後宮の系譜

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
27 / 64

27.乳母の条件 弐

しおりを挟む
「お義兄さま、この条件に合う女人をどうやって探し出したの?そう簡単に見つかるとは思えないのだけれど?」
「早くから準備していたからな。家人けにんから条件に合う女がいると報告があったのだ」
「準備……ね」

 蓮子れんしは、時次の言う準備が何か、すぐに察した。
 報告したの家人けにんだろう。
 通称「影の者」。
 右大臣家に代々仕える忍びの一族たち。
 彼らの存在は右大臣家でも極一部の者しか知らない。

 時次は受け取った報告を吟味し、条件に合う女人を選び出したのだ。

「その条件は、お義兄さまが考えたのかしら?」
「私だけではない。父上もだ」
「お義父さまも?意外ね。いえ、意外でもなんでもないわね」
「ああ、父上から御子の乳母の条件に見合う女人をなんとしても探しだせ言われたよ」
「ご愁傷様」

 蓮子れんしは、時次に同情した。
 義父の命令には、従わざるを得ないだろう。
 生まれてくる御子のため、というよりも母・茶仙局のためだろう。
 義父の母に対する愛情は深い。
 口には出さないが、時次も気付いている。
 男宮であろうが、女宮であろうが、右大臣は喜ぶだろう。
 これは帝の御子が一族から生まれたからではない。
 母の血を引く孫が生まれる。その一点が重要なのだ。
 だから、男であれ女であれ、無事に生まれてくるならば問題はないと思っているはずだ。

 二人は顔を見合わせて、お互いに苦労するわね、と苦笑した。

「まぁ、いいさ。なんにせよ、条件に合う女人が見つかったのだからな」

(可哀想な小宰相こさいしょう。でも、これも天命だと思って諦めてちょうだい。大丈夫、給料は弾むわ)

 蓮子れんしは、心の中で合掌した。

 更に時次の話しを聞くと、つまらない男に騙され捨てられた女は荒れ果てた家で、一人途方に暮れていたらしい。
 身重の身では働くことも出来ず、かといって、妊娠を知って逃げた男に文句を言うことも出来ず。
 両親を亡くして頼る縁者もいない。
 身重の体で、行く当てもない。
 途方に暮れていたところ、時次に声をかけられたのだそうだ。
 時次としては面接で一応の人となりを見極めたうえで雇用したいと考え、お宅訪問しただけである。

「お困りのようだが」と声をかけられて、女はわらにも縋る思いで事情を説明したらしい。

 そして、その時の、時次の感想は、「これはいい。実に都合が良い」だったそうだ。
 報告書を読んで知ってはいたが、実際に本人から聞くと、倍に酷い話しだった。
 普通の感性の持ち主なら彼女の境遇を哀れに思うだろうが、時次は違った。
「よくある話しを、よくもまぁ大げさに語ったものだ」と、興ざめになったそうだ。

 男に騙され貢がされた女の成れの果て。
 だがこれは使える、と思った。
 そして、時次は女にこう言ったのだ。「事情はわかった。身重の女人をこのような場所に居させるわけにはいかない」「どうだろう?私の家で働きながら子供を育てるというのは?」と。

 まさに悪魔のささやき。
 しかし女にとっては地獄に仏。
「はい、喜んで」と二つ返事で了承したそうだ。
 荒れた家に訪れる人もなく、朝夕と物思いに沈んでいた女だ。心細さから、あれこれ深く考えもせずに了承したことは明白だった。
 母の知人という男の言葉も、男の言葉に嘘はなかったと縋るような気持ちでついてきたらしい。
 小さいながらも小綺麗な館で、少数とはいえ使用人にあれこれと面倒を見てもらい、出産も安心して行えた。
 女にとって男は間違いなく恩人。自分と我が子の命の恩人だった。
 
 神が自分たち親子に使わしてくれた御使みつかい。
 弥勒菩薩みろくぼさつの化身。
 
 勘違いである。
 時次を知る者からしたら「貴女、騙されているわよ」と声を大にして言う。なんだったら女の肩を掴んで揺さぶって、「目を覚ませ」「正気に戻れ」と説得するかもしれない。
 だが哀れな女に忠告してくれる親切な者はいない。現れない。
 かくして、女は男の言葉のまま、新しい主人に尽くすのだった。

 勿論、時次に人助けしたつもりは毛頭ない。
 雇う立場からしたら、とても使い勝手の良い相手だったのだ。

 女は、出産経験があり、乳飲み子がいる。
 良家の出身で育ちがよく、教養もある。
 両親を亡くし、夫もいない。天涯孤独で困窮こんきゅうしている。
 二年間、宮仕えをしていた。
 更には、主人一家(右大臣と時次)に色目を使わない。あるのは忠誠心のみ。

 乳母として雇っておくには、実に都合のいい相手だった。

 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

選択を間違えた男

基本二度寝
恋愛
出席した夜会で、かつての婚約者をみつけた。 向こうは隣の男に話しかけていて此方に気づいてはいない。 「ほら、あそこ。子爵令嬢のあの方、伯爵家の子息との婚約破棄されたっていう」 「あら?でも彼女、今侯爵家の次男と一緒にいらっしゃるけど」 「新たな縁を結ばれたようよ」 後ろにいるご婦人達はひそひそと元婚約者の話をしていた。 話に夢中で、その伯爵家の子息が側にいる事には気づいていないらしい。 「そうなのね。だからかしら」 「ええ、だからじゃないかしら」 「「とてもお美しくなられて」」 そうなのだ。彼女は綺麗になった。 顔の造作が変わったわけではない。 表情が変わったのだ。 自分と婚約していた時とは全く違う。 社交辞令ではない笑みを、惜しみなく連れの男に向けている。 「新しい婚約者の方に愛されているのね」 「女は愛されたら綺麗になると言いますしね?」 「あら、それは実体験を含めた遠回しの惚気なのかしら」 婦人たちの興味は別の話題へ移った。 まだそこに留まっているのは自身だけ。 ー愛されたら…。 自分も彼女を愛していたら結末は違っていたのだろうか。

「子供ができた」と夫が愛人を連れてきたので祝福した

基本二度寝
恋愛
おめでとうございます!!! ※エロなし ざまぁをやってみたくて。 ざまぁが本編より長くなったので割愛。 番外編でupするかもしないかも。

妹を叩いた?事実ですがなにか?

基本二度寝
恋愛
王太子エリシオンにはクアンナという婚約者がいた。 冷たい瞳をした婚約者には愛らしい妹マゼンダがいる。 婚約者に向けるべき愛情をマゼンダに向けていた。 そんな愛らしいマゼンダが、物陰でひっそり泣いていた。 頬を押えて。 誰が!一体何が!? 口を閉ざしつづけたマゼンダが、打った相手をようやく口にして、エリシオンの怒りが頂点に達した。 あの女…! ※えろなし ※恋愛カテゴリーなのに恋愛させてないなと思って追加21/08/09

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...