伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

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39.精神科医side ~問題の患者3~

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「だって、変なの。皆、おかしいの」

「何がおかしいんだい?」

「う~ん……と」

 言語化できないのだろう。
 感情のまま行動する患者の性質から考えるに、理屈でなく感覚でソレを感じ取ったのかもしれない。

「子供達に何か嫌なことを言われたのかい?それとも無視されたとか?」

「ううん……」

 首を横に振って否定する少女。
 しかし、そのまま次の言葉が続かない。私は辛抱強く待った。

「あの……ね」

「うん」

「……えっと……」

 なかなか言葉が出ない。
 私は少女の頭に手を置いて優しく撫でた。
 少女は一瞬、驚いたが、すぐに気持ち良さそうに目を細めた。

「ゆっくりでいいよ。時間はあるから」

「……うん」

 それから少女の言葉を待つ。少女は少し考えてから口を開いた。

「うまく言えないけど、変だったの」

「うん」

「前と違ってた。同じことを言ってるのに、ちがくて……」

「うん」

「……それが何だか……怖かった……」

「そうか。怖かったのか」

「うん、いつもニコニコしてる団長のおじさんもね、笑顔が違うの。同じなのに違ってたの」

「そうか。それは怖かったね」

「うん、こわかった……」

 ポロポロと涙が落ちる。
 少女は声を出さずに静かに泣く。

 元々感受性が高い子なのだろう。

 彼女が伯爵家に居た頃は伯爵自身が騎士団に何かと寄付をしていたようだ。
 親元に帰されてからソレが無くなった。
 当然といえば当然だが、少女には訳が分からなかったのだろう。
 騎士団の人々から発せられる空気。
 その違いを少女は敏感に感じ取ったのだろう。

「もう大丈夫だよ」

 私は少女の頭を優しく撫でる。

「うん」

 催眠療法により少女は気持ちを落ち着かせる事ができた。
 しかし、根本的な問題解決にはならない。




 

「伯爵夫人の影響でしょうか?」

「だろうね。夫人の存在は大きいよ」

「優しい虐待ですね」

 その通りだ。
 伯爵夫人も酷なことをしたものだ。
 幾ら従兄の娘だからといって。
 いや、夫人を責めることはできない。
 だが、せめて線引きはしておくべきだった。
 可愛がっていたのなら余計にソウすべきだった。
 少女は何もかもが中途半端だ。
 伯爵家での立場も、実家での立場も。

「伯爵家での生活が長すぎたせいでしょうか?患者が親とのコミュニケーションが上手く取れないのは……」

「それもある。父と娘だしな」
 
 伯爵夫人は少女を娘の代わりにしていたようだが、良き母親ではなかった。客観的に見ると、まるでお気に入りのペットを可愛がるようなやり方だ。

 甘やかすだけ甘やかして、ポイ捨てか。

 叱ることのない、望むものを与え続けた結果がコレか。
 砂糖菓子のように甘い日々が彼女の認識を狂わせたのか。それとも伯爵夫人が望む娘像を演じていたせいか。今となっては分からない。

 好きな物を当たり前に与えられ続けた生活。
 少女は伯爵家での生活が忘れられない。甘やかされ、ちやほやされ、贅沢し放題だった頃に戻りたい。きっとその頃の体験が忘れられないのだろう。
 
 これは後日、判明したことなのだが、伯爵家と関わることになったあらましや今までの生活環境、家庭環境に至るまでの聞き取りをした結果、患者の母親に原因があると分かった。


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