後宮の系譜

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
19 / 59

19.女たちの謀 弐

しおりを挟む
 呪詛はできない。
 あまりにもリスクが高すぎる。
 万が一、呪詛に失敗したら。
 呪詛がバレたら。
 言い訳になるかもしれないが、女たちは別に尚侍を嫌っているわけではない。
 ただ男児を産んで欲しくないだけ。
 それだけなのだ。
 女児なら何の問題もない。
 寧ろ、女児を産んで欲しいのだ。
 生まれてくる御子は、“姫宮”を。

 皇女ならば、許せる。
 皇子なら……。
 決して皇子を産ませてはならない。








祈願きがん?何の祈願きがんだ?」
「知らないのか?今、内裏の女たちの間で流行ているらしい」
「流行っている?」
「帝の御子が無事に安産を迎えられると」
「……何だ、それは。尚侍と親しい間柄の女たちの間で流行っているのか」
「いや、それが、特に親しい者たちではないらしい」
「ますます分からない。何故、そんなことをするんだ?」
「さぁな……。だが他の女御や更衣たちも挙って祈願きがんを行っているようだ。主上の御子を無事にお産みになるようにと」
「他の妃が?」
「そうさ」

 敵に塩を送るような行為だ。
 公卿たちには理解し難いものだった。
 男と女では考え方が違う。
 そのせいか?
 どうも腑に落ちない。

 

 誰が言い出したのかは定かではないが、内裏の女たちの間で安産祈願あんざんきがん祈祷きとうが流行した。
 尚侍の安産祈願あんざんきがんをする。
 良い話しに聞こえるが、当然、そんな綺麗な話しではない。
 祈祷きとうは口実で、目的は尚侍に男児が産まれてこないことを願うためのもの。
 それは呪詛ではないか?と思われるが、表向き安産祈願あんざんきがんなのだ。安産もついでに祈っている。なので、表向きは問題がない。
 本格的な呪詛というわけでもないし。
 ちゃんと祈祷師きとうしがやって来て、お祓いもする。
 それっぽい祈祷きとうをしているのだから、誰も文句は言わない。言わせない。
 けれど、その裏では「無事に姫宮が産まれてきますように」と女たちが手を合わせて祈っている。
 ただ、それだけなのだ。

 まぁ、中には物理攻撃をする者もいるが。





 


 まさか。
 こんなアホがいるとは……。
 時次は驚きを隠せない。

「こうも来客刺客が多いと、罠を張るのも大変だわ」
「この屋敷はいつの間にカラクリ屋敷になったのだ?罠だらけじゃないか」
「あら。それは仕方がないわ。用心に越したことはないし。備えあれば憂いなしと言うではないの」
「まぁ、それはそうだが……。何なんだ、あの罠は?勝手に発動したぞ!?」
「試作段階の罠を、密かに仕掛けておいたのよ」
「試作段階の?」
「そう。まだ実験段階でね」
「……で、その実験は成功だったのか?失敗なのか?」
「一応、成功ではないかしら。不審者を池に落とすことができたし」

 時次は呆れて言葉が出ない。
 この屋敷は罠だらけで、侵入者を撃退する。
 いや、侵入しようとすると罠が発動するのだ。
 しかも、その罠は殺傷能力が高い。
 下手したら死ぬかもしれない。
 そもそも、この屋敷はいつから要塞になったのだ?

「アレは生きているのか?」
「まぁ!頭から池に突っ込んでいるのよ?生きているとでも?」
「……」

 生きてはいないだろう。
 逆さまになっているのだから。
 池に浮かんでいればまだしも、逆さまでは……。
 上半身は池の中。頭が池に沈んでいる。

「アレ、抜けるかしら?引き上げが大変そう」

 クスクスと笑い、時次は溜め息を吐く。
 笑っている場合だろうか。

「滑稽すぎて嗤えてくるわ」
「不謹慎だぞ」
「あら、アレを嗤わない人はいません。間抜けすぎる姿ではなにの。間抜け過ぎて嗤うしかないわ」

 池に逆さで立つ男たち。
 それだけでも相当だが、問題は悲しいかな、そこではなかった。
 大股を開いていた。
 しかも、その下半身は丸出し。

検非違使けびいしを呼んでくる」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ごきげんよう、旦那さま。離縁してください。

朱宮あめ
恋愛
ごきげんよう、旦那様。 さっそくですが、離縁してください。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

私のウィル

豆狸
恋愛
王都の侯爵邸へ戻ったらお父様に婚約解消をお願いしましょう、そう思いながら婚約指輪を外して、私は心の中で呟きました。 ──さようなら、私のウィル。

処理中です...