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19.中途半端な人
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『彼らに責任を持ってもらう』
父のことです。
きっと騎士団にも伝えているはず。
……彼らは父の言葉をどこまで理解しているのやら。
ラース副団長夫妻も本当に理解しているのやら。
エンビー嬢を実子同然に可愛がっていた母。
例えそれが愛玩動物としてでも、母は間違いなく彼女を愛していた。
その母の愛が間違っているなどと誰が言えるだろうか。
父もそう。
母の行動を止めることもなかった。
「これから大変でしょうね」
「エンビーのことですか?」
馬車の窓から外を眺めて呟けば、向かいに座っているフィデが反応した。
「ええ。彼女とその両親。騎士団にね」
「騎士団もですか?」
「お父様達が騎士団に差し入れしていたでしょう?」
「はい。奥様は兎も角、旦那様は騎士団に何かと寄付をしていました。それですか?お嬢様が危惧していらっしゃるのは」
「ええ」
「旦那様は金銭的な援助はなさっていません。武具や馬を支給しただけですよ」
「そうでしょうね。でも、ある意味それも問題よね」
「?」
「お父様が寄付したのは武具と馬だけとはいうけれど、それだって大したものだわ。金銭ではない分だけ、逆に分かりやすいし……。それに、寄付も個人ではなく騎士団全員だもの」
「新しい武具に名馬。騎士団は旦那様の寄付を有難いと感じ入っていることでしょう」
「そうよ。だから、これから大変だと思ってね。お父様は寄付をすることを止めるのよ?今まで当然だと享受していたものが無くなる。彼らは何をもってその穴を埋めるのかしら」
「……確かに、旦那様が寄付を止めてしまうと、今までのようにはいかず、それを補うことをしなければなりませんね」
「ただでさえ、騎士団への寄付は年々減っているというのに……。国からの予算も削減されている中で、その穴埋めは大変なことでしょうね」
「旦那様に甘やかされた騎士団が、誰に牙をむくか……ですね」
「流石にそこまではしないでしょう。寄付は、個人や団体の善意ある行動。騎士団もその辺は心得ているでしょうね」
「そうですね」
「でも、一個人の騎士となると話しは違ってくるわ。どうして急に寄付が無くなったのか、って。今まで寄付をしてくれていたのに、何故急に止めてしまったのか、って。そう考え始めるでしょうね」
「では、その矛先は……」
「ええ。ラース副団長、その家族」
「お嬢様……」
きっと父はこうなることを予想していた。
だから、寄付をすることを止めた。
もう寄付する必要性はないと判断したことにも起因しているんでしょうけど。
「副団長夫人は、まだ王宮に?」
「はい。王宮に滞在し続けています」
「ご自分の娘の不始末を知らないのかしら?」
「それはありません。夫妻両方に、旦那様から通達したはずです」
フィデはニコニコと笑顔で答えた。
その笑顔に、私は思わず溜息をもらす。
「そう。なら、副団長夫人は知っているのね」
「はい。知っていて、夫と娘の傍にいないようです。外出許可の申請すらしていません」
「家族の元に帰る気は無いということかしら?」
「そのようです。王子殿下の教育の方が大事と申しております」
「そう……。可哀想に」
母親に見捨てられた娘か。
妻に見限られた夫か。
「副団長も気の毒ね。ただでさえ五年も離れて暮らしているのに。難しい年頃の娘と二人きりでの暮らしになるなんてね」
「はい。ただの片親とは少々事情が異なりますので」
「そうね。普通の片親なら何かしらの支援や補助もあるでしょうけど。それが無いに等しい状況ですもの」
「はい」
「副団長夫妻は離婚する気はないのかしら?」
「お嬢様、それはかなり難しいかと」
「そう?」
「はい。夫人の方が拒否するでしょう」
あら、意外。
嬉々として離婚届にサインしそうなものなのに。
「夫人は元々平民出身です。親は医者ですが、町医者で、貴族との伝手などありません。副団長と別れることになれば、夫人に貴族の伝手は皆無になります。流石に貴族の関係者でない者が王子殿下の教育係はできません」
「そうよね」
「はい。世間体を考えても断るでしょう」
夫と娘を切り捨てた割には中途半端な真似をしているのは、そういうこと。
夫人にとって貴族出身の夫は、別れたところでデメリットだらけということね。
末端といえども貴族なのは間違いない。
夫と離婚してしまえば、その伝手は使えなくなる。それは夫人にとって大きな痛手。
王家から信頼されている女性でも、平民出身者を妻に迎え入れる貴族は少ない。
再婚ともなれば更に。副団長夫人もその辺りは重々承知しているからこそ、離婚に踏み切れないんだわ。
「副団長は大丈夫かしら?」
五年は長い。
親子の空く月日としては十分すぎる程に。
その空白を、副団長はどうやって埋めるのかしら。
「お嬢様、そろそろ到着します」
フィデの言葉に私は窓から外を眺めた。
公爵邸の門の前で馬車は止まる。
私は先に降りたフィデの手を取り、ゆっくりと馬車から降りた。
「お帰りなさいませ」
出迎えてくれたのは公爵家の執事長だった。
父のことです。
きっと騎士団にも伝えているはず。
……彼らは父の言葉をどこまで理解しているのやら。
ラース副団長夫妻も本当に理解しているのやら。
エンビー嬢を実子同然に可愛がっていた母。
例えそれが愛玩動物としてでも、母は間違いなく彼女を愛していた。
その母の愛が間違っているなどと誰が言えるだろうか。
父もそう。
母の行動を止めることもなかった。
「これから大変でしょうね」
「エンビーのことですか?」
馬車の窓から外を眺めて呟けば、向かいに座っているフィデが反応した。
「ええ。彼女とその両親。騎士団にね」
「騎士団もですか?」
「お父様達が騎士団に差し入れしていたでしょう?」
「はい。奥様は兎も角、旦那様は騎士団に何かと寄付をしていました。それですか?お嬢様が危惧していらっしゃるのは」
「ええ」
「旦那様は金銭的な援助はなさっていません。武具や馬を支給しただけですよ」
「そうでしょうね。でも、ある意味それも問題よね」
「?」
「お父様が寄付したのは武具と馬だけとはいうけれど、それだって大したものだわ。金銭ではない分だけ、逆に分かりやすいし……。それに、寄付も個人ではなく騎士団全員だもの」
「新しい武具に名馬。騎士団は旦那様の寄付を有難いと感じ入っていることでしょう」
「そうよ。だから、これから大変だと思ってね。お父様は寄付をすることを止めるのよ?今まで当然だと享受していたものが無くなる。彼らは何をもってその穴を埋めるのかしら」
「……確かに、旦那様が寄付を止めてしまうと、今までのようにはいかず、それを補うことをしなければなりませんね」
「ただでさえ、騎士団への寄付は年々減っているというのに……。国からの予算も削減されている中で、その穴埋めは大変なことでしょうね」
「旦那様に甘やかされた騎士団が、誰に牙をむくか……ですね」
「流石にそこまではしないでしょう。寄付は、個人や団体の善意ある行動。騎士団もその辺は心得ているでしょうね」
「そうですね」
「でも、一個人の騎士となると話しは違ってくるわ。どうして急に寄付が無くなったのか、って。今まで寄付をしてくれていたのに、何故急に止めてしまったのか、って。そう考え始めるでしょうね」
「では、その矛先は……」
「ええ。ラース副団長、その家族」
「お嬢様……」
きっと父はこうなることを予想していた。
だから、寄付をすることを止めた。
もう寄付する必要性はないと判断したことにも起因しているんでしょうけど。
「副団長夫人は、まだ王宮に?」
「はい。王宮に滞在し続けています」
「ご自分の娘の不始末を知らないのかしら?」
「それはありません。夫妻両方に、旦那様から通達したはずです」
フィデはニコニコと笑顔で答えた。
その笑顔に、私は思わず溜息をもらす。
「そう。なら、副団長夫人は知っているのね」
「はい。知っていて、夫と娘の傍にいないようです。外出許可の申請すらしていません」
「家族の元に帰る気は無いということかしら?」
「そのようです。王子殿下の教育の方が大事と申しております」
「そう……。可哀想に」
母親に見捨てられた娘か。
妻に見限られた夫か。
「副団長も気の毒ね。ただでさえ五年も離れて暮らしているのに。難しい年頃の娘と二人きりでの暮らしになるなんてね」
「はい。ただの片親とは少々事情が異なりますので」
「そうね。普通の片親なら何かしらの支援や補助もあるでしょうけど。それが無いに等しい状況ですもの」
「はい」
「副団長夫妻は離婚する気はないのかしら?」
「お嬢様、それはかなり難しいかと」
「そう?」
「はい。夫人の方が拒否するでしょう」
あら、意外。
嬉々として離婚届にサインしそうなものなのに。
「夫人は元々平民出身です。親は医者ですが、町医者で、貴族との伝手などありません。副団長と別れることになれば、夫人に貴族の伝手は皆無になります。流石に貴族の関係者でない者が王子殿下の教育係はできません」
「そうよね」
「はい。世間体を考えても断るでしょう」
夫と娘を切り捨てた割には中途半端な真似をしているのは、そういうこと。
夫人にとって貴族出身の夫は、別れたところでデメリットだらけということね。
末端といえども貴族なのは間違いない。
夫と離婚してしまえば、その伝手は使えなくなる。それは夫人にとって大きな痛手。
王家から信頼されている女性でも、平民出身者を妻に迎え入れる貴族は少ない。
再婚ともなれば更に。副団長夫人もその辺りは重々承知しているからこそ、離婚に踏み切れないんだわ。
「副団長は大丈夫かしら?」
五年は長い。
親子の空く月日としては十分すぎる程に。
その空白を、副団長はどうやって埋めるのかしら。
「お嬢様、そろそろ到着します」
フィデの言葉に私は窓から外を眺めた。
公爵邸の門の前で馬車は止まる。
私は先に降りたフィデの手を取り、ゆっくりと馬車から降りた。
「お帰りなさいませ」
出迎えてくれたのは公爵家の執事長だった。
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