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第二十六話 嵐は過ぎ去った後に (1)
しおりを挟む「…そ、そんな、そんなはずっ……私は、私は皇太子だ…!」
「それを決めるのは皇帝陛下じゃ。まあどの様な措置を取られるかは目に見えておるがの。…さて、」
ユーディットはまたパチンと扇子を閉じると、リベルタとガジュの前まで歩き、深く頭を下げた。
「ゆ、ユーディット殿下…?」
「此度は私の弟が二人に大変な迷惑をかけたこと、謝らせて欲しい。大変申し訳なかった。」
皇族が身分が下のものに頭を下げるべきではない、と言うべきか迷ったが、リベルタはそれを言わずに謝罪を受け入れることにした。
実際、あのまま騎士団が巡回をしていなければ取り返しの付かないことになっていた可能性がある。リベルタには今男性に対抗出来る十分な魔力を持ち合わせていない、彼女の魔力の大半は相変わらず屋敷のバトラーである、ウォルコットに預け続けているからだ。だからルイスフォードに手を出させた作戦は、婚礼前の身分としては危険な賭けであったと言えよう。
「…本来ならば姫殿下が頭を下げることではありませんが、
謝罪を受け入れましょう。」
「寛大な心に感謝する。…と言いたいところだが、中々リベルタ嬢もやるな。そなた、ルイスフォードを再起不能にするためにわざと手を出させたのであろう?」
にやりとした笑みを浮かべられ、リベルタはビクりと肩を震わせた。ルイスフォードに手を出されそうになった瞬間は誰にも見られていなかったはずだが、聡明なユーディットには全てお見通しであったということか。だがそれに驚いたことよりも、今はガジュの
「どういうこと?わざととか聞いてないんだけど。」という黒い視線が痛い。
「さぁ、何のことやら私には分かりませんわ。」
「ほほ、隠さんでも良いでは無いか。寧ろ私は礼がしたいぐらいであるぞ?この時間に私直属の騎士団が巡回することを知っていた上であやつを挑発し、わざと組み敷かれた。違うかの。」
「どうでしょうか。」
「ふむ、どちらにせよリベルタ嬢のおかげであやつは皇太子の位を剥奪されるであろう。この件にきっと侯爵もご立腹じゃ、皇帝陛下ももうルイスフォードを皇太子として立てることはできんよ。…私はあの無能が男というだけで皇帝になるなど心底腹立たしかったのじゃ。だからリベルタ嬢、そなたがした行動は婚礼前にする事としては危険だと思うが、礼をさせてほしい。これであの男が皇帝となることによって、国が乱れることはないであろう。」
「礼など不要ですわ姫殿下。貴方が良い国づくりをしていただければ、それ以上の喜びこの私にございません。」
「…そうか。ではそなたの望む通り、私が帝となれたならこのロゼレムを今より良い国にすると誓おう。」
そう微笑んだユーディットの笑顔は何だか誇らしくて、少し背筋が伸びた。そして、きっとこの人ならば良い皇帝になれるだろうと、
思ってしまった。
「それと、リベルタ嬢の夫となるガジュ殿だったな。いつもこのロゼレムを守っていてくれている守護者に出会えたこと、嬉しく思う。これからもこのロゼレムをよろしく頼みたい。」
「…仕事は、します。」
彼女のように、国の守護者にためらわず感謝を述べる皇族は珍しい
故、ガジュは違和感を覚えながらも無愛想な返事を返した。
「ほほ、頼もしい限りじゃ。それと、リベルタ嬢は良い女だぞ。
私が言うことでは無いが大事にして欲しい。」
「知ってますし、大事に、します。…あの、今回のことで皇帝陛下は今日は忙しいんじゃないですか。」
「…そうやもしれぬ、というか…貴殿の言う通りだ。気が利くな。」
そういえば、今日の目的を忘れていた。リベルタとガジュは王都で行われる結婚式の日程について皇帝と話をしに来たのだった。
それを妨害された後、立派な彼女に感動してしまっていたので、
ガジュの言葉にハッとする。
「それでは一度私たちは転移結晶でミテスバクムに帰ります。
妻に怪我が無いかも確かめたいので…。」
「すまぬ、そうしてくれるとありがたい。
ああその前に、どれ一つ…目を瞑るゆえルイスフォードの顔面を思いっきり踏み潰して良いぞ♪まあその前に妾が踏み潰してしまった故な、もう女が寄ってくる顔にはなっておらんが。」
ご機嫌な口調で何を言い出すんだ、と思ったが先程彼女は平然と
ヒール靴で弟の顔を踏み潰していたのだった。
十発殴る、と言っていた彼なので踏み潰すだけで済むかどうか分からないとハラハラしていると、以外にもガジュは落ち着いていた。
「靴が汚れてしまうので結構です。」
「おやそうか?案外落ち着いておるのじゃな。」
「怒っていない訳ではありませんので、ひとつ。」
「む?」
ガジュは取り押さえられているルイスフォードに近づくと、
見たことも無い奇妙な魔法式を発動させる。そしてそれが光ったのは一瞬で、何をしたかはよく分からない。
「ガジュ様?何を…、」
「この男を治癒魔法と治療の対象外にした。一生そのぐしゃくぐしゃにされた顔のまま生きてけ。」
「えええ!?」
どう見てもユーディットのヒール靴による踏み潰しにより、ルイスフォードの鼻は潰れている。そして治癒魔法が無ければそれがすぐ綺麗に治ることは難しい。しかも、治療の対象外にともなると、医者がどの様な手を尽くしても鼻は潰れたまま、もしくは治ったとしてもまた
潰れた鼻に戻るということになる。ある意味先程の魔法は、魔法と言うより一種の呪いに近い物かもしれない。
「なんとまあ嫌な嫌がらせじゃ、おもしろい。
それでは、恐らく皇帝陛下がお待ちの故これにて失礼させてもらう。ガジュ殿、リベルタ嬢、私の戴冠式で会おう。」
そう言って背を向けた彼女を見送った。そして、「それでは私達もこれで失礼しましょう」とリベルタが言いかけたのだが、ガジュは黙って彼女の手を強く引っ張り、早歩きで転移結晶へと進んで行った。
「ガジュ様っ?あの、ちょっと痛いです…、」
「黙って。」
転移結晶を抜け、屋敷に着いてもリベルタの腕をガジュが離すことは無く、そのまま彼は自室まで彼女を引っ張って行く。
「ど、どこに?」
「僕の部屋だけど。」
「何の御用でしょう…怪我なら私していませんよ?」
「分からないでしょ。自分が何されそうになったか、分かってないわけじゃないよね?」
ガジュは自室に入ると、自分のベッドにリベルタを乱暴に押し付けた。
「悪いけど、今すぐ脱いでくれる?」
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