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王子7
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血の気が引くとはこういう事をいうのか。
恐ろしい事実に直面してしまった。目の前にいるアレックスはいつもと変わらない涼し気な表情のままだ。そんなアレックスの隣にいるヴィクターの顔色は悪い。僕と同じ位に酷い顔色だ。きっと僕同様この事実を知らなかったのだろう。
「キャサリン様を侮辱するという事は即ち帝国皇族を侮辱するも同然の行為。殿下が五体満足でいられるのは国王陛下が帝国に這いつくばって許しを乞うたからです」
「え……?」
「何を驚かれる事があるのですか?陛下が恥も外聞もかなぐり捨てて皇帝陛下に謝罪なさったからこそ殿下は今も無事にお過ごしになられているのですよ?」
父上が?
僕のために謝罪を?
グランデン帝国の皇帝陛下は恐ろしい人物だと伝え聞く。気に入らない相手には容赦しないとも……。
「殿下は御自身が国王陛下の唯一人の御子であるという自覚が乏しいのではないかと思われます。帝国の事もそうですが、迷惑を被ったキャサリン様に対して一度でも謝罪なさった事がありましたか?私の記憶ではなかったと存じます」
アレックスの言う通りキャサリンに謝っていない。
キャサリンは婚約が白紙になって直ぐに帝国に留学してしまったのだ。謝るも何もないではないか!だが謝罪が必要な事は理解した。帝国は僕がキャサリンに謝罪しない事を根に持っているんだろう。
「分かった。キャサリンが国に戻ってきたら改めて謝罪しよう」
本当は謝りたくはない。
僕は何も悪い事はしていないのだからな。自分に正直に行動をしただけだ。だが、それが帝国にとって許しがたい行為だというのなら頭をさげよう。
「その必要はありません」
ピシャリと断られてしまった。
何故だ!?
「キャサリン様に謝罪出来る時期はとうに過ぎております」
「へ?」
謝罪に早いも遅いもないだろう。気持ちの問題だ。
「キャサリン様が国をお出になられる前ならばまだしも、一年以上過ぎた今になって謝罪なさっても意味がありません。寧ろ、問題が悪化するだけです」
「え?」
何の話だ?
問題の悪化?
「陛下が帝国に土下座外交を押し通したお陰で帝国からのペナルティは最小限に抑える事が出来ましたが、それ以外の国々からはより一層厳しい目で見られています。それは下々の間でも同じと言えるでしょう。我が国の商店との取引が突如キャンセルされたり取引停止になったりとあらゆる面で被害がでました。ある貿易商などは家族で夜逃げしましたし、王都の商店も何件かは店を閉めました。なかには一家離散した処もあります。もっと言えば責任者が首を吊った処もありました。働く場所をなくし、再就職もままならず貧民街にまで堕ちた者も何百人といます」
「は……始めて聞いたぞ」
「そうでしょうとも。今話した内容は一般庶民が被った被害でしかありません。特に商売関係ですからね。自由貿易に政治が絡むことは稀です」
「なら、やはり僕はキャサリンに……」
「今更謝罪した処で失ったモノは元通りにはならないのです。それに貴族たちの中でも被害にあったものは大勢います。領地経営の当主などは税金を上げて当座を凌いだ位です。殿下が遅まきながら謝罪した処で更にややこしくなりますし、貴族たちの恨みつらみが殿下に集中致します」
「いやしかし……」
キャサリンとの婚約がなくなった事でそんな事態が起こるなど……考えもしなかった。人の人生を左右する、ましてや生き死にまで直結する事になるなど……。婚約がなくなった事で少々混乱が起こるとは思っていたが……まさか王国全体に不利益は被るほどの影響を及ぼすとは想像もしていなかった。
「それと、殿下は先ほど、『キャサリン様が国に戻ったら謝罪する』と仰いましたが、その事自体に無理があります」
「何故だ?」
留学したばかりだ。
直ぐには帰国しないだろう。
長期留学にだったのか?
不味いな。
留学した事しか知らない。
父上からも「暫くは戻らない」としか聞いていない。
「キャサリン様は表向き留学という形を取っておりますが、本当の理由はグランデン帝国の皇帝陛下が直々に呼び出されたのが原因です」
はっ!?
呼び出された?
「ちょっと待て!なんだそれは!?」
どうすればそんな事態になる!
まさか、キャサリンは皇帝陛下に不興を買ったのか!?
「殿下との婚約が白紙撤回になったからです」
「はぁ!?何故僕との婚約がなくなったから呼び出されるんだ!?」
「……殿下はキャサリン様との婚約が整った経緯を覚えていますか?」
「経緯?父上と叔父上とで決めたのではないのか?僕にはキャサリンが相応しいと父上が仰って決まったと……」
「なるほど。そこからですか。」
「何だ?違うのか?」
「殿下とキャサリン様の婚約話が出る以前に、帝国がキャサリン様を皇帝陛下の養女に迎える話が浮上していたんです」
「……どういうことだ?」
「当時、ブロワ公爵夫人は病気がちだったため皇帝陛下がキャサリン様を養女に迎え入れる話があったんです。皇帝陛下が大変乗り気で、キャサリン様を手放したくなかった公爵夫妻と国王陛下が頭を悩ませながら殿下との婚約を急遽調えたのです」
「姪だからといって養女にまでするものなのか?」
皇帝陛下にも娘はいるだろう。
何故、姪を養女にするんだ?
「皇帝陛下も他の姪御様なら養女にしようとはなさらなかったでしょう。キャサリン様が『特別』なのです」
アレックス?
それは一体……。
恐ろしい事実に直面してしまった。目の前にいるアレックスはいつもと変わらない涼し気な表情のままだ。そんなアレックスの隣にいるヴィクターの顔色は悪い。僕と同じ位に酷い顔色だ。きっと僕同様この事実を知らなかったのだろう。
「キャサリン様を侮辱するという事は即ち帝国皇族を侮辱するも同然の行為。殿下が五体満足でいられるのは国王陛下が帝国に這いつくばって許しを乞うたからです」
「え……?」
「何を驚かれる事があるのですか?陛下が恥も外聞もかなぐり捨てて皇帝陛下に謝罪なさったからこそ殿下は今も無事にお過ごしになられているのですよ?」
父上が?
僕のために謝罪を?
グランデン帝国の皇帝陛下は恐ろしい人物だと伝え聞く。気に入らない相手には容赦しないとも……。
「殿下は御自身が国王陛下の唯一人の御子であるという自覚が乏しいのではないかと思われます。帝国の事もそうですが、迷惑を被ったキャサリン様に対して一度でも謝罪なさった事がありましたか?私の記憶ではなかったと存じます」
アレックスの言う通りキャサリンに謝っていない。
キャサリンは婚約が白紙になって直ぐに帝国に留学してしまったのだ。謝るも何もないではないか!だが謝罪が必要な事は理解した。帝国は僕がキャサリンに謝罪しない事を根に持っているんだろう。
「分かった。キャサリンが国に戻ってきたら改めて謝罪しよう」
本当は謝りたくはない。
僕は何も悪い事はしていないのだからな。自分に正直に行動をしただけだ。だが、それが帝国にとって許しがたい行為だというのなら頭をさげよう。
「その必要はありません」
ピシャリと断られてしまった。
何故だ!?
「キャサリン様に謝罪出来る時期はとうに過ぎております」
「へ?」
謝罪に早いも遅いもないだろう。気持ちの問題だ。
「キャサリン様が国をお出になられる前ならばまだしも、一年以上過ぎた今になって謝罪なさっても意味がありません。寧ろ、問題が悪化するだけです」
「え?」
何の話だ?
問題の悪化?
「陛下が帝国に土下座外交を押し通したお陰で帝国からのペナルティは最小限に抑える事が出来ましたが、それ以外の国々からはより一層厳しい目で見られています。それは下々の間でも同じと言えるでしょう。我が国の商店との取引が突如キャンセルされたり取引停止になったりとあらゆる面で被害がでました。ある貿易商などは家族で夜逃げしましたし、王都の商店も何件かは店を閉めました。なかには一家離散した処もあります。もっと言えば責任者が首を吊った処もありました。働く場所をなくし、再就職もままならず貧民街にまで堕ちた者も何百人といます」
「は……始めて聞いたぞ」
「そうでしょうとも。今話した内容は一般庶民が被った被害でしかありません。特に商売関係ですからね。自由貿易に政治が絡むことは稀です」
「なら、やはり僕はキャサリンに……」
「今更謝罪した処で失ったモノは元通りにはならないのです。それに貴族たちの中でも被害にあったものは大勢います。領地経営の当主などは税金を上げて当座を凌いだ位です。殿下が遅まきながら謝罪した処で更にややこしくなりますし、貴族たちの恨みつらみが殿下に集中致します」
「いやしかし……」
キャサリンとの婚約がなくなった事でそんな事態が起こるなど……考えもしなかった。人の人生を左右する、ましてや生き死にまで直結する事になるなど……。婚約がなくなった事で少々混乱が起こるとは思っていたが……まさか王国全体に不利益は被るほどの影響を及ぼすとは想像もしていなかった。
「それと、殿下は先ほど、『キャサリン様が国に戻ったら謝罪する』と仰いましたが、その事自体に無理があります」
「何故だ?」
留学したばかりだ。
直ぐには帰国しないだろう。
長期留学にだったのか?
不味いな。
留学した事しか知らない。
父上からも「暫くは戻らない」としか聞いていない。
「キャサリン様は表向き留学という形を取っておりますが、本当の理由はグランデン帝国の皇帝陛下が直々に呼び出されたのが原因です」
はっ!?
呼び出された?
「ちょっと待て!なんだそれは!?」
どうすればそんな事態になる!
まさか、キャサリンは皇帝陛下に不興を買ったのか!?
「殿下との婚約が白紙撤回になったからです」
「はぁ!?何故僕との婚約がなくなったから呼び出されるんだ!?」
「……殿下はキャサリン様との婚約が整った経緯を覚えていますか?」
「経緯?父上と叔父上とで決めたのではないのか?僕にはキャサリンが相応しいと父上が仰って決まったと……」
「なるほど。そこからですか。」
「何だ?違うのか?」
「殿下とキャサリン様の婚約話が出る以前に、帝国がキャサリン様を皇帝陛下の養女に迎える話が浮上していたんです」
「……どういうことだ?」
「当時、ブロワ公爵夫人は病気がちだったため皇帝陛下がキャサリン様を養女に迎え入れる話があったんです。皇帝陛下が大変乗り気で、キャサリン様を手放したくなかった公爵夫妻と国王陛下が頭を悩ませながら殿下との婚約を急遽調えたのです」
「姪だからといって養女にまでするものなのか?」
皇帝陛下にも娘はいるだろう。
何故、姪を養女にするんだ?
「皇帝陛下も他の姪御様なら養女にしようとはなさらなかったでしょう。キャサリン様が『特別』なのです」
アレックス?
それは一体……。
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