上 下
46 / 82

第二十話 母なる者へのひとつの手向け

しおりを挟む

テレジア・ラビリネアは、ミテスバクムに暮らしていたごく平凡な
娘だったが、明るく優しく、誰からも好かれている。
それも精霊も例外ではなく、テレジアは風の精霊であるオデットの
加護を受けていた。テレジアとオデットは頻繁に言葉を交わし、
彼女達の関係は親友と呼べるものとなっていて、テレジアが
竜人ルヴィトに嫁いでからも交友は消えなかった。

テレジアがルヴィトに嫁ぎ半年経った頃、彼女は夫に愛され愛する努力に疲れ果てていた。そんな彼女を励まそうと、ある日オデットが屋敷を訪れた。そのオデットを見たルヴィトは、
彼女を人目見て恋に落ちてしまい、妻にしようと企んでいた。
気に入っていないテレジアを他の娘と同様追い出さなかったのは
オデットと会う口実を作るためで、「妻の元気が無いから顔をまた見せてやってくれ」などとオデットを丸みこめ、頻繁に屋敷へと招いた。

だがテレジアに元気が無いのは夫であるルヴィトのせいだと
オデットは知っていた。日に日にテレジアは弱っていき、痩せていった。親友と呼ぶ彼女の、そんな姿を見ていられなくなったある日、オデットはルヴィトに怒りを顕にした。
何故あんなに一生懸命努力する妻を邪気になさるのですか、と。

そうするとルヴィトは正直に、君を愛しているからだと答えた。
想われていたことなど知りもしなかったオデットは大変ショックを受けた。信じられないとも言って、ルヴィトの頬を叩いた。
だがルヴィトは笑って、君が一度私と一夜を共にしてくれたなら
もう君を諦めて妻を見ることにするなどと吐かす。
親友であるテレジアの夫と、そんなことが出来る訳がない。
だが今よりテレジアが弱っていけば、何も無いまま、婚約者からも
離れて別の男の妻になった彼女が死んでいってしまうかとも思った。

そんなこと、あってはならない。それでは彼女は報われないと、
オデットはルヴィトの提案を受け入れてしまった。


それから、オデットはルヴィトの子を身ごもっていることが分かった。何てことだと何回顔を青くしたか分からない、
ただそれを喜び、歓喜の言葉を口にするルヴィトに吐き気がして、
「私ではお世継ぎを産むことが叶わないと思っていたから、安心したわ」と苦笑いをする親友テレジア。
テレジアには何を言っても、聞いて貰えなかった。
子供ができたことなどよりも、オデットはテレジアと友でいられなくなってしまったことが恐ろしかった。

そうしてしばらくして、ミテスバクムに竜人の名を継ぐ男児が
産まれた。だが、オデットは好きでもない男との間に産まれた子を愛せず嫌い、ルヴィトはオデットに嫌われてしまったのはガジュのせいだなどと、まだ赤子であったガジュに暴力を振るいそうになったこともある。

そんな環境に、まだ幼子であったガジュをおいておいては
ならないと、テレジアがガジュを育てるようになった。
ガジュのことは雇った乳母に任せるとルヴィトは言ったが、
父母に嫌われ、いつかは離れていく人間にガジュを任せては、
ガジュが愛を知らない子供に育ってしまう。 そう思ったテレジアは、ガジュを生きがいにする様にして一心に愛を注いだ。
時には実の父からの暴力を身を呈して守り、時には実の母からの冷たい目線なら遠ざけ、慰めるように何度も抱きしめる。
そして、ガジュに弱いところは一切見せない。
ガジュにとってテレジアはこの世で一番大切な存在で、強い人で、実の母も同然だった。

だが彼女はガジュが十五歳になった時、祝いの言葉だけを残して
流行病で亡くなった。

その悲しみと事実に耐えられず、
ガジュは今まで母が眠る大地に赴くことが出来ずにいたのだ。



「止めよ!!今まで会いにも来なかった貴様が、テレジアに何を言えると言うのだ!!貴様のような穢らわしい子がっ…あの娘に会うでないわ!!」

「俺を母様…テレジアにとっても、あんたにとっても
穢らわしい存在にしたのはお前らでしょ。自分だけが辛いふりしてさ、母様に僕のことを押し付けたのは誰だよ。確かに僕はあってはならない存在だったし、誰にも望まれてなかった。
……それでも、それでもっ、母様は、僕のことを愛しているって、何度も言って…抱きしめて、くれたんだっ……。お前が僕達の何を知ってるって言うんだよ!!全部全部優しいあの人に押し付けてっ、…僕はお前達の存在の方が許せないし汚い!!」

「っ……!!」

「どいてよ、僕はお前に許しを乞いにきた訳じゃない。
母様に…傍にいたい人がいるんだって、言いに来たんだ。」


オデットはギリギリと歯を噛んでとてつもない怒りをこめた形相をしていたが、ふぅとため息を吐くとパチンと指を鳴らした。
そうすると、オデットの後ろにシルフィーの花に囲まれた墓石が
現れた。

「……さっさと行くがいい。」

「言われなくても。…母上殿、僕はあんたが大嫌いだけどさ、
今一緒になりたいって思ってる子に出会えたことだけ感謝しておきます。まあそんなこと言われたって嬉しくないだろうけどさ。」

「馬鹿者、それも含めて…母様に礼を言うのだ。
私に言うことではないぞ小僧。それと…、」

「何です。」

「……すまなかったと、テレジアに伝えてくれ。」


そう言って、吹いた風と共にオデットはその場から消えた。

「自分で言えよ…。てかすまなかったじゃ済まされないでしょ。」


ガジュはゆっくりと、墓石に向かって歩いて、花を手向けて微笑んだ。


「遅くなってごめん、母様。……僕ね、」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月
ファンタジー
奴隷として囚われていた竜人の青年ゴーヴァン。 彼を奴隷として買った少女レーテ。 ゴーヴァンを買った理由はまさかの食料!? そんな食料以上〇〇未満な関係の二人の旅物語。

高仙の里 宮村に伝わる黒龍伝説

ことりや鳥天
ファンタジー
賽銭淵に住み着いた暴れん坊の黒い龍、僧侶と毎日のように戦って暮らしていたが、ある日、淵のほとりに現れた巫女に一目で恋に落ちてしまった。しかし…恋に落ちれば命も落とす、気の毒な、恋する黒龍のお話しをご覧ください

ベスティエンⅢ【改訂版】

花閂
ライト文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学。 女子生徒数はわずか1%という環境でかなり注目を集めるなか、入学早々に不良をのしてしまったり暴走族にさらわれてしまったり、彼氏の心配をよそに前途多難な学園生活。 不良たちに暴君と恐れられる彼氏に溺愛されながらも、さらに事件に巻き込まれていく。 人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鐵のような両腕を持ち、鋼のような無慈悲さで、鬼と怖れられ獣と罵られ、己のサガを自覚しながらも 恋して焦がれて、愛さずにはいられない。

魔族侯爵の婚約者

橋本 
ファンタジー
 井の頭なぎは、魔族侯爵の婚約者となった。

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。

みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。 アンバーの失った記憶とは…? 記憶を取り戻した後のアンバーは…? ❋他視点の話もあります ❋独自設定あり ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

どうやら私は竜騎士様の運命の番みたいです!!

ハルン
恋愛
私、月宮真琴は小さい頃に児童養護施設の前に捨てられていた所を拾われた。それ以来、施設の皆んなと助け合いながら暮らしていた。 だが、18歳の誕生日を迎えたら不思議な声が聞こえて突然異世界にやって来てしまった! 「…此処どこ?」 どうやら私は元々、この世界の住人だったらしい。原因は分からないが、地球に飛ばされた私は18歳になり再び元の世界に戻って来たようだ。 「ようやく会えた。俺の番」 何より、この世界には私の運命の相手がいたのだ。

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

転生司祭は逃げだしたい!!

児童書・童話
大好きな王道RPGの世界に転生した。配役は「始まりの村」的な村で勇者たちを守って死ぬ司祭。勇者と聖女が魔王討伐の旅に出る切っ掛けとなる言うならば“導き手”。だが、死にたくない……と、いうことで未来を変えた。魔王討伐にも同行した。司祭って便利!「神託が~」とか「託宣が!」ってゲーム知識も何でも誤魔化せるしね!ある意味、詐欺だけど誰も傷つかないし世界を救うための詐欺だから許してほしい。 これはお人好しで胃痛持ちの司祭さまが役目を終えて勇者パーティから逃げ出そうとし、その結果「司祭さま大好き!」な勇者や聖女が闇堕ちしかけたりするお話。主人公は穏やかな聖人風で、だけど内面はわりとあわあわしてる普通の兄ちゃん(そこそこチート)。勇者と聖女はわんことにゃんこ。他勇者パーティは獣人、僧侶、ハイエルフ、魔導師などです。 【本編完結済】今後は【その後】を更新していきます。

処理中です...