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~第一章~

7.宿屋の評判1

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「あの宿屋の主人はトンデモナイさ。あんたもお姉さん達があの男のにかかる前にここを立ち去った方が身のためだ」

 街の食堂のオヤジに忠告された。
 
「え……と? それはどういう意味?」
 
 最初は意味が分からなかった。
 それはそうだろう。
 宿に設置されているのは最新式の風呂やトイレ。
 掃除が行き届いている上に、昨日食べた夕食も絶品だった。
 まあ、宿の男が主人を除いて自分しかいない点は「アレ?」とは思った。それでも、どちらかというと外装だけじゃなく内装も女好み。料金だって都心部並みの設定。何が言いたいのかというと、旅人やギルド相手に商売するにはちょっとな……。これがリゾート地なら分かるけど、といったものだった。

「坊ちゃん、あそこの宿が女しかいない事におかしいって気付いてるだろ?」

 声を潜めて話すオヤジは周囲にあまり聞かれたくないのが分かる。

「あの宿、何かあるの?」

 僕の質問に何とも言えない……本当に何とも言えない顔でオヤジは静かに話し始めた。

「宿屋の主人は本来あの男なんかじゃない。ロイという名前の男だ」

「ロイさん?」

「ああ、そうだ。ロイの奴は若くして両親から受け継いだ宿屋の仕事をそりゃ頑張ってたぜ。美人の奥さん貰って、夫婦二人で二人三脚で宿を切り盛りしてたもんさ。子供はいなかったが、そりゃあ、仲の良い夫婦だった。この食堂にもよく食いにきてたぜ。それがあんなことになっちまうなんてな」

 オヤジの話では、宿屋に泊まりに来た旅芸人の一人だったジャコモと宿屋の奥さんはいつの間にか恋仲になった。旅芸人が去った後も、夫の目を盗んで二人は密会を重ねていたらしく、遂に奥さんは子供を身籠ってしまう。

「ロイの奴はそりゃあ、喜んだ。自分の子供だって思ってたからな。結婚してかなり経つ。漸く授かった我が子だって言ってな」

 この時点では奥さんもどっちの子供かは分からなかったらしい。

「俺は子供が出来たって聞いた時、真っ先にあいつの子供じゃないかと思ったぜ」

「二人の関係は有名だったの?」

「いや、そういう訳でもない。ただ、ロイの奥さんが妙にウキウキしていた時があった。酒場の二階で奥さんに似た女が男と一緒だったっていう奴もいた。俺も一度、奥さんが綺麗に着飾ってどっか行くのを見かけたことがあってな……」

 その時は深く考えなかった。ただ「珍しい」としか思わなかったらしく、ロイに「妻が妊娠した」と報告されるまで忘れていたそうだ。
 
「俺の他にも怪しんだ奴がいたんだろうな。今よりもずっと小さな町だった頃だ。特に女たちにとっちゃあ、格好の噂の的になってたらしい」

 噂と言うのは、「宿屋の女将さんの胎の子は実は浮気相手との子供なんじゃないか?本当はロイの子ではないんじゃないのか?」 という内容だった。
 まあ、それは仕方ないだろう。
 知っている人は知っていたんだろう。きっと前から噂にはなっていた筈だ。オヤジから聞くロイさんは「良い人」だ。誠実で真面目で働き者。この町の人達はロイさんのために口を噤んでいた事は容易に想像できる。

「そんな噂があったからなのか。奥さんは蒸発しちまった。気付いたロイが捜索届けを出し、俺たちも探し回ったが見つからずじまいだ」

 ――二年後、ロイは首を吊った。
 自宅でもある宿屋で、だ。

 


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