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~第一章~
9.噂
しおりを挟む「お客さん方、着きましたぜ」
御者が声をかけてきた。
いつの間にか目的地に着いたみたいだ。考え事をしていたからか、何だか随分早く到着したように感じる。
次々と馬車を降りる準備を始める客たち。
急ぐ必要はない。
後ろの席に座っている僕は最後に降りればいい。
そう思い、窓の外を見ると、そこにはどこまでも続くかと思われるような壁があった。
「すげぇ……」
「これ全部国境の壁だとよ」
「マジか?!」
「最近密入国者が増えてるって話だからな。そのために造ったんだと」
「ヒェッ!」
「わざわざ造るかね?」
「それだけ増えてるんだ。密入国者のせいで治安が悪くなった町まである位だからな。政府がピリピリしてんだろうよ」
「お偉いさんたちは大変だね」
他の客たちは口々に感想を言いながら馬車を降りて行く。
「おや?坊主は一人か?」
御者に声をかけられた。
「はい」
「ここから先は別の国だ。坊主は南の国の人間か?」
「いえ?違いますが?」
「なら……何でまた……」
「? 旅行です」
「旅行?」
「はい。準成人になったので色んな国に旅に出ようかと」
「そうか……。なら、坊ちゃん。気を付けて行きな。ここ数年、南の国はな……ちょっと変なんだ」
「変?」
「……詳しくは知らないが、山賊やら強盗団やらが増えているって話だ。国の治安悪化で、うちの国に逃げ込んできている奴までいる。だからこんな壁ができちまってんだ。とにかく物騒だという事しか分からん。だが、その割には経済は好調だ。商人からは喜ばれている。まあ、実態がよく分からないというのが本当のところだ。坊ちゃんより先に降りた連中も言ってただろ?政府がピリついてるって話。あれは多分だが本当だろう。政府関係者も調査中だ。だからな、表通りの方しか行くなよ。間違っても現地の住人とは必要以上に近づかない方がいい」
「忠告ありがとうございます」
僕は素直にお礼を言う。
旅をする上でこういう情報は貴重だ。
知らないうちに何らかの犯罪に巻き込まれるケースだってある。
「いいってことだ。俺は仕事柄色々な人を乗せてる。色んな話を聞くんだ。表から裏。ゴシップ話と色々な。それで分かった事がある。噂をバカにできないってな。一見、まったく違う噂だって元をたどれば同じだって事が多々ある。その逆に関係がある噂が実は全くの別物だって場合もな」
「……」
「俺の経験上、情報には必ず何かしらの事実が含まれている。それは嘘かもしれないし、誇張されている事もあるが、全てがデマという訳じゃない。国をまたいで旅をするなら、どんな些細な事でもいい。噂には耳を傾けておいた方が賢明だぞ」
「ご親切にどうも」
「じゃあな」
「はい。ありがとうございました」
礼を言うと、照れくさそうに御者は笑い、そのまま馬車を走らせていく。
僕は御者の話を噛みしめながら、検問所へと向かい、荷物検査を受けた。
「はぁ~」
国境を抜け、宿についた所で大きく伸びをした。
やっと着いたって感じだ。
まあ、旅は始まったばかりだけど。国を出たってだけで気分は違う。
『ありゃあ、ただの旅芸人じゃねえ』
食堂のオヤジの言葉を思い出す。
ジャコモが来てから経済状況が良くなった田舎町。
『商人たちは用心棒を連れて南に出店してる』
御者からの忠告。
それらを合わせると一つの可能性が浮上する。
宿屋の本来の主人ロイが遺書も残さずに自殺した理由はそれだろう。
食堂のオヤジの話を聞いた時からあった疑念がようやく確信へと変わった。
ジャコモは何処かの間者だ。
エル達はジャコモにとって甘い蜜のようなものだ。
何処まで情報を持っているかは分からないが、彼女達を通して国の中枢に潜り込むことは可能だろう。
少し悪い事をしたかも。
辻馬車に乗る前、彼女達の関係者に手紙を送った。
他意はない、といえば嘘になる。僕としては、ちょっとした意趣返しのような気持ちだった。断じて密告文ではない。
受け取った相手は違うかもしれないな……。
彼女達の保護者は絶対に事の真相を調べる筈だ。
例の宿屋、その周辺を徹底的に。
なら、ジャコモの正体がバレるのも時間の問題。
策士策に溺れるとはこの事だろう。
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