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その後
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少しだけ開けた窓から静かな風が入ってきた。暑すぎず、冷たくないそれは、心地よさを与える。けれど、ローラは表情を歪め、手に持っていたフォークをテーブルに置いた。
「…どうしたんだい?」
「なんだか食べたくなくて。料理長には申し訳ないですが、下げてもらいます」
ローラの言葉にライルは眉間にしわを寄せる。音なく立ち上がり、ローラに近づいた。左手で自身の額に、右手でローラの額を触る。
「熱は…ないようだね。でも、体調が悪いなら休んだ方がいい」
「いえ、体調が悪いというわけではありませんわ。もしかしたら食べ過ぎたのかもしれませんね」
「昨日だって、あんまり食べてないじゃないか」
腰を曲げてライルはローラと視線を合わせる。心配しているのがわかって、ローラは小さく笑った。
「笑っている場合じゃない」
「でも、嬉しくて」
「そんなことで喜ばれるなんて心外だな」
どこかすねたように言うライルに、ローラはまたくすくすと笑う。
「また笑って、まったく。…何か食べれるものはないのか?」
「そうですね。…さっぱりしたものなら」
「わかった。買ってこさせよう」
「いえ、その必要はありません」
2人の会話に割って入るようにエドが声を出した。ローラの前に手に持っていたものを置く。
「奥様。こちらなら食べられるのではないでしょうか」
目の前には食べやすいようにカットされたグレープフルーツ。ローラが頷くことを疑いもしない表情のエドに、またローラの顔に笑みが浮かぶ。
「さすが、エドね。ありがとう。これなら食べられるわ」
「……エド、ありがとう」
「いえ、お礼には及びませんよ、ライル様。奥様のためですから」
にこりと笑う笑みが黒い。結婚をしてから1年も経つというのにこの2人の関係は変わらないらしい。ローラは微苦笑を浮かべながらグレープフルーツを1つ口に運んだ。甘酸っぱいそれが口の中に広がる。先ほどまでの気持ち悪さは感じられない。
嬉しそうに食べるローラにどこか不満げにライルが言った。けれど、それがやきもちから来ているものだとわかるので、ローラはにこりと笑う。
「ローラ、それを食べたら、部屋で休んだ方がいい」
「いえ、体調が悪いわけではないんです。ただ、食べられないだけで」
「でも、少し前からずっとそんなことを言っているじゃないか」
「奥様、不調ではないなら、簡単な運動はした方がいいかもしれません。自然を楽しみながら散歩はどうでしょうか?」
「いいわね」
自分の言葉を無視してローラに提案をするエドを睨むように見る。
「いや、原因がわかっていないんだ。むやみに外に出ない方がいい」
「もう、ライル様。大丈夫だって言っているのに」
「大事を取るに越したことはないよ。ローラは俺の大切な人だからね」
「ライル様」
ライルの言葉に頬が赤くなる。そんな反応が可愛くて、ライルの頬は緩んだ。
「…奥様、気づいてないんですか?」
「え?何の事?」
「…」
エドの問いかけにローラは首を傾げた。同じようにライルも怪訝そうな顔でエドを見る。そんな2人を見て、エドは少しだけ考えた。しかし、すぐに笑みを浮かべる。
「いえ、何でもありません」
「エド?」
「心配しないでください。それより、食べ終わったら、散歩に行きましょうね」
「おい、エド。勝手なことをしなくていい」
イラつきながらライルが言った。そんなライルを見て、エドが応える。
「大丈夫ですよ、ライル様。俺がついてますから」
「…ついてるからなんだよ」
「もしふらついたとしても、俺なら、奥様を持ち上げるくらいたやすいので」
エドは執事兼護衛である。細身の身体だが、筋肉の使い方が上手いのか、その見た目では考えられないほど力があった。
ライルは言葉を失う。執務室で書類と向き合うことが多いライルは力仕事が苦手だった。エドと比較し、力がないことを気にしている節がある。
「エド、そのくらいにして」
「かしこまりました」
「ライル様もそんなことで落ち込まないの」
「そんなこと、じゃない」
「もう。子どもみたい」
「…」
「ライル様。すぐに片づけなくてはならない書類があると言っていませんでしたか?」
「そうだが…」
「私は大丈夫です」
安心させるようにローラが笑みを浮かべる。どこか悔しさを感じながらライルは頷いた。
「すぐに終わらせる」
「お待ちしていますわ」
「あと、体調が悪くなったらすぐに医者を呼ぶこと」
「承知しました」
善は急げとライルは朝食を食べ終え、自身の執務室に向かった。どこか走り出しそうな後ろ姿にエドが悪い笑みを浮かべている。
「エド、こっち」
ローラは手招きする。エドはすぐにローラの横に立った。
「どうされました?」
「あんまりからかわないであげて。ああ見えて落ち込みやすいのよ、ライル様は」
「今までの復讐ですからね。手は出さないのでこれくらい許してください」
「もう。拗ねたライル様の機嫌を直すの大変なんだからね」
「本当に奥様が嫌なら辞めますが、そうではないのでできるところまでは復讐させてもらいますよ」
「…完全に反論できないところが弱いところね」
微苦笑を浮かべるローラ。そんな表情からも「幸せ」が伝わり、エドは自分のことのように嬉しくなる。
「さて、あと少ししたら、散歩にいきましょうか?」
「ええ、天気もいいし、きっと気持ちいいわね」
長い髪を揺らす風は心地よく、陽の光は暖かい。最近の体調の悪さが改善されるようで、ローラは両手を大きく伸ばした。今まででは考えられなかったローラのしぐさにエドは嬉しそう微笑む。
「ところで、エド」
「何でしょうか?」
「さっき何を隠したの?」
「…わかりましたか?」
「わからないと思った?」
「いいえ」
そう言ってエドは斜め右上を見た。視線に目標物を確認し、口角を上げる。一歩ローラに近づいた。耳に口を近づける。
その近い距離に拳を握りしめる者がいた。ライルである。ローラとエドがいる場所は、ライルの執務室からよく見えた。
書類の整理をしていたライルがふと外を見ると飛び込んできたのは寄り添う2人の姿。2人の関係をしているものの、遠くから見ると仲睦まじく見えた。自分の中の苛立ちが育つのを感じながら、なんとか落ち着こうと深呼吸を一つする。視線を書類に戻そうとした。
けれど、再び視線に入ったのは、にやりと黒い笑みを浮かべるエドだった。ローラに急接近するエドに耐え切れなくなり、ライルは音を立て、執務室を飛び出した。
「……え?…本当に?」
「自覚は?」
「…言われてみれば、あるかもしれないわ」
「よかったですね」
エドの嬉しそうな表情にローラは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「それ以上近づくな」
穏やかな雰囲気に急に入ってきた低い声。振り向けば、息を切らしたライルがそこにいた。ローラは驚いて目を丸くする。
「ライル様?どうしてここに?」
「ローラ、行くぞ」
ライルはローラの腕を掴んだ。強引に自分の方に引き寄せようと腕を引く。その乱暴な動作にローラは慌ててもう一方の腕でエドを掴んだ。
そんなローラの行動が、ライルにはスローモーションのようにゆっくり見えた。ライルはエドに伸びているローラの腕を見る。
「……やっぱり、エドがいいのか?」
小さく、けれどしっかりと届く声でそう呟いた。そんな言葉にローラは苦笑を浮かべる。
「あなたは、バカですね」
エドから手を離し、両方の手でライルの頬を包み込んだ。言い聞かせるように伝える。
「私が、ライル様以外を愛したことがありますか?」
触れる様なキスを送った。小さなリップ音が響く。その音に我に返ったのか、ライルはローラの背に腕を回した。
「バカなことを言った。すまない」
「本当ですよ。私が愛している人を一番知っているのはライル様でしょう?」
「ああ」
「一応謝っておきます。少し、やり過ぎました」
エドはそう言って、本当に申し訳なさ程度に頭を下げた。その声色は低い。エドの感情が手に取るようにわかり、ローラは彼の名前を呼んだ。
「エド」
「詳しいことは奥様から聞いてください」
「…ああ」
「それでは俺は行きます」
そう言って2人に背を向ける。けれど、すぐに振り返った。言い忘れた、とばかりにライルを見る。
「それと、今後、どんなことがあっても、それが嫉妬からであっても、『お嬢様』に手荒な真似をしないでください。…二度目はないからな、旦那様」
区切るようにいった「だん、な、さま」に、苛立ちがこもっていた。それでも自分をまかせてこの場を立ち去ることができるほどには信頼しているのだろう。信頼しているのは、ライルを、ではなく、ライルを好きなローラを、だろうけれど。それでもその信頼が嬉しくて、ローラは場違いとわかりながらも微笑んだ。
「ライル様、エドの態度が悪く、申し訳ありません」
ローラの謝罪にライルは首を横に振った。
「いや、彼が正しいよ。乱暴だった。もう二度としないと誓う」
「その原因を作ったのはエドです。ライル様の執務室から見えるように計算したようですし」
「…エドと、何の話をしていたんだ?」
「不調の原因です。…それが…エドに言われて気づいたのですが、その……最近、月のものが来ていなくて」
「月のもの?」
「あの…えっと、ですね…」
ローラはそう言いながら自身のお腹を触った。擦るようなしぐさにライルは勢いよく顔を上げる。ライルと目が合うと、ローラははにかむように笑った。
「え?え?…俺の…子?」
「はい」
「最近、気持ち悪くなること、柑橘系のものを欲しがることから、察しがついていたようです。侍女にも聞いたようで。もちろん、お医者様に確認しないとですが、おそらく間違いはないかと」
「……ローラ、あの、乱暴にしないから、その、抱きしめてもいい?」
恐る恐る尋ねるライルにローラは大きく頷いた。
「もちろんですわ。抱きしめてください」
ローラは手を広げ、ライルの抱擁を待つ。一拍置いて、ライルはローラを抱きしめた。痛みを感じるほど強い抱擁にローラの胸が熱くなる。
「ありがとう、ローラ」
「私こそ、ありがとうございます」
「身体を大切にしてくれ」
「もちろんですわ」
「…ああ、不思議だよ」
「何がですか?」
「もうすでに愛しい。まだ生まれてないのに、愛しくてしょうがない。俺たちの子だ」
生まれてもいないうちから親ばか宣言をするライルにローラはくすりと笑う。
「ライル様に似た男の子だといいですね」
「いや、君に似た女の子がいいな」
「どちらでもいいです。無事に生まれてきてくれれば」
「そうだね」
「楽しみですね、ライル様」
「ああ。…ねぇ、ローラ」
「何ですか?」
「愛してるよ。本当に心から」
「私もですわ」
まっすぐな愛の言葉に満面の笑みを浮かべた。あたたかな太陽の下、この世界で一番愛おしい人と寄り添い、我が子の話をできる、そんな瞬間が幸せだとローラは思った。
「…どうしたんだい?」
「なんだか食べたくなくて。料理長には申し訳ないですが、下げてもらいます」
ローラの言葉にライルは眉間にしわを寄せる。音なく立ち上がり、ローラに近づいた。左手で自身の額に、右手でローラの額を触る。
「熱は…ないようだね。でも、体調が悪いなら休んだ方がいい」
「いえ、体調が悪いというわけではありませんわ。もしかしたら食べ過ぎたのかもしれませんね」
「昨日だって、あんまり食べてないじゃないか」
腰を曲げてライルはローラと視線を合わせる。心配しているのがわかって、ローラは小さく笑った。
「笑っている場合じゃない」
「でも、嬉しくて」
「そんなことで喜ばれるなんて心外だな」
どこかすねたように言うライルに、ローラはまたくすくすと笑う。
「また笑って、まったく。…何か食べれるものはないのか?」
「そうですね。…さっぱりしたものなら」
「わかった。買ってこさせよう」
「いえ、その必要はありません」
2人の会話に割って入るようにエドが声を出した。ローラの前に手に持っていたものを置く。
「奥様。こちらなら食べられるのではないでしょうか」
目の前には食べやすいようにカットされたグレープフルーツ。ローラが頷くことを疑いもしない表情のエドに、またローラの顔に笑みが浮かぶ。
「さすが、エドね。ありがとう。これなら食べられるわ」
「……エド、ありがとう」
「いえ、お礼には及びませんよ、ライル様。奥様のためですから」
にこりと笑う笑みが黒い。結婚をしてから1年も経つというのにこの2人の関係は変わらないらしい。ローラは微苦笑を浮かべながらグレープフルーツを1つ口に運んだ。甘酸っぱいそれが口の中に広がる。先ほどまでの気持ち悪さは感じられない。
嬉しそうに食べるローラにどこか不満げにライルが言った。けれど、それがやきもちから来ているものだとわかるので、ローラはにこりと笑う。
「ローラ、それを食べたら、部屋で休んだ方がいい」
「いえ、体調が悪いわけではないんです。ただ、食べられないだけで」
「でも、少し前からずっとそんなことを言っているじゃないか」
「奥様、不調ではないなら、簡単な運動はした方がいいかもしれません。自然を楽しみながら散歩はどうでしょうか?」
「いいわね」
自分の言葉を無視してローラに提案をするエドを睨むように見る。
「いや、原因がわかっていないんだ。むやみに外に出ない方がいい」
「もう、ライル様。大丈夫だって言っているのに」
「大事を取るに越したことはないよ。ローラは俺の大切な人だからね」
「ライル様」
ライルの言葉に頬が赤くなる。そんな反応が可愛くて、ライルの頬は緩んだ。
「…奥様、気づいてないんですか?」
「え?何の事?」
「…」
エドの問いかけにローラは首を傾げた。同じようにライルも怪訝そうな顔でエドを見る。そんな2人を見て、エドは少しだけ考えた。しかし、すぐに笑みを浮かべる。
「いえ、何でもありません」
「エド?」
「心配しないでください。それより、食べ終わったら、散歩に行きましょうね」
「おい、エド。勝手なことをしなくていい」
イラつきながらライルが言った。そんなライルを見て、エドが応える。
「大丈夫ですよ、ライル様。俺がついてますから」
「…ついてるからなんだよ」
「もしふらついたとしても、俺なら、奥様を持ち上げるくらいたやすいので」
エドは執事兼護衛である。細身の身体だが、筋肉の使い方が上手いのか、その見た目では考えられないほど力があった。
ライルは言葉を失う。執務室で書類と向き合うことが多いライルは力仕事が苦手だった。エドと比較し、力がないことを気にしている節がある。
「エド、そのくらいにして」
「かしこまりました」
「ライル様もそんなことで落ち込まないの」
「そんなこと、じゃない」
「もう。子どもみたい」
「…」
「ライル様。すぐに片づけなくてはならない書類があると言っていませんでしたか?」
「そうだが…」
「私は大丈夫です」
安心させるようにローラが笑みを浮かべる。どこか悔しさを感じながらライルは頷いた。
「すぐに終わらせる」
「お待ちしていますわ」
「あと、体調が悪くなったらすぐに医者を呼ぶこと」
「承知しました」
善は急げとライルは朝食を食べ終え、自身の執務室に向かった。どこか走り出しそうな後ろ姿にエドが悪い笑みを浮かべている。
「エド、こっち」
ローラは手招きする。エドはすぐにローラの横に立った。
「どうされました?」
「あんまりからかわないであげて。ああ見えて落ち込みやすいのよ、ライル様は」
「今までの復讐ですからね。手は出さないのでこれくらい許してください」
「もう。拗ねたライル様の機嫌を直すの大変なんだからね」
「本当に奥様が嫌なら辞めますが、そうではないのでできるところまでは復讐させてもらいますよ」
「…完全に反論できないところが弱いところね」
微苦笑を浮かべるローラ。そんな表情からも「幸せ」が伝わり、エドは自分のことのように嬉しくなる。
「さて、あと少ししたら、散歩にいきましょうか?」
「ええ、天気もいいし、きっと気持ちいいわね」
長い髪を揺らす風は心地よく、陽の光は暖かい。最近の体調の悪さが改善されるようで、ローラは両手を大きく伸ばした。今まででは考えられなかったローラのしぐさにエドは嬉しそう微笑む。
「ところで、エド」
「何でしょうか?」
「さっき何を隠したの?」
「…わかりましたか?」
「わからないと思った?」
「いいえ」
そう言ってエドは斜め右上を見た。視線に目標物を確認し、口角を上げる。一歩ローラに近づいた。耳に口を近づける。
その近い距離に拳を握りしめる者がいた。ライルである。ローラとエドがいる場所は、ライルの執務室からよく見えた。
書類の整理をしていたライルがふと外を見ると飛び込んできたのは寄り添う2人の姿。2人の関係をしているものの、遠くから見ると仲睦まじく見えた。自分の中の苛立ちが育つのを感じながら、なんとか落ち着こうと深呼吸を一つする。視線を書類に戻そうとした。
けれど、再び視線に入ったのは、にやりと黒い笑みを浮かべるエドだった。ローラに急接近するエドに耐え切れなくなり、ライルは音を立て、執務室を飛び出した。
「……え?…本当に?」
「自覚は?」
「…言われてみれば、あるかもしれないわ」
「よかったですね」
エドの嬉しそうな表情にローラは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「それ以上近づくな」
穏やかな雰囲気に急に入ってきた低い声。振り向けば、息を切らしたライルがそこにいた。ローラは驚いて目を丸くする。
「ライル様?どうしてここに?」
「ローラ、行くぞ」
ライルはローラの腕を掴んだ。強引に自分の方に引き寄せようと腕を引く。その乱暴な動作にローラは慌ててもう一方の腕でエドを掴んだ。
そんなローラの行動が、ライルにはスローモーションのようにゆっくり見えた。ライルはエドに伸びているローラの腕を見る。
「……やっぱり、エドがいいのか?」
小さく、けれどしっかりと届く声でそう呟いた。そんな言葉にローラは苦笑を浮かべる。
「あなたは、バカですね」
エドから手を離し、両方の手でライルの頬を包み込んだ。言い聞かせるように伝える。
「私が、ライル様以外を愛したことがありますか?」
触れる様なキスを送った。小さなリップ音が響く。その音に我に返ったのか、ライルはローラの背に腕を回した。
「バカなことを言った。すまない」
「本当ですよ。私が愛している人を一番知っているのはライル様でしょう?」
「ああ」
「一応謝っておきます。少し、やり過ぎました」
エドはそう言って、本当に申し訳なさ程度に頭を下げた。その声色は低い。エドの感情が手に取るようにわかり、ローラは彼の名前を呼んだ。
「エド」
「詳しいことは奥様から聞いてください」
「…ああ」
「それでは俺は行きます」
そう言って2人に背を向ける。けれど、すぐに振り返った。言い忘れた、とばかりにライルを見る。
「それと、今後、どんなことがあっても、それが嫉妬からであっても、『お嬢様』に手荒な真似をしないでください。…二度目はないからな、旦那様」
区切るようにいった「だん、な、さま」に、苛立ちがこもっていた。それでも自分をまかせてこの場を立ち去ることができるほどには信頼しているのだろう。信頼しているのは、ライルを、ではなく、ライルを好きなローラを、だろうけれど。それでもその信頼が嬉しくて、ローラは場違いとわかりながらも微笑んだ。
「ライル様、エドの態度が悪く、申し訳ありません」
ローラの謝罪にライルは首を横に振った。
「いや、彼が正しいよ。乱暴だった。もう二度としないと誓う」
「その原因を作ったのはエドです。ライル様の執務室から見えるように計算したようですし」
「…エドと、何の話をしていたんだ?」
「不調の原因です。…それが…エドに言われて気づいたのですが、その……最近、月のものが来ていなくて」
「月のもの?」
「あの…えっと、ですね…」
ローラはそう言いながら自身のお腹を触った。擦るようなしぐさにライルは勢いよく顔を上げる。ライルと目が合うと、ローラははにかむように笑った。
「え?え?…俺の…子?」
「はい」
「最近、気持ち悪くなること、柑橘系のものを欲しがることから、察しがついていたようです。侍女にも聞いたようで。もちろん、お医者様に確認しないとですが、おそらく間違いはないかと」
「……ローラ、あの、乱暴にしないから、その、抱きしめてもいい?」
恐る恐る尋ねるライルにローラは大きく頷いた。
「もちろんですわ。抱きしめてください」
ローラは手を広げ、ライルの抱擁を待つ。一拍置いて、ライルはローラを抱きしめた。痛みを感じるほど強い抱擁にローラの胸が熱くなる。
「ありがとう、ローラ」
「私こそ、ありがとうございます」
「身体を大切にしてくれ」
「もちろんですわ」
「…ああ、不思議だよ」
「何がですか?」
「もうすでに愛しい。まだ生まれてないのに、愛しくてしょうがない。俺たちの子だ」
生まれてもいないうちから親ばか宣言をするライルにローラはくすりと笑う。
「ライル様に似た男の子だといいですね」
「いや、君に似た女の子がいいな」
「どちらでもいいです。無事に生まれてきてくれれば」
「そうだね」
「楽しみですね、ライル様」
「ああ。…ねぇ、ローラ」
「何ですか?」
「愛してるよ。本当に心から」
「私もですわ」
まっすぐな愛の言葉に満面の笑みを浮かべた。あたたかな太陽の下、この世界で一番愛おしい人と寄り添い、我が子の話をできる、そんな瞬間が幸せだとローラは思った。
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