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第三十話 戒めの肖像画 (1)

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「…認めるなど、恐れ多いですよ。ですが、貴方が娘を守ってくださる方で、伴侶として大切にしてくれているお方で安心致しました。どうぞこれからも、リベルタをよろしくお願い致します。」


アルバートは少し申し訳なさそうな顔をして、もう一度ガジュに深く頭を下げた。それにガジュはおろおろとまた慌てふためいたが、もう一度真っ直ぐな瞳でアルバートを見つめ、はっきりと言った。

「はい、侯爵。私もリベルタさんとこれから共にを歩んでいきたいと思っていますので、よろしくお願い致します。」

一時はどうなることかとも思ったが、アルバートは頭を上げるとにこりと微笑んで、ガジュと握手を交わした。それをじーんとした目で眺めていると、ボソりとカルディナからの「一応これ、お姉様がお父様に心配をかけさせた結果でもありますからね」という釘刺しの言葉にリベルタは顔をしかめた。だが、大切な人と歩んでいきます、という宣言が父に出来たので何だかとても嬉しい気持ちにもなった。

それから移動を再開し、一時間程馬車を走らせるとオールドローズ領に到着した。多くの薔薇や植物が咲き誇る、美しい街並みが馬車から流れ過ぎていく。だがしばらくして、馬車は屋敷まで進まず領地の真ん中で停車した。それにガジュは窓から顔を出し首を傾げるが、リベルタが「ここで少しお待ちを。」と微笑み声をかけた。言われた通りにガジュは席に座ったまま待機しようとすると、
姉妹が二人、馬車から降りていった。カルディナが馬車から先に降り、リベルタに手を伸ばす。

「お手をどうぞお姉様。」

「あら生意気ですこと。カルディナが私をエスコートしてくれるの?」

「ふふ。お姉様はいつも私より先に馬車から降りて、ご自分もドレスで動きにくいはずですのに私にこうやって手を差し伸べエスコートして下さいましたもの。私もこれ、やってみたかったんです。」

「少したくましくなったかしらね。」

「いけませんか?」

「いいえまさか。姉は妹の成長を喜ぶものですもの、嬉しくってよ。」

「ありがとう存じます。」

二人は少しの間馬車と地上の間で姉妹のやり取りをし、リベルタは
カルディナの手を取り馬車を降りる。すると、領民から歓声のようなものが上がる。リベルタとカルディナは双子だからというのもあり、いつも一緒だった。それを領民達は深く古くから知っており、仲睦まじい二人を見守ってきた。そんな二人の揃った姿を見て領民達は次々と「おかえりなさい」の声を上げた。
二人は微笑み、領民に少し手を振るとカルディナのみ馬車に戻ってくる。

「あれ、もういいの?」

「ここからはお義兄様の出番です!街を少し歩いて屋敷にお戻り下さいましね。」

「ほんとに大丈夫かな…。」

「お姉様が大切になさる方なら皆歓迎するに決まっていますわ!
そうでなくても、ここの民は皆守護者様達に感謝をしております。皆、お義兄様に会えることを心待ちにしておりました、大丈夫ですわ。」

「……うん、ありがとうカルディナ。」

「はい!では後ほど!」


ガジュは何かを少し恐れているかのように、ゆっくりと馬車から
出る。だが想像していた光景は、予想以上に暖かなものだった。
竜人という国を守護する要である故に、やはり頬に出現している
竜の血を引き継ぐ者の証である鱗や、ひどく澄み切った翠の瞳は
人間離れしている。その容姿のせいで恐れられてきたことは数しれない彼だが、オールドローズ領の民達は軽蔑や恐れる姿勢を取らず
皆暖かな笑顔でガジュを迎えた。


「ようこそ竜人様!!」

「会える日を心待ちにしておりました!」

「オールドローズへようこそ!!」

ぽかんとしているガジュの手を、リベルタはくすくすと微笑んで
引っ張った。

「行きましょう、どの方々も優しく私達を歓迎してくれていますわ。怖がることなどここではないのですよ。」

「…うん。」

彼は少し照れくさそうな顔をしながらも、リベルタと腕を組みながら色々な領民と言葉を交わした。その中には彼女達の言う通り、
ガジュを怪訝そうな眼差しで見るものはおらず、皆が二人を歓迎し、祝いの言葉を述べた。それだけでリベルタがどんなに領民に好かれているか、領民に尽くしてきたのかはすごく伝わったが、それだけでは無かった。領民はガジュに日頃平和に過ごしていけることの感謝を口にした。見知らぬ人間に、大勢に感謝の言葉を伝えられたのは彼にとって初めての経験だった。ガジュは祝いの言葉や
感謝の言葉を述べてくれた領民一人ひとりに「ありがとう」を言って、屋敷まで進んだ。




「やったー!お姉様っ、お泊まりですわね!!」

「こら、レディがはしたなくってよ。」

屋敷まで行き、三時間ほど滞在すれば二人はミテスバクムに帰るつもりだった。だが時間が経つにつれ、茶を飲んでいけだの夕飯を食べていけなどアルバートに時間稼ぎをされ、最終的には「こんな時間に帰っては本物の盗賊がでるぞ」と脅され、まんまとオールドローズ邸で一夜を過ごすことになってしまった。
それにカルディナははしゃぎ倒し、リベルタを自室に引っ張って行った。恐らく姉妹で積もる話もあるだろうから、今夜リベルタは
夫婦に用意された寝室には帰ってこないかもしれない、と思いながらガジュも入浴やら何やらを全て済ませ、用意された寝室に向かって行く。


「……あれ?…ここどこだろう、迷ったかな。」

だが途中で屋敷が広すぎて迷ってしまう。もう夜遅いので廊下にいる使用人はおらず、誰も部屋を聞ける人間がいなかったのでガジュは間違った部屋に足を踏み入れてしまった。それにもちろん彼は気づかず、手に持っていたランプを光らせた。すると部屋に灯りが点った瞬間、ガジュは身体をびくりと震わせた。部屋に飾られた、いつくもの肖像画が目に飛び込んでくる。

恐らくそれは、このオールドローズ侯爵家の者達が描かれたものであり、中にはリベルタやカルディナらしき人物が描かれている物もある。見てはいけない物かもしれないが、ガジュは当然リベルタの幼少期のことなど知らない。だから少し、数々の肖像画をじっくり眺めていてしまった。そしてその部屋の真ん中に、一等大きい肖像画があることに気がついた。侯爵家にある一番大きい肖像画なら、現当主であるアルバートが描かれた物だろうかと思い、手に持っていたランプをその肖像画に近づける。

その肖像画に描かれていたのは、現オールドローズ侯爵であるアルバートではなかった。いや、それ以前に肖像画の人物は男性ではなく、王冠のような物を頭に被せられた、女性。そして、ひどく暗く死んだ様な目をしている少女だった。だが、不思議と引き寄せられてしまう絵だった。

「…何だ、この子。」


「あら、私の宝箱にお客様がおひとりいらっしゃる。…ああ、噂に聞くあの子の旦那様ね。」

「っ!?」

「その肖像画が気に入りましたかお客人。でも、それの説明はあまりしたくありませんの。…貴方の気分も害してしまいそう。」


美しく、部屋に透き通る声が一歩一歩ガジュに近づき、そして彼の
真後ろで、ひたりと止まった。
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