声を聞かせて

はるきりょう

文字の大きさ
上 下
24 / 28

24 優しい目

しおりを挟む
 ユリウスはヴォルスを一瞥し、すぐに視線をハリオに戻した。
「ハリオ、お前は、そいつを連れていけ」
「でも…」
 ハリオは視線だけでヴォルスを見た。その表情からハリオの動揺が見て取れる。けれど、ユリウスは首を横に振った。
「俺が何とかするから。お前はそいつを早く連れていけ」
「…かしこまりました」
 ハリオはユリウスとヴォルスの双方に頭を下げると、マルカを押すようにしながら姿を消した。
 サーシャはマルカの背中を視線で追う。小さな背中がより、小さく見えた。
 マルカが一度、振り返る。虚ろな目でユリウスを見つめていた。その視界に入るのはおそらくユリウスだけだろう。ユリウスを見つめるその顔はただ、恋い焦がれる女のもの。
 ただ、ユリウスを好きなだけ。好きだから、好きすぎるから、壊れてしまった哀れな彼女に、サーシャの胸は苦しくなる。
「さっさと歩け」
 力の抜けたマルカの背をハリオが押す。2人の背中が離れて行って、見えなくなった。
「お嬢さん、彼女は罪人だ。そんな風に同情することはない」
「…ヴォルス将軍」
「ヴォルス将軍、貴殿はどうしてここにいる?それに、先ほど犯人と言ったな。どうしてそのことを知っている?…それに、お嬢さん?こいつと話したことがあるのか?」
 睨むようにユリウスはヴォルスを見た。けれどヴォルスは笑みを浮かべたままユリウスの問いに答える。
「質問ばかりですな」
「…それだけ貴殿の行動が不可思議ということだ」
「それは失敬」
「笑ってないで質問に答えろ」
 押さえた声に、苛立ちがにじみ出る。けれど、ヴォルスは落ち着いたまま答えた。
「まず、ここにいる理由ですが、それは本当に偶然です。ユリウス王子と話をしたいと思い、こちらに来たら何やら揉めていましたので顔を出しました」
「俺と話したいこと?」
「はい」
「…部屋に入れ」
 サーシャとユリウス、そしてヴォルスの3人は、サーシャの部屋に入った。扉を閉めるとユリウスはヴォルスの方を向く。ヴォルスは口を開く前に、サーシャを一瞥した。その視線の意味に気づき、ユリウスは先を促す。
「こいつは信用していい。話せ」
「…私はやはり、次期国王にはユリウス王子がふさわしいと思っております」
 静かな声だった。まっすぐユリウスを見るその目は、真剣そのもので、サーシャは思わず息を呑む。
「だから、何だ?」
「だから、もう周囲を惑わす行動は止め、適切な評価を受けていただきたい。本日はそれを伝えに来たのです」
「…さっきの女のことを犯人と言ったな。どうして知っている?俺も、こいつも、ハリオも口外していないはずだ」
 ヴォルスの切実な訴えに、ユリウスは答えなかった。けれど、ヴォルスは気にすることなく、ユリウスの問いに答える。
「ユリウス王子とお嬢さんがある日を境に、より一層、一緒に行動するようになりました。そして、王子は、かすかな物音がするたびに、剣に手を触れている。よく見れば、鴉たちも何やら探っている」
「…」
「だからわかったのです。お嬢さんを守らなければならないようなことが起こったのだと。そして、その犯人を探っている、と」
「そうか。…俺も詰めが甘い」
 ユリウスが自嘲的にそう言った。ヴォルスは首を横に振る。
「私でなければ見落としていた。それくらい王子の行動は完璧でした。…腕をあげましたね、王子」
「貴殿に気づかれたら意味がない。まだまだ未熟である証拠だ」
「いやはや、自分に厳しいですな。ところで王子、…あの娘、嘘をついているようには見えませんでした。もし、あの娘の言っていることがすべて本当だとするならば、あの娘を利用したものがいる。そうですね?」
 それは問いというよりは断言だった。
「貴殿には関係のないこと」
 強い口調でそう言い切った。そんなユリウスの背中に、サーシャはそっと手を置く。
 ユリウスはそんなサーシャを振り返り、見た。
「冷静に。…王子が教えてくれたことですよ?」
 サーシャは小さく笑みを浮かべる。そんなサーシャの様子に、ユリウスの肩に入った力が抜けた。
「…ああ。そうだな」
「王子。…ヴォルス将軍は、王子の味方です」
「何を言っている?…お前たち、どういう関係だ?」
「関係、などというほどのものはありません。ただ、お嬢さんとは少しだけ、お話をさせていただいたことがあるのです」
 ヴォルスの言葉にユリウスは怪訝そうな表情を浮かべた。
「…そんなこと、一度も聞いていない」
「いろいろあったので、お伝えし忘れていました。すみません」
 小さく頭を下げるサーシャ。そんな様子に、ユリウスは冷静さを取り戻す。
「いや。…なんでも報告しろ、とは言っていない」
「いえ、報告するべきでした。そして伝えるべきでした」
「何を?」
「…王子、私はまだヴォルス将軍と一度しかお話をしていません。けれど、私は将軍は王子の事を大切に思っている、と思います。ユリウス王子が思っているような方ではない、と」
「お前は何も知らないからそう言えるんだ」
 強い口調だった。それでもサーシャはひるむことなく続けた。
「ええ。何も知りません。何も知らないけど、知らないからこそ純粋に物事を見ることもできるんです」
「そんなことあるはずがない。俺が大切にされるなど」
「大切に思ってます。ヴォルス将軍もハリオ様も、…私も」
「…」
「だから、そんな悲しいこと、言わないで。…ヴォルス将軍は、王子のことを話すとき、少しだけ目が優しくなります。それは、大切な人を想うときの表情です」
「何を…」
「動物たちと過ごしているとわかるんです。どんな生き物も、愛するものの前では表情が優しくなる。目は誤魔化せません。…将軍にとって、王子は…たぶん、我が子のように大切な人」
 サーシャはヴォルスを見た。捉えどころのない笑みは完璧で、本音がどこに隠されているかはわからない。
「そうですよね?ヴォルス将軍」
 けれど、サーシャは確信を持って問いかけた。野生の動物たちは、どれだけ本能をむき出しにしても、子の声を聞くと、優しい目をする。ヴォルスの目は、動物たちのそれに似ていた。
「ヴォルス将軍」
 もう一度訴えるように名前を呼ぶ。
「……お嬢さんには、敵いませんな。王子も、…私も」
 観念したようにヴォルスは苦笑を浮かべた。その顔は作られていない本当のヴォルスの顔だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

たぶん、彼は悪魔。

はるきりょう
恋愛
 たぶん、彼は悪魔だ。天使の仮面をかぶった、意地の悪い悪魔。 「真央、重いでしょう?俺が荷物持つよ」  人前ではにこりと笑い優しくする。 「…なんで、俺がお前の荷物持たなきゃいけねぇんだよ。あ~、重い」  人がいなくなった瞬間に学園の王子様の仮面が一気に剥がれ落ちる。 ※小説家になろうサイト様に載せているものを一部修正しております。 ※正直、いつもより文章が拙いです。書きたいが先に出ている感じ。修正しましたが、治りませんでした。ご了承の上、お読みください。

処理中です...