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8.男爵令嬢2
しおりを挟むあの後、パパは寝込んじゃった。
何で?
娘が王子様に嫁ぐのよ?嬉しくないの?
寝込んだパパの代わりに正妻がやって来た。
パパの正式な奥さん。
お色気満点のママと違って、綺麗だけど怖そうな女性。笑ってるのに笑ってない。あの女と一緒。だから私もこの正妻は苦手。
「とんでもない事をやらかしてくれましたね」
「悪い事だとは思っていません」
「そうですか。まぁ、済んでしまった事を今更嘆いても仕方ありませんものね。それで、お父様から聞いていると思いますけれど、貴女に与えられる選択肢は二つです。元王太子殿下の傍にお仕えするか、貴族の妻になるかです」
元?王太子?何の事だろう?
殿下は王子様でしょう?
「父にも伝えましたが、私は殿下を愛しています。殿下の傍に行きます」
「分かりました。貴女にとっては初婚ですが、相手の方がこちらよりも高位の貴族で、再婚です。婚姻式は質素にという要望のため、花嫁衣装も簡素なものを用意しました」
「はっ!?」
この正妻は何を言ってんの?
私は王太子殿下の元に行くって言ってんのに!王太子殿下の傍に行くって事は、殿下の花嫁になるって事でしょう。それがどうしたら貴族の妻になる話になんのよ!しかも再婚って…私に後妻になれっていうの?
「貴女の荷物は必要ないと言付かっております。身一つで嫁いでくるように、という先方からの御依頼ですからそのようになさい」
正妻が勝手に話を進めていく。
「な、何を仰ってるんですか!私の話を聞いてました?私は殿下の元に行くって言ってるんです!」
「貴女こそ何を戯言を宣っているんです?そんなものは様式美に決まっているでしょう。貴女の選択肢など始めから一つしかありません」
「……なに…言って」
「貴女が元王太子殿下の傍に行ってどうするのです?」
「どうするって…」
えっ!?
殿下と結婚して家庭を築くつもりだけど?
でも、なんだろう?
それ言っちゃいけない感じは…正妻の圧が凄くて言い出せない雰囲気。
「どちらにせよ、元王太子殿下と婚姻など出来るはずもありません。精々、『侍女』という形で傍に居ることになるのですよ?我が男爵家に全く利益はありません。それどころか不利益しかありません」
「利益…」
殿下と結婚できないの?
どうして?
だいたい、結婚は愛し合う恋人同士がするものよ。
利益を考えるなんて最低だわ!
「その点、貴女を後添えに望んでくださっている侯爵家は、正式な妻にしてくださるのですよ?男爵家から侯爵家に輿入れなど早々できない事です。貴女はこの幸運に感謝しなければなりません。それに、侯爵家と我が家の繋がりも強固になり、莫大な利益が還元されます。貴女にとっても良い縁組でしょう」
「ふ、ふ、ふざけないで! 誰が侯爵家なんかに!私には殿下がいるわ!!!」
政略結婚だなんて冗談じゃない!
たとえ、『侍女』だろうと殿下の傍にいる。傍にさえいれば、そのうち婚姻の許可もでるでしょう。
「ふざけているのは貴女の方ですよ。殿下を愛している?高位の男なら誰にでも足を開く淫売が何を言っているのですか」
「なっ!? 私はそんなことしてないわ!」
「していないのですか? ほほほほほほ。それはおかしなことを聞きましたわ」
「何がおかしいのよ!私は乙女よ!!!」
「まあまあ。まだでしたのね。とうの昔に失っていると思っていましたわ」
ちょっと、何てことを言うのよ!
私の操は殿下に捧げるって決めてるんだから!
「まあ、そんな事はどうでもいい事です」
どうでもよくないわよ!
「問題は、他者がそう思っているという事です。貴女が幾ら喉が張り裂けるまで自分の処女性を訴えようとも信じる人間はいません。『婚約者の令嬢から王太子殿下を誑かしただけでは飽き足らず、ありもしない罪を着せてまで婚約を破棄させ、略奪しようとした毒婦』これが世間から見た貴女の評価です」
毒婦!?私が?
正妻の言葉に絶句した。
略奪だなんて……。
「わ、私はそんなつもりじゃあ」
「では、どういうつもりだったのです?冤罪を被せて婚約破棄させた後、どうする気だったのですか?そのまま放置な訳がありませんよね」
「そ、そ…れは」
考えた事も無かった。
あの女は公爵家の人間だから、殿下との婚約がダメになっても大丈夫だって。直ぐに他の人と結婚できるからって言ってたもの。殿下たちが……。違うの……?
「貴女たちが婚約破棄させようとした相手は、この国の王太子殿下の婚約者で筆頭公爵家の令嬢なのですよ?只の貴族同士の婚約破棄とは訳が違うのです。国の頂点に君臨する王家とそれを支える貴族の頂点に立つヘッセン公爵家なのです。
婚約を白紙撤回したとしても、公爵令嬢の次のお相手は限られるのは当然でしょう。王太子殿下以上の身分の人間がどれだけいると思っているのです。
国王陛下しかいないでしょう。それとも貴女たちは、ヘッセン公爵令嬢を陛下の妃にしようと目論んでいたのですか?」
国王陛下の奥さん?
何でよ!
冗談じゃないわ!
そんなことしたら殿下のお義母さんになるじゃない!!!
未来の姑があの女なんて、絶対にイヤ!
「そんな…ことは…」
「まあ、実の姪であるヘッセン公爵令嬢を妃になど出来ませんけどね」
「えっ!?」
「当たり前でしょう。叔父と姪での婚姻など法律で禁止されているでしょう」
いやいやいや。そうじゃない!
あの女が陛下の姪?
公爵令嬢なのに?
コリンはそんなこと一度も言わなかった。なんで?コリンは私に心酔してたし、そういう重要な事は絶対に言うはずよね?
自分の姉にコンプレックスを持ってたから?
そのせい?
あれ?
なら、コリンも陛下の甥ってこと?
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正妻がごちゃごちゃ言ってるけど、早い話が他国に嫁に行けばいいって事でしょう?
なら問題ないじゃない。
あんな女、他国に嫁げばよかったのよ。そうすれば私も殿下もこんな事しなかったのに。
「兎に角、貴女たちの浅はかな企みが失敗に終わった事が唯一の救いです。本来なら、貴女も殿下と共に罰を下されるところを、若い身空で哀れだ、とヘッセン公爵様が仰ってくださったお陰で今ここに居られるのですよ」
「ま、待って!私は殿下と…「貴女、死ぬ覚悟が出来ているのですか?」……」
最後まで言わせてもらえなかった。
正妻がトンデモナイ言葉を被せてきたからだ。
「え……?」
「その覚悟がなければ止めなさい」
死ぬ覚悟って何なのよ?
「ど、どうして……」
「第一王子殿下は近いうちに王太子位だけでなく王族としての身分も剥奪された上で、幽閉される事になるでしょう。第二王子殿下が繰り上げで立太子されます。その時に、元王太子の存在など邪魔なだけでしょう」
「じゃ…ま…?」
「貴女が第一王子殿下を選んだ場合は、一年もしないうちに二人仲良く天国の門を潜っているのではないかしら?」
「あ…そん…」
恐ろしい事を淡々と言う正妻が逆に怖い。顔色一つ変えずに、私と殿下の最期を言い放つんだもの。
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「な、なんで……」
「そんな死に方嫌でしょう?貴女だけじゃないのよ?男爵家も没落して爵位剥奪される事になるでしょうし、お父様も職を追われる身になるわ。最悪の事態にならないようにするためにも貴女は嫁ぐしかないの」
「……」
「嫁ぎ先は第二王子派閥の重鎮。これから先、貴女も男爵家も安泰よ」
まるで他人事だ。
正妻にとって、私や殿下の死も、男爵家の事もどうでもいいんだ。
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