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5.王太子3
しおりを挟む男に導かれるまま乳母と共に廊下を歩いた。
それにしても…この男は一体、何者だ?侍従というには精悍過ぎる。かといって騎士にしては優美さが足りない。
しかし、何時まで歩き続けるのだろうか?
城の中に、このような薄暗い場所があるとは知らなかった。
私が入れられていた軟禁室よりも暗く、狭い廊下だ。
漸く、出口らしき扉に行きついた。
王城には相応しくない扉だ。装飾は一切施されていない。
疑問に思うものの、男に続いて外に出る。歩き続けたせいで方角の感覚が分からないが、木々で覆われた周りを見渡して思ったことは一つだ。裏門だと。私は裏門から出て行けということか。
「こちらにお乗りください」
用意された馬車は簡素なものだった。
飾りも何もない黒塗りの馬車。だが窓は鉄格子になっており、この馬車が罪を犯した貴人用の物であることが嫌でも解った。
馬車に自分と乳母、そして男が乗り込む。
「これから住む事になる住居は、王都の端に位置します。フリッツ様はそこで御静養されることになります」
表向き、第一王子は病に倒れて王城を出るということになったのだ。
「一体なんの病だ?」
皮肉を言うつもりは無かったのだが、出た言葉は嫌味に聞こえただろう。
「脳の病です」
「の…う?」
「はい。頭の中が桃色一色に染まる不治の病です。完治は難しいと聞き及んでおります。何しろ患った者の中には、頭の中に花が咲き誇っていたそうですから」
シレっとした顔で言い放った病気名に絶句した。
表情を一切かえない男は、恋に狂った私を揶揄してくる。
「アレクサンドラには申し訳なく思っているが、ミリーを愛したことに間違いはない」
誰に認められなくとも、一人の女性を心から求め愛した日々を『愚か』の一言で終わらせたくない。彼女との時間は私に幸福をもたらしてくれた。それが真実だ。
「ヘッセン公爵令嬢、もしくはアレクサンドラ様、とお呼びください。既に、かの令嬢は貴男の婚約者ではありません」
返ってきたのはアレクサンドラに敬称をつける言葉だった。
「無能な婚約者のせいで、アレクサンドラ様は生死の境をさまよわれた」
生まれて初めて『無能』と言われた。
優秀な王太子、と褒めそやされてきた。実際、学園での成績も上位であり、武芸も一角の腕前だ。
だが、言い返すことはできなかった。
やってもいない罪を捏造し、証人まで揃えて大勢の前で婚約破棄をしようとしていたのだからな。王家の血を引く筆頭公爵家の令嬢だからと、例え私との婚約がダメになっても求婚者は数多いるのだから問題はないと思った。まさか毒を飲むなど考えもしなかった。
「わ、私のせいではない……」
我ながら最低の言葉を口にしてしまった。
「ほぉ。流石、婚約者を冤罪で貶めるだけのことはあります。恥を知らぬとはこの事だ」
「な…なにも死のうとせずとも……彼女との婚約は父上の命令だった。お互いに愛情はなかったんだ!アレクサンドラとて好いた男と結婚すればよかっただろう!そ、それに、彼女は生きているではないか!これから幾らでも機会はあるだろう!!!」
段々と感情的になっていき、最後には怒鳴ってしまった。
幽閉される我が身と違って、アレクサンドラは自由だ。
夜会に出れば求婚する者達で溢れるだろうし、その中から好みの相手を選べばいい。未来が明るいアレクサンドラと違って、私は何もかも失ったのだ。地位も、自由も、愛する者も。
男は一切表情を変えることなかったが、眉を片方だけ上げて『不愉快』である事を伝えてくる。
この男は恐らく高位貴族だろう。立ち居振る舞いがそれだった。
「思った以上に、お目出度い方のようだ。瑕疵一つない姫君に公衆の面前で婚約破棄をし罪人にすることが何を意味するのか分かっていないようだ。
貴男の愚かな企みが成就しなかったからといって、アレクサンドラ様が傷を負っていないなどと何故思われるのか理解に苦しみますよ。
かの姫君には、毒の後遺症が少なからず残るでしょう。暫くは療養が必要になるのですよ?
当然、社交界になど顔は出せませんし、なによりも同年代の男性で婚約していない王族を探すことなど不可能だ」
まるで私のせいでアレクサンドラが婚期を逃したかのような言いよう。
重苦しい沈黙の後、馬車が止まった。
どうやら離宮に到着したようだ。
男に従って馬車から降りた先に見えたものは塔であった。
「なっ!!! なんだこの場所は!?」
塔の周りは一面の森の中。
「ここが貴男の終の棲家となる場所です。中を案内いたしますので付いてきてください」
二の句が継げぬ状態の私を男が促す。乳母と共に先導され、不気味な階段を上り続けた。階段の小窓には全て鉄格子が掛かっている。逃げることの出来ない場所だ。上り続けて、漸く、男の足が止まった。目的地についたようだ。男が重厚な扉を開けて中に入るように手招きする。
「ここは……」
「これから過ごしてもらう部屋です」
やはりそうか。
豪華さなど一欠けらもない、最低限の部屋。
政治的に失脚した王族が入れられる場所なのだろう。
離宮での幽閉ではなく、塔での監禁。父上は御存じなのだろうか。いや、私を決して許さないという表明なのだろう。
「そういえば、フリッツ様を誑かした女ですが、結婚したようですよ」
……は?
けっこん?誰が?あの女?まさか……ミリーのことか?
「今度は第二王子派閥の侯爵家にすり寄ったようです。愛に生きると宣言した割には数日と持たなかったようですね。権力を持つ金持ちなら老人でも構わないとは、節操のない事だ」
そんな…まさか!!!
ミリーはどんな私でも愛していると言っていた。地位や名誉ではない、私自身を愛しているのだと……。引き離された時も、どんなことになろうとも私について行くと言ってくれたのだ。
「嘘を言うな!!!」
叫ぶ私を無視して男は立ち去った。
あの無礼な男は嘘をついている。
そんなはずは無いのだから。
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