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第四話 土だらけの旦那様に南の花束を(2)
しおりを挟む「…ん。」
魔法陣を展開し、瞬きをした次の瞬間には
もうそこは別の場所だった。
イメージとしては、古びた館の前にでも放り出されるのかと
思っていたが、そこは温室や植物園のような場所だった。
小鳥の優しい囀りが鳴り響き、天井からは柔らかな
日差しが差し込んでいた。
「ここに本当に竜人様がいるのかしら…。」
竜人の住処というには、あまりにも穏やかな所だ。
リベルタは驚いて目をぱちくりさせてしまう。
そこに見たことの無い植物や花が育てられており、
とても良い香りが舞っていた。
「…とってもいい香り。
あら、いけないいけない。とりあえず誰かを探さないと…、」
あまりにも良い香りと落ち着き具合に意識が囚われそうに
なるが、この場所には人気が感じられないことに気がつく。
誰かを探さなければ案内もしてもらえない。
動き辛い花嫁衣装で知らぬ場所を彷徨うのは不安だが、
致し方あるまい。
と、一歩踏み出すとガサゴソという大きな音が
上から響いた。
「な、何!?」
そして上を見上げると、次の瞬間一人の少年と目が合った。
歳は16ぐらいだろうか。
その少年はまるで宝石かと思うぐらい美しい緑の
眼を輝かせて、こちらに落ちてくる。
「わっ…ちょっとそこ危ない!!」
「いやもう間に合わないのではなくって!?」
初めて出会った少年との三秒の間の突っ込みをしたが、
もちろん彼の言った通り避ける時間があるはずもなく、
空から落ちてきた彼とぶつかることを覚悟した。
「…おーい、おーい。ね、あんたいつまで
目閉じてんの?大丈夫だから目開けなよ。」
「えっ…?」
頭ぐらいぶつけるつもりでいたのだが、
ぎゅっと瞑った目を開けると、先程の少年が
目の前で手をひらひらさせていた。
そしてその少年の頬には竜のものだと思われし鱗と、
背中には緑の翼が生えていた。
リベルタは初めて見る竜人の姿に、人間離れした
少年の美しさに開けた目をさらに見開らく。
目の前には数え切れない程の情報量が転がっていたが、
故に理解する。
この少年が、緑竜の血を引く竜人でありミテスバクムの
守護者だ。
「…え、ねえってば。今度はいつまで見てるの?
あんたどちら様?」
「あっ、はい。伝書よりお伝えした通り、王都より参りました。
リベルタ・ド・オールドローズと申します。」
と、リベルタは少年に跪いた。
「そこまでしなくていいよ。せっかく着飾ってくれた
ドレスに土が着いちゃうと思うんだけど。」
「お心遣い感謝致します。えっと…、」
言われた通りに立ち上がると、その次何を言えばいいか分からなくなってしまう。
二回目だが、本当にこの少年は美しい。
宝石のように輝く緑の瞳、白い肌。そして人間離れした
その姿はまさに神秘的だった。だが何か上で作業していたのか、
その白い肌と服は土で少し汚れている。
「なに?あーこの鱗と翼、あんたみたいなお嬢様には
気味が悪かった?」
「いえ、とても美しゅうございます。
お名前を聞いてもよろしいでしょうか。」
「…ガジュ。カジュ・フィーリア・ミテスバクム。
ロゼレム帝国の南の守護を任されてる、緑竜の血を引く竜人。
好きに呼んでいいよ。」
ツンケンとした態度と口調に似合わず、案外カジュは
優しいらしい。リベルタは何とかやっていけそうだ、
とほっとした矢先、衝撃の一言を言われてしまう。
「あんたの口調と仕草、身だしなみからして結構良家の
お嬢様なのは分かった。そんなお嬢様がこんな辺境地に飛ばされるんだから相当な訳ありっぽいね。
僕なんかに嫁がされて同情はするから、ここで暮らしても
いいけどさ、僕あんたと結婚する気も子供作る気もないから。」
そう、はっきりと言われてしまった。
だがここで帰れるわけもないし、彼の後継を産まなければ
任を全う出来なかったとして王都に連れ戻されるかもしれない。
これは完全なこちらの都合だが、彼とて後継がいないと
困るはずだ。だからゴリ押しにでも彼の妻になる他ない。
「いいえ!」
リベルタはガジュにずいっとシルフィーのブーケを差し出した。
「な、なに…、これシルフィー?」
ガジュは戸惑いながらもシルフィーのブーケを受け取った。
「私貴方様の花嫁になるためだけにここに来ましたの。
これはその覚悟の証、今ガジュ様は私の覚悟を
お受け取りになりましたわ。どうか無下になさらないで
下さいましね?」
ゴリ押し作戦その1としてシルフィーのブーケを
覚悟の証と称し、勢いで受け取らせた。
「そしてそれを受けっとったのだから結婚しろよ」との
煽りも含めて微笑む。
「へぇ…、ただの世間知らずのお嬢様かと思えば
いい性格してんじゃん。もう一回言うと結婚なんてしないから。」
「いいえ、して頂きます!」
こうしてリベルタと一人の竜人の少年の、
新婚生活(?)が始まったのだった。
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