伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

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32.エンビーside ~入学試験~

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 お父さんに頭を押さえつけられた。

「申し訳ありません」

「いいんですよ、副団長。子供同士の喧嘩なんてよくあることなんですから」

「それでも……」

 どうして私が謝らないといけないの?
 私は何も悪くないのに。
 お父さんに一生懸命説明したのに。
 お父さんも、誰も分かってくれない。

 無視されたのは私だよ?




「いいか、エンビー。ちゃんと人と会話をしたかったら相手の話にも耳を傾けないと。人はな、みんな色んなことを考えて生きているんだ。相手の話しを聞かずに自分の話しだけをするのはよくないことだ」

「……でも」

「エンビーだって嫌だろう?話しを聞いてくれない人は」

「……うん」

「だろ?なら――――」

 その後もずっとお父さんがグダグダと説教をしてきた。
 私はそんなお父さんの話を聞き流す。これもいつものことだった。

 一度だけお母さんが家に帰ってきたことがある。

『どうしてこうなったの』

『お母さん……?』

『何でもないわ。騎士団の人達と馬が合わないのは理解できるわ。お母さんも此処の人達と話しが合わなさ過ぎで辟易してたから』

『お母さんも?』

『当たり前でしょう。男達は汗臭いし、女達は生産性のない会話ばかり。エンビーはお母さんに似て頭が良いから余計に話しが合わなかったのね。でもね、エンビー。此処で暮らしていく以上はある程度の妥協が必要なの』

『妥協……』

 我慢するってことよ、とお母さんは言う。
 納得できないことでも我慢しなければいけないのが社会だって。
 騎士団は特に集団生活が基本なんだから、と。

『エンビーはまだ子供だから……そうね。もう少し大きくなったら理解できるかもしれないわね』

 お母さんは優しく私の頭を撫でてくれた。

『今は我慢しなさい』

 私は頷いた。

『勿論、ずっとなんて言わないわ。エンビーも十二歳なんだし、来年に向けて準備をしないとね』

『来年?何かあるの?』

『嫌だわ。エンビーは王立学園に入学するのよ?』

『学園……?』

『そう。お母さんも昔に通ったのよ』

 それから、お母さんは色々なことを話してくれた。
 学園のこと、授業のこと。
 話している時のお母さんの目はキラキラと輝いていた。

『エンビーは来年に向けて入学試験の勉強をしなきゃね』

『う、うん……でも、試験って難しいの?』

『いやね。エンビーはお母さんの子なんだから楽勝よ』

『うん。楽勝だよね』

『じゃあ、来年までに色々と準備をしないと。頑張るのよ』

 それからお母さんは直ぐに王宮に行ってしまった。
 試験か……。
 頑張れって言われたけど、何をどう頑張るの?
 よく分かんないけど、お母さんが大丈夫だって、楽勝だって言うんなら心配することなんて何もない。
 全部、お母さんが何とかしてくれる。
 そうでしょ?



「え?うそでしょう……?私の娘なのに……」

「お母さん?」

「ない……」

「どうしたの?」

「エンビーの名前が何処にもない……」

 合格発表だからって連れてこられた場所。
 大きな掲示板に張り出された紙。
 お母さんが言うには、ここに試験の合格者の名前が張り出されているらしい。

「え、エンビーの名前……ないの?」

 だって私は合格の筈でしょう?
 お母さんが言ってたんだよ?
 私は合格間違いなしだって。

「そんな……どうして……」

 お母さんは愕然としていた。
 私はお母さんが何でそんな顔をしているのか分からなかった。
 だって、お母さんは凄く頭の良い人なんだから。
 だからお母さんの娘の私が落ちるわけがない。
 そう言っていたんだから。

「何かの間違いよ」

 ボソリと呟かれた声に私は気付かなかった。
 ただ、掲示板の前で喜んでいる人達や悲しんでいる人達を見て首を傾げるばかり。

「おめでとう」って褒められている子がいる。
「また次がある」と言われて慰められている子がいる。

 私にはどちらもなかった。
 なんで……?

 



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