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20年後

19.閑話1

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 シンシンと冷たい雨が降る。
 郊外にある館はいつ来ても静かだ。最低限の使用人しか置かない変わり者。
 まあ、この館の主は貴族出身じゃあないからな。あまりそう言った見栄はないのだろう。

 奥の部屋に案内されると、一枚の肖像画を熱心に見つめる男がいた。
 この館の主だ。
 長い髪をゴムで一つに結んだ彼は、有名な画家である。特に風景画を得意としているためか、滅多に人物画を描かないという特徴があった。

「ビンチ殿」

 声をかけると、彼はゆっくりとこちらを見た。
 
「ああ、君か」

「君か、じゃありませんよ。一体どうなさったと言うんです?手紙を書いても一向に返事はありませんし。あの方も心配なさっていらっしゃいます」

「そう……」

「この国の今を見て絵にすると仰って出かけたのはいいですが、こうも連絡を寄こさないとはどういう了見でしょう。他の者達も心配しております」

「滅びゆく国を情景にした絵は描けてるさ」

「目的はおすみのようならば早く帰りましょう。こんな国に何時までもいるものじゃありませんよ。この国が今なんて呼ばれているか知っていらっしゃるでしょう?」

「勿論。『神に見捨てられた国』だろ?」

「分かっているなら……」

「王都を見たか?」

「……はい」

「酷い有様だったろ?」

「…………はい」

 かつて栄えていた都は見る影もなかった。
 花が溢れ、人々の笑いに満ちていた国だった。
 
 それが今や、街はゴーストタウンだ。
 
 
「……あれからもう二十年ですか」

「そうだな。ロベール王国がこうなった原因である公爵令嬢が死んで二十年が経つ。その間、王国は廃れ、モンティーヌは栄えた。栄枯衰退とはいうが、こうも明暗が分かれるとはな。当時は誰も予想しなかったろうに」

「時間が経つのは早いものですね」

 

 ―――二十年前。

 この国を揺るがす大事件があった。
 その事を真に知る者はもう少ない。

 主だった貴族達は王家を見限り、国は滅びへの道をゆっくりと進んでいっている。




 
「わかった。帰るよ」

「ビンチ殿?」

「ただし、この肖像画は持っていく」

「それはまぁ宜しいかと……その肖像画は何ですか?見事な絵ですが、ビンチ殿が描いたという訳ではないようですが……」

「私の絵じゃない。館にあった。ただ、この絵を見てると何故かゾクゾクしてくる」

「確かに。ゾクッとする程の美少女の絵です」

 十五、六歳くらいの少女は背筋を伸ばして座っている。上半身のみが描かれた少女は、恐らく高い身分の令嬢だろう。今の流行とは違うが、身に付けている宝飾品は一見シンプルに見えるがよく見ると細部に至るまで手が込んでおり高価なものだと分かる。
 輝く金の髪には青いリボンが結ばれており、大きな瞳は宝石のように美しい青。白い肌はまるで陶磁器のように滑らかでシミ一つない。そして、顔立ちはこの世のものとは思えない程整っていた。思わず息を飲むような美しさだ。
 しかし、俺が気になったのは彼女の表情だ。
 
 何とも言い難い微笑みを浮かべている。

 もの悲しさ悲しさを感じる。かとおもえば、こちらに向けられている瞳は何処までも優しい慈愛を感じさせられる。その反面、上品な唇がほんのわずかに開き、それが挑発的に見えなくもない。

 なんとも不思議な微笑みだ。

 この館にあった絵というが、以前の所有者が持っていたものだろうか?二十年前から館の所有者はかなり代わっていると聞いた。その事と何か関係があるのだろうか?
 唯の絵にビンチ殿がこうも興味を持つはずがない。
 
 ビンチ殿が言うには「まるで隠すかのようにあった」らしい。
 なら曰く付きの絵だろうか?

 

「絵自体は何の問題もないと思うぞ。これ多分最近描かれたものだろうしな」

「いやいや、ビンチ殿の最近というのは何百年前の話ですか?」
 
 この男の時間軸を信用してはならない。
 常人とは違った世界で生きてる人間の一人だ。

「二十年前くらいだ」

「え?」

「多分だけどな。でも、何処かで見た事があるような気がする」
 
「は?」

「この肖像画の少女」

「……」

 ビンチ殿の知り合いだろうか。
 それならばの可能性が高い。本人は首を捻ってうんうんと考え込んでいる。国に帰ったら一度、神殿に訊ねてみた方がいいかな。あ、無理だ。ビンチ殿は神殿嫌いだからな。

 


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