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第三十五話 手を引いていくから (1)
しおりを挟むそれだけ言うと、もうディランはこちらをきつく睨むだけで
何も言ってこなかった。だから、ガジュも威嚇するような瞳を
緩める。
「お待たせいたしました!…あら?二人でお話をされていたのですか?」
そこでリベルタの出立の準備が終わったらしく、こちらにぱたぱたと駆けてくる彼女は二人の顔を見合わせてぽかんとした。
お互い苛立ちを解いたとはいえ、少し二人とも息切れていた。まあ
彼女が何を話していたかなどを知る必要も無ければ言うつもりもないが。
「まあちょっとね。」
「…ええ、ちょっと。」
「…ふうん、そうですか。」
何の話か気になる、という顔をしてきたものの、リベルタは何も聞かなかった。それにガジュとディランはほっと胸を撫で下ろす。
「ではでは、ディラン、しばらく会うことはないと思いますのでお元気で。手紙を書きますわね。」
「ありがとうお嬢様。貴方こそお元気で、ご自愛くださいね。」
「ありがとう。」
「別れの挨拶をしようか、こちらにおいで。」
別れの挨拶、と言われた言葉にリベルタは躊躇いなくディランの言葉通り、彼のすぐ真ん前まですすんだ。
するとディランはリベルタの額に軽く口付ける。それにガジュは
「は!?」と顔をしかませるが、彼女も同じように彼の額に口付けを返す。恐らく親族同士のスキンシップの様なものだと思うが、
さっきの会話の後では何だか腹立たしい。
「…ベル、そろそろ僕達は行こうか。」
「ええ、そういたしましょう。少しミテスバクムが恋しいですわ。」
「数日で何言ってるのさ、これからずっとあそこで過ごすのに。」
「!今の言葉、何だか夫婦っぽいですわね、もう一度言ってくださいませ。」
「はあ?夫婦っぽいじゃ無くて夫婦でしょ。馬鹿なこと言ってないで早く帰りますよ。」
「あーん、ガジュ様のケチ、」
その二人の会話を、ディランは目をまん丸にして見つめていた。
リベルタのこんなに砕けた態度や様子、口調は初めて目にするものだったから。そして、自分はあくまで従兄弟、親戚として接せられていたのだなとのショックも受けた。この様な光景を見ると、彼女は自分の努力してきた時間よりも、女としての幸せを選んだとも思う。
「じゃあこれにて失礼させていただきますよ伯爵。」
「ええ、道中お気をつけて。」
「どーも。」
「じゃあねディー、また会いましょう。」
二人はディランに背を向けると、断りを入れるでもなく、聞くでもなく自然と手を握りあった。
「…ベル、あのさ。」
「何を少し不安な顔をなされているのですか。私はずっとミテスバクムにいるつもりですよ?」
彼女が離れていくとは思っていなくても、彼女を慕う人間は多い。
だから、愛を確認するように、居場所を問うようにガジュは少しだけ、リベルタの気持ちを確認したかった。だが何も言っていないのにも関わらず、彼女は何かを察していた。
「僕、何も言ってないんだけど。」
「あれ?違いましたでしょうか。どうせディランが何かを言ったのかと思っていたのですけれど。」
「…え?もしかして聞いてた??」
「聞いてませんよ、本当に何も。」
ということは、リベルタはディランが自分に想いを寄せていることに気がついているらしい。それで彼が釘を刺してきたことまで気がつくとは、我が嫁ながら末恐ろしい。とガジュは少しだけ顔を青くする。
「ふふ、別に信頼されてないのかも…なんて思っていませんよ。
でも私ずっとガジュ様のお傍にいますわ、ずっと、ずーっと。
それでも不安だっていうなら、私が毎回手を引いて分からせて差し上げますわ。」
そう言って、リベルタは繋いでいた手を強く引っ張って、
ガジュの身体との距離を一気に縮めてくる。
「愛しています、旦那様。私とミテスバクムに、貴方と私の居場所の緑の地へと帰りましょう。」
なんて、彼女の笑顔が高く昇っている太陽の光と共にきらきらと
輝いていた。何だかそれに、目がチカチカしてしまう。
そして、ため息を着くと同時にガジュもくしゃりと笑った。
「はは、やっぱり僕の奥さんは強いから適わないね。」
「あらやだ、失礼しちゃう。」
それに二人で、顔を見合わせて笑う。そして、彼女は家族全員と別れの挨拶をして、馬車に乗り込んだ。
ー1週間後ー
「…えええ!?」
「何、どうしたの。」
「先程、ディランから手紙が届いたのですけれど…近いうちにミテスバクムを訪れると、書いてありますの。」
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