は荒れ果てた家で、一人途方に暮れていたらしい。
身重の身では働くことも出来ず、かといって、妊娠を知って逃げた男に文句を言うことも出来ず。
両親を亡くして頼る縁者もいない。
身重の体で、行く当てもない。
途方に暮れていたところ、時次に声をかけられたのだそうだ。
時次としては面接で一応の人となりを見極めたうえで雇用したいと考え、お宅訪問しただけである。
「お困りのようだが」と声をかけられて、女は藁にも縋る思いで事情を説明したらしい。
そして、その時の、時次の感想は、「これはいい。実に都合が良い」だったそうだ。
報告書を読んで知ってはいたが、実際に本人から聞くと、倍に酷い話しだった。
普通の感性の持ち主なら彼女の境遇を哀れに思うだろうが、時次は違った。
「よくある話しを、よくもまぁ大げさに語ったものだ」と、興ざめになったそうだ。
男に騙され貢がされた女の成れの果て。
だがこれは使える、と思った。
そして、時次は女にこう言ったのだ。「事情はわかった。身重の女人をこのような場所に居させるわけにはいかない」「どうだろう?私の家で働きながら子供を育てるというのは?」と。
まさに悪魔の囁き。
しかし女にとっては地獄に仏。
「はい、喜んで」と二つ返事で了承したそうだ。
荒れた家に訪れる人もなく、朝夕と物思いに沈んでいた女だ。心細さから、あれこれ深く考えもせずに了承したことは明白だった。
母の知人という男の言葉も、男の言葉に嘘はなかったと縋るような気持ちでついてきたらしい。
小さいながらも小綺麗な館で、少数とはいえ使用人にあれこれと面倒を見てもらい、出産も安心して行えた。
女にとって男は間違いなく恩人。自分と我が子の命の恩人だった。
神が自分たち親子に使わしてくれた御使い。
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勘違いである。
時次を知る者からしたら「貴女、騙されているわよ」と声を大にして言う。なんだったら女の肩を掴んで揺さぶって、「目を覚ませ」「正気に戻れ」と説得するかもしれない。
だが哀れな女に忠告してくれる親切な者はいない。現れない。
かくして、女は男の言葉のまま、新しい主人に尽くすのだった。
勿論、時次に人助けしたつもりは毛頭ない。
雇う立場からしたら、とても使い勝手の良い相手だったのだ。
女は、出産経験があり、乳飲み子がいる。
良家の出身で育ちがよく、教養もある。
両親を亡くし、夫もいない。天涯孤独で困窮している。
二年間、宮仕えをしていた。
更には、主人一家(右大臣と時次)に色目を使わない。あるのは忠誠心のみ。
乳母として雇っておくには、実に都合のいい相手だった。
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