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番外編
31.公妃殿下2
しおりを挟む結局、あの男は反省などしていなかった。
いいえ、違う。
彼の中では反省しているのだ。
自分自身の愚かな行動を、その結果に起こってしまった悲劇も、元婚約者であった女性に対する懺悔、お父様に対する申し訳なさも。
どれも本当の事で申し訳なかったという気持ちはあるのだ。
でも、それを既に過去のものとしている。終わった事だと感じているのが一方的な会話の中で嫌でも理解した。
確かに、何十年も昔の事だ。
過去の事だと切って捨てる人間もいるが、彼はそうではなかった。過去を遠い思い出にしてしまっている。
あの男のせいで運命を狂わされた人々は今でも苦しんでいるというのに。
まるで何事も無かったかのように話す姿は同じ人とは思えなかった。
私の異変に気付いた夫が会話を中断させなければ、どうなっていただろう。
私は感情に任せてあの男に詰め寄ったはずだ。
貴様のせいでこうなったんだ、と責め立てていた事だろう。
誰のせいで王家や王国が失墜したと思っているんだ、と怒鳴り散らしていただろう。
分かっている。
お父様は最後まで自身の異母兄を責めなかった。「王族の身分を失い生涯幽閉された可哀そうな異母兄なのだ」と仰っていたのだ。
お母様とて同じこと。「いつの日か家族として会いたい」と仰っていた。
なのに。
何故!?
何故、あんな男にお父様が憐れみを向けられるの!
お母様を男児を産めなかった事を悔やまれるの!
あの男は何一つとして知らない、知らされていない。「平民の身分になって俗世を離れているから仕方ない」と皆は言うだろう。確かに、男は長年幽閉され世間の情報が入ってこない環境化に置かれていた。幽閉後も世情とは無縁の場所にいる。
だが、そんなことは問題じゃない。
あの男は知ろうとしないのだ。
私に会えて嬉しい、ですって?
その前に言うべき言葉があるでしょう!
今は亡き両親に「すまなかった」と言うべきでしょう。
本人達が生きていないから言わなくてもいいと思っているの?
だから今まで墓参りをしないの?
分からない。
あの男の考えが分からない。
公妃になって良かった?
何故、王国が消滅したのか理由を聞かないの!
新しい国名は『ヘッセン公国』なのよ!
あなたが嘗て貶めた元婚約者の家名だというのに!
疑問に感じなかったの?
普通は訊ねるものでしょう。
あの調子では恐らく、嘗ての恋人や友人達がどういった人生を送ったかなんて知らないはず。考えた事もないのかもしれない。
薄情な男。
世間では『悪女によって人生を狂わされた王子』として同情を寄せられているようだけど、私から言わせればバカの一言に尽きる!
本当に元王太子だったの?
どうして自分で調べようとしないの!
この国にどれだけの貴族が残っていると思っているの?
多くに貴族がその地位を追われた。財産を没収された貴族だっている。
そのほとんどが嘗てあの男とその恋人を応援していた者達。下位貴族だから眼中にないとでもいうつもり?
今は下位貴族の没落ばかりだけれど、それが高位貴族にも及ばないなんて言いきれない!
貴族の没落はこれからも続くだろう。
帝国は王国に慈悲を見せた。
でも、決して許しはしていなかった。
新しい国になり、その中枢で政治を取り仕切っているのは元王国人ではない!元帝国人なのよ!
貴男の周りにいる者達だって元帝国人が圧倒的に多いというのに……。
薄情者、なんてものじゃない。
そんなレベルの問題ではない気がする。
あの男は基本的に他者に対して関心が薄いのだ。
だから、あれほど愛した女性のことも今では全く気にも留めていなのだろう。
恋人や友人達の末路を教えたところで、あの男がダメージを負う事は無いはずだ。口では「申し訳ない」というだろう。涙を流して悲しむかもしれない。それでも、彼女、彼らに直接会って謝ったりすることは絶対にしないと断言できる。
あの男は最後まで私の名前を間違っていたのだから。
マリア・カルロッタ。
それは私の亡き姉の名前だった。
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