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第五話 大樹のゆりかごの中で(1)

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「ガジュ様ー!今度はどこにいらっしゃいますの?」

翌朝、リベルタは昨日のドーム型温室で声を張り上げた。
昨日ミテスバクムに着いたのが昼頃、そして
現在はその翌朝。さて、何故昨晩のことの詳細がないかというと
初夜も何もなかったからである。

「うるさいなぁ君は。ほんとにご令嬢なわけ?」

にゅっと、木からガジュが逆さまに顔を出した。
どうやらこの大きな温室にある植物は彼が全て育てているらしい。
理由を聞くと「暇だから。」とだけ答えられたが、
毎日一つ一つの植物の様子を見に行っているのだから、きっと
好きなのだろう。

「ええ一応。これでも位が高い貴族の出ですよ。」

「そんなお嬢様が何で僕のところに飛ばされたのか謎だよ。
別に君と僕は夫婦じゃないんだし、花嫁は逃げたってことに
しといてあげるから帰ってもいいよ。」

「それは…出来ません。」

「…ふーん。まあ何があったかは聞かないけどさ、
僕は今忙しいから放っておいてくれない?」

「あっちょっとお待ちくださいまし!
この屋敷の中は自由に歩き回って大丈夫なんですの?」

「勝手にしなよ。」

それを聞きに来たことを先程の会話で忘れそうになったので、
慌てて聞いた。そしてどうやら好きにしてもいいらしいので、
リベルタは緑竜の屋敷を散策するこにした。


まず、この大きな温室と屋敷は繋がっている。
そして屋敷も中々に広い。貴族の屋敷一つ分ぐらいと
同じ大きさであり、古びているところはあまりない。
しかし気になるところは大きさや立派さなどではなかった。

昨日からこの屋敷にはガジュ以外の人が見当たらない。
一日の半分温室に篭っているガジュが、この屋敷一つ管理
出来るとは思えない。この屋敷にはホコリひとつないのだ。
部屋ももう用意されていたし、着替えだって全部揃っていた。
それらを行っている誰か管理者か使用人らしき人がいるはずなのだが、そんな人すら見当たらない。

だからこの屋敷散策はその人探しも兼ねている。
伝書で「花嫁を送る」とだけは伝えてあるが、屋敷の管理者
に挨拶もせずに居座るのは花嫁(?)として失礼な気がするのだ。

屋敷には特に変わった部屋はなく、大浴槽、ダイニングルーム、
調理場…となんら他の屋敷とは変わらない作りだった。
そしてほとんどの部屋を見回ったが、人一人すらやはりいない。
さすがに歩き回ったせいで疲れた、と思ったところに
ある歌が聞こえてくる。

「歌…?やっぱり誰かがいるのかしら。」

歌が聞こえてくる方向に、歩いていった。
そして中々その部屋にはたどり着けない。
音量は小さいのに歌はどこまでも耳の中に響いてきて、
まるで何だが誘われている気にでもなってくる。
そして長い道を歩いた後、歌が聞こえてくるひとつの
扉の前にたどり着いた。

ノックをして、中にいる誰かに呼びかけてみる。
「あのすみません。誰かいらっしゃいませんか?」

歌は止まない。歌はこの部屋から響いてきている。
だから絶対誰かがこの扉の向こうにいるはずなのに、
応答はなかった。

「入っても良いよ、花嫁様。」
「え?」

突然後ろからした声に驚き振り返る前に、
勝手に部屋の扉が開いて、後ろから誰かにドンと押された。

「ひゃっ!?…っ、え?」

確かに今までリベルタは室内にいたはずだった。
だがそこは室内と呼べる場所ではなく、気がつけば草原が広がる
緑の地に放り出されていた。

「ここは、どこなのかしら。さっきの人もいったい…、」
 
目の前にあるのは、草原とそこに芽ばえる大樹が一本が
ただそこにあるだけだった。
そして、先程から聞こえていた歌もここから響いていた。
扉を開けた先に大樹が一本、聞こえてくる歌、心地よい風と気温、
なんだかそう考えると不気味になってくる。
そして急に襲って来る眠気。理由は説明出来ないが、
何だかここは現実離れした空間で、幻を見せられているという
感覚に陥る。故に、ここにいてはいけないという悪寒がした。
いや、どちらかというと逃げなければならないという
恐怖に近かった。

リベルタは勢いよく振り返り、この空間から逃げようとした。

「中々に勘がいい子だね。でも私は君のことが
気になるんだ、どうか見せておくれ。」  

「何をですのっ!?…あっ…、」

突然後ろからした声の主の手に目元を覆われて、
リベルタは気を失った。






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