35 / 37
番外編
34.ある娼館の経営者2
しおりを挟む毎年、春になるとうちの娼館の裏にある小さな教会に墓参りする老人がいる。
身なりや立ち居振る舞いからして貴族だろう。
それも、元王国人の貴族だ。
よくいる没落貴族じゃない。
今なお健在の数少ない貴族だ。
なんで分かるのかって?
雰囲気だな。
元王国貴族は洗練されてて優雅だ。一方、帝国貴族は何処かしら武人を思わせる。無骨という程ではないが、鍛え上げられた肉体がそう見せているのかもしれない。
老人はいつも赤いバラを一輪だけ墓に供えて帰って行く。
その老人について詳しいのは、裏の教会を維持しているのが、実は俺だからだ。
あの教会は『娼婦たちのための教会風建築物』として建造されている。なので、教会に正式に登録されている訳じゃない。そのため、神父なんて勿論いない。ならなんで、教会を俺が維持しているのかというと祖父が建てた物だからだ。
俺の知っている祖父は信心なんて全くない人だった。なんで教会なんて建てたのか理解できなかったが、うちの商売を継いだ時に理解した。表立ってはいないが、うちの女達は『公娼』だ。教会で墓を建てることだって許されない存在だ。秘密にしてるからバレないだろう、と思っていたら痛い目にあう。
教会は独自の情報網を持っているからな。
うちがスパイ組織だって事はバレなくても、『公式に認められた高級娼館』てことまではバレる。
そうなったら厄介極まりないらしい。
教会にとって公娼は『地獄の業火に焼かれる存在』だ。
馬鹿らしいにも程があるが、お偉い宗教家がそう言って憚らない。
まったく、お前らだってお忍びでうちの店を利用してるだろうが!
なにが教義だ!
くそったれ!!!
公娼の墓碑銘には『ローズ』とだけある。
恐らく偽名だろう。
訳アリの公娼の墓である事は確かだ。
それでも老人にとっては関係なかったらしい。
公娼を一途に愛していた。
老人は元貴族だった。
てっきり現役貴族だとばかり思っていたがそうではないらしい。
ただ、平民落ちしたのは老人だけで、一族は現役貴族というのだ。老人が身に着けている物をよくよく観察すると二流品だった。だが、それすらも一流に見えてしまうのは老人の放つ気品ある立ち居振る舞いのせいだろう。本人が申告したので間違いないだろうが、俺の目には『今も貴族』に見えた。
ローズという名前の公娼は若い頃の恋人とばかり思っていたけど、違った。老人の友人の恋人だった。それでもずっと片思いしていたそうだ。疎遠になってから数十年ぶりに二人は再会し、昔と変わらない友情で老人は公娼を支え続けたらしい。
俺の親父から聞いた話だ。親父は老人を知っていた。
公娼が亡くなる数日前に、二人は結婚の約束を交わしていた。
相手は引退したとはいえ『公娼』だ。
正式な結婚は出来なかっただろう。
公娼が亡くなった時、老人は遺体を抱きしめて「愛している」と声をかけ続け、涙を流していたそうだ。
一度、記者らしい男に老人が執拗に迫られていた場面を見た事がある。
小声で聴き取りにくかったが「稀代の悪女の話をしてくれたら大金を払う」とか言っていた。
老人は記者に目もくれず「話すことは何もない」と言い放っていた。
それでも、しつこく食い下がる記者に対して、老人は、
「残念だが、世の中には金で動かない人間もいる。どうしても彼女の事を話せというならば、私に答えられることは只一つだ。
“彼女ほど美しく素晴らしい女性はいなかった”、それだけだ。帰って君のボスにそう伝えたまえ。私は、彼女との愛の思い出を売り買いするほど落ちぶれた人間ではない」
と即座に答えた。
その後、老人も風邪を拗らせて呆気なく亡くなった。
老人の死から数日後、親族らしき男性が老人の髪が入った骨壺を持って教会にやってきた。
公娼の墓に一緒に入れてやって欲しい、とのことだ。
紳士は見た目に反してトンデモナイことを言いやがる。
要は、墓を掘り返せ!という事だ。
だが、大金の入ったケースを見るとやるしかなかった。
生きていくためには金は必要だ。
老人のように思い出だけで生きていけるほど悟ってないんだ。
善は急げ、という。
その日の夜に『ローズ』という墓碑銘が刻まれた墓を掘り返した。
墓の中には公娼とは思えない宝石の数々がぎっしりと埋まっていた。
一瞬、王侯貴族の棺かと思う程だ。
いや、今のご時世、宝石で埋め尽くす王様はいない。
そんなのは古代王族がする事だ。
ただ、キラキラ輝く宝石に埋まる女性の白骨の上に、無造作に置かれた枯れた花がやけに目についた。
触ったら間違いなく崩れ落ちる枯れた花は、バラだった。
たぶん、赤いバラだったんだろう。
そして、それを棺に置いたのは老人だ。
俺は、老人の骨壺をバラの近くに置いた。
まるで、女性がバラと壺を抱きしめているように見えた。
どんな曰く付きの女か分からないが、この女は幸せだろう。
死んでまで愛してくれる男がいるんだ。女冥利に尽きるってもんだ。
276
お気に入りに追加
4,872
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる