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第二十一話 愛しい人を想って眠れますように (1)
しおりを挟む優しい日差しが差し込む温室で、リベルタはガジュの帰りを
呑気に待っていた。読書をしたり、ぼんやりしたり、育てられている植物をじっくり観察してみたり。彼女がこうして落ち着いていられるのは、ガジュが帰ってこない心配はしていないからだった。
ただ、彼が帰ってきたらお帰りなさいとだけいって抱きしめよう。
それだけを考えて彼女は温室で半日を過ごした。
「はっ…!いけないわ、眠りこけそうになるだなんて
はしたない…あら?」
「うわ、起きたの。」
少し夕方に差し掛かった夕日が見える頃、リベルタは危うく温室で眠りこける所だった。だが、寝てははしたないと目を開けた時、
ガジュの顔が正面に映る。
「にょ!?」
「にょって何さ。色々驚かせて悪かったね…。」
ガジュは跪くようにしてリベルタを見上げると、小さく彼女の
手を握る。
「確かに…驚きましたが、お帰りを心待ちにしておりました、ガジュ様。」
リベルタはふにゃふにゃとした笑みを見せると、ガジュを抱きしめた。そうするとガジュの身体がビクリと一度跳ねたが、彼は肩の力を抜き、リベルタを優しく抱きしめ返す。
「うん、ただいまベル。心配、かけたかな。」
「うーん、ウォルコットからガジュ様の場所と安否確認を取ってからは心配しておりませんでしたわ。」
「え、あ、そう…。知ってるけど結構ベルは肝座ってるのね。」
そう言うとガジュは拍子抜けたような顔をするが、心配していなかったことを告げると気が抜けた様に笑う。
「そうですか?私はガジュ様が帰ってきて下さること、知っていましたもの。お母様には会えましたか?」
「やっぱり気がついてたか。…うん。会えた、会えたよ。
ベルのことも話してきたよ。会えにこられなくてごめん、とか、
嫁いできてくれた子が、僕の言うことはあんまり聞いてくれないし強気だけど、大切にしたい子になったよ…とか、色んなこと母様と話してきた。」
「まあ、では今まで会いに行けなかった分も、これからは会いに行かれるとお母様もお喜びになるでしょう。あとお母様に私の悪口を言っていいのは少しだけですよ、相応しくない子だと思われてしまいますわ。」
「分かった、ちょっとにする。」
「そこはもう言わないよって言ってくださいまし!もうっ。」
「あは、ごめんね。」
一日彼が屋敷にいなかっただけなのに、おはようが言えなかった朝があっただけで、一人で済ます食事があっただけで、彼の温もりが
感じられる言葉がなかっただけで、何だか会話が久しぶりのような気がしてくる気がした。日常が、戻ってきてくれた。
少しそんな感覚に陥る。
そう思うとやはり、この生活が自身の一部になってきているということをリベルタは自覚した。そしてもう、ガジュがいない日々など耐えられない。
彼が一日いないだけでとても寂しく感じられた日が、彼は帰って来てくれるから帰らないことを心配をしなかったのんびりとした一日が、きっときっと、ガジュを愛おしく思っていることの現れだ。
「…でね、ベル。僕君と、話したいことが…」
そう、まっすぐな瞳に捕らえられて、少しうっとりしてしまう。が、ガジュの目元や声色は、何だか少し疲れていて居るように見えて、弱々しく聞こえた。
もしかしたら急いで帰ってきてくれたのかもしれない、何か決めたことがあって、話そうとしてくれたのかもしれない。
だが今は、大切に思う彼に少しだけ休んで欲しい。
「…ガジュ様。」
「どうしたの。」
「私、幸せです。」
リベルタが微笑んでもう一度ガジュを抱きしめると、彼は少し混乱し始めてしまった。
「えっ?あ、ありがとう…?ていうか、話聞くために待ってたんじゃないの?え…?」
「違います。ご無事を確認して、ただお帰りなさいませと…
ガジュ様をお迎えするために待っていたのです。もちろんガジュ様に何か決めたことがあるのなら、きちんとお聞き致しますわ。」
「だからそれを今っ、…」
「いいえ。今はお疲れのように見えますので、しばしの間おやすみなされませ。…貴方が、愛しい人の夢を見られますように。」
リベルタは優しく、ガジュの耳元で魔法式を唱えた。
「んあっ…?」
ガジュは少し驚いた声を出すと、その身体は気を失ったかのようにガクりと崩れ落ちてはやがてスヤスヤと寝息をたてはじめた。
ガジュに唱えた魔法式は、癒しやぐっすり眠れる睡眠効果、疲労回復などを合成させた魔法式だ。そして多くの人はこの魔法式を
唱えられて眠ると、自分の一番愛おしい人の夢を見ると言う。
今頃ガジュも夢の中で母に会っているかもしれない。
「おっと。」
「奥様!!ご主人様に何をっ……!!」
気を失ったガジュを支えた瞬間、温室に血相を抱えたウォルコットが入ってくる。そしてリベルタからガジュをは取り上げる様にして、彼の様態を確認した。
「…寝ている、だけ?」
「あらウォルコット。見ていたのね、恥ずかしいわ。」
「茶化しは結構!!今、ご主人様に何をなされたのですか!?」
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