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「優奈さん!なんで黙ってたんですか!!」
お昼の時間も惜しんで営業先に請求書を届けに行った優奈に、後輩の井上あかりは頬を膨らましてそう言った。時計は12時45分を指している。お昼休みはあと15分しかない。ここであかりの相手をしている時間はないが、そうはいきそうもなかった。
「えっと、あかりちゃん、何の話?」
「優奈さんにあんなに素敵な婚約者がいたなんて、知りませんでした!」
目をキラキラさせ、優奈を見ている。高校を出て働き始めたあかりはまだ19歳。「結婚」に憧れを抱いている歳なのかもしれない。そこまで思って優奈は首を傾げた。今、あかりは何と言っただろうか。
「…婚約者?」
「はい!」
「……誰の?」
「優奈さんの、に決まってるじゃないですか!」
照れ隠しだとでも思っているのか、至極楽しそうにあかりは言った。その周りで、他の男性職員も嬉しそうに笑っている。優奈の勤めている小さな職場は人間関係がとてもよく、一つの家族のような関係ができていた。結婚を喜ぶ親戚のおじさん、と言った様子で、優奈に笑みを浮かべており、係長にいたっては、親指を立て、「よくやった!」と声を上げた。
「…あかりちゃん、説明してもらってもいいかな?」
「もう、照れなくてもいいのに~。今日来たんですよ。優奈さんの婚約者が」
「…」
「お土産もらっちゃいました!優奈さんと仲良くしてねって。愛されてますよね~。しかも、このラスク、高いですよ。さすが、大企業に勤めている人は違いますね」
お土産だというラスクの箱を手に持ち、「ごちそうさまです」とあかりは笑った。職場が一気に和やかな雰囲気に包まれる。けれど、おそらく当事者であるはずの優奈だけが状況を把握していなかった。
「えっと…婚約者って誰かな?」
「優奈さん、寝ぼけてます?安達さんに決まってるじゃないですか!安達俊介さん。名刺もらいましたよ」
そう言ってあかりはその名刺を優奈に見せた。確かに見覚えのあるそれは俊介のものだった。優奈の彼氏。大企業のエリート街道を進む男。端正な顔立ちに優しい性格。家柄までいい「上の上」の男。そして優奈が別れたい相手。
「優奈さんに会いに来たみたいなんですけど、お昼過ぎちゃうかもしれないって言ったら、すぐに帰らなきゃいけないみたいで帰っちゃいました。なんか、顔見に来ただけだって。ラブラブですね!!」
そんな結婚、憧れますとさらに瞳を輝かせるあかりに優奈はただ苦笑いを浮かべた。さっと視線をずらし、時計を見る。13時までにはまだ5分あった。まだ話を聞きたそうな皆に謝り、控室に入る。1時間お昼を伸ばしていいと許可が出たため、ゆっくりとお弁当を食べることにした。しかし、それよりなにより、やらなくてはいけないことがある。
優奈は、鞄からスマホを取り出し、履歴の一番上を押した。
「優奈?」
2コールで出たのは優しい声。
「どういうこと?」
「何が?」
「今日、職場に来たでしょう?婚約者なんて嘘ついて」
できるだけ怒りを表現できるように低い声を出した。けれど、俊介は気にせずいつもどおりの優しい声で小さく笑った。
「ダメだった?」
「婚約なんてしてない」
「でも、するよね」
はっきりとした口調は断言だった。こちらが断るなど考えてもいない。
「…」
「それにもう、結婚しない。なんて言えないだろう?」
俊介に言われて、確かにそうだと思った。自分の口からは何も言っていないが職場のみんなは優奈が結婚すると思っている。しかも上玉と。結婚は嘘でした、とは言えない状態だ。
「俊介、いい加減にして。……私は、この前も言ったとおりわかれ…」
「ごめん、もう仕事行かなきゃ。電話、切るね」
「え?」
「じゃあね。あっ、そうだ。優奈」
「何?」
「愛してるよ」
耳元で囁かれたのは甘い声。その瞬間に通話を終了したことを知らせる音が耳に入った。誰もいない部屋で優奈は一人頬を赤く染める
「……どういうこと?」
現状に理解できないままただ茫然と立ち尽くしていた。腹の虫が空気も読まずに鳴った。そう言えばお昼を食べていないということを思い出し、ゆっくりした動作でお弁当を取り出す。水筒を取り出し、温かいお茶を飲んだ。自分の心が落ち着いてくるのを感じる。それと同時に現状を少しずつ理解し始めた。
「…周りから固めていこうとしてる?」
口から出た言葉に、自分で驚いた。あのなんでも手に入るはずのイケメンが、自分と結婚するために必死だとでも言うのか。そんなはずはない。けれど。そんなとき、スマホがバイブで揺れた。実家にいる妹からの着信だった。確か、今日は休みだと言っていたなと思い出す。そしてどこか嫌な予感。
「お姉ちゃん!」
電話に出た瞬間に叫ぶように言われた。先ほどのあかりと同じ反応なのは気づかないふり。
「どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフ!何、あのイケメン!」
予感は当たったようだ。その先を聞くのが怖い。けれど、時は止まることなく、妹の口も止まらない。
「婚約ってどういうこと?あんなイケメンとどうやって出会ったの?しかも勤め先大企業でしょう?どういうこと?今日、家に挨拶に来たんだけど。お母さんもびっくりしてる。ってか、なんで一人で来たの?どういうこと?」
妹のマシンガントークが一気に遠くに聞こえた。
「どういうこと?は私が聞きたい!!」
もう一度電話しようとしてやめた。電話ではのらりくらりやり過ごされてしまう。今日は夜、一緒にご飯を食べる予定になっている。どういうことか聞き出そう。そう決めて、妹の電話を何も言わずに切った。
「……私と、結婚する気?あのイケメンが?」
優奈が一番理解できなかった。けれど物事は勝手に進んでいる。後戻りができないところまで。
お昼の時間も惜しんで営業先に請求書を届けに行った優奈に、後輩の井上あかりは頬を膨らましてそう言った。時計は12時45分を指している。お昼休みはあと15分しかない。ここであかりの相手をしている時間はないが、そうはいきそうもなかった。
「えっと、あかりちゃん、何の話?」
「優奈さんにあんなに素敵な婚約者がいたなんて、知りませんでした!」
目をキラキラさせ、優奈を見ている。高校を出て働き始めたあかりはまだ19歳。「結婚」に憧れを抱いている歳なのかもしれない。そこまで思って優奈は首を傾げた。今、あかりは何と言っただろうか。
「…婚約者?」
「はい!」
「……誰の?」
「優奈さんの、に決まってるじゃないですか!」
照れ隠しだとでも思っているのか、至極楽しそうにあかりは言った。その周りで、他の男性職員も嬉しそうに笑っている。優奈の勤めている小さな職場は人間関係がとてもよく、一つの家族のような関係ができていた。結婚を喜ぶ親戚のおじさん、と言った様子で、優奈に笑みを浮かべており、係長にいたっては、親指を立て、「よくやった!」と声を上げた。
「…あかりちゃん、説明してもらってもいいかな?」
「もう、照れなくてもいいのに~。今日来たんですよ。優奈さんの婚約者が」
「…」
「お土産もらっちゃいました!優奈さんと仲良くしてねって。愛されてますよね~。しかも、このラスク、高いですよ。さすが、大企業に勤めている人は違いますね」
お土産だというラスクの箱を手に持ち、「ごちそうさまです」とあかりは笑った。職場が一気に和やかな雰囲気に包まれる。けれど、おそらく当事者であるはずの優奈だけが状況を把握していなかった。
「えっと…婚約者って誰かな?」
「優奈さん、寝ぼけてます?安達さんに決まってるじゃないですか!安達俊介さん。名刺もらいましたよ」
そう言ってあかりはその名刺を優奈に見せた。確かに見覚えのあるそれは俊介のものだった。優奈の彼氏。大企業のエリート街道を進む男。端正な顔立ちに優しい性格。家柄までいい「上の上」の男。そして優奈が別れたい相手。
「優奈さんに会いに来たみたいなんですけど、お昼過ぎちゃうかもしれないって言ったら、すぐに帰らなきゃいけないみたいで帰っちゃいました。なんか、顔見に来ただけだって。ラブラブですね!!」
そんな結婚、憧れますとさらに瞳を輝かせるあかりに優奈はただ苦笑いを浮かべた。さっと視線をずらし、時計を見る。13時までにはまだ5分あった。まだ話を聞きたそうな皆に謝り、控室に入る。1時間お昼を伸ばしていいと許可が出たため、ゆっくりとお弁当を食べることにした。しかし、それよりなにより、やらなくてはいけないことがある。
優奈は、鞄からスマホを取り出し、履歴の一番上を押した。
「優奈?」
2コールで出たのは優しい声。
「どういうこと?」
「何が?」
「今日、職場に来たでしょう?婚約者なんて嘘ついて」
できるだけ怒りを表現できるように低い声を出した。けれど、俊介は気にせずいつもどおりの優しい声で小さく笑った。
「ダメだった?」
「婚約なんてしてない」
「でも、するよね」
はっきりとした口調は断言だった。こちらが断るなど考えてもいない。
「…」
「それにもう、結婚しない。なんて言えないだろう?」
俊介に言われて、確かにそうだと思った。自分の口からは何も言っていないが職場のみんなは優奈が結婚すると思っている。しかも上玉と。結婚は嘘でした、とは言えない状態だ。
「俊介、いい加減にして。……私は、この前も言ったとおりわかれ…」
「ごめん、もう仕事行かなきゃ。電話、切るね」
「え?」
「じゃあね。あっ、そうだ。優奈」
「何?」
「愛してるよ」
耳元で囁かれたのは甘い声。その瞬間に通話を終了したことを知らせる音が耳に入った。誰もいない部屋で優奈は一人頬を赤く染める
「……どういうこと?」
現状に理解できないままただ茫然と立ち尽くしていた。腹の虫が空気も読まずに鳴った。そう言えばお昼を食べていないということを思い出し、ゆっくりした動作でお弁当を取り出す。水筒を取り出し、温かいお茶を飲んだ。自分の心が落ち着いてくるのを感じる。それと同時に現状を少しずつ理解し始めた。
「…周りから固めていこうとしてる?」
口から出た言葉に、自分で驚いた。あのなんでも手に入るはずのイケメンが、自分と結婚するために必死だとでも言うのか。そんなはずはない。けれど。そんなとき、スマホがバイブで揺れた。実家にいる妹からの着信だった。確か、今日は休みだと言っていたなと思い出す。そしてどこか嫌な予感。
「お姉ちゃん!」
電話に出た瞬間に叫ぶように言われた。先ほどのあかりと同じ反応なのは気づかないふり。
「どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフ!何、あのイケメン!」
予感は当たったようだ。その先を聞くのが怖い。けれど、時は止まることなく、妹の口も止まらない。
「婚約ってどういうこと?あんなイケメンとどうやって出会ったの?しかも勤め先大企業でしょう?どういうこと?今日、家に挨拶に来たんだけど。お母さんもびっくりしてる。ってか、なんで一人で来たの?どういうこと?」
妹のマシンガントークが一気に遠くに聞こえた。
「どういうこと?は私が聞きたい!!」
もう一度電話しようとしてやめた。電話ではのらりくらりやり過ごされてしまう。今日は夜、一緒にご飯を食べる予定になっている。どういうことか聞き出そう。そう決めて、妹の電話を何も言わずに切った。
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