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第二十五話 夫の意地
しおりを挟む紅い唇を見て、ゾワッとした。
まずい、ここで攻撃なんかされたら、私に抵抗できる力はない。
それこそ、スノーリリーが強かったらこのゲームは成り立っていない。
初期設定の時点でスノーリリーにはヒロインに抵抗できないように大した魔力が備わっていないのだ。
…殺される。
殺されたらどうなる?
私は女王で、守るべき民も臣下も、家族だっているっていうのに…。
どうしよう、考えろ考えろ…!!
今から大声を出してもきっと一瞬で殺される。
女帝が微笑んだまま、こちらに歩いてくる。
その動きはひどくスムーズだったが、私は動けずに固まってしまっていた。
まるでこれでは蛇に睨まれた蛙ではないか…。
「…妻に近づかないでいただけますかね。」
後ろからし声がして、やっと体が動いた。
「…コルゼ…」
「…今いい所なの。邪魔しないでくれるかしら。」
「どなたか知りませんけど、ここは寝室ですよ?
無礼なあなたが出ていくべきだと思いますけど。」
「いやね。寝室は暗殺にもってこいの部屋だと思わない?」
「…あなたが私達にとって害なのはわかりましたよ。」
コルゼはひどく女帝を睨み、剣を向けていた。
「私の後ろに。」
「ええ…」
コルゼが勢いよく女帝に斬りかかる。
それから女帝と何回か斬り合ったが、押しているのはコルゼに見える。
「うわはやっ…」
「リリーの、いえ、妻の害になる者は排除しますよ。」
「…何だ、女王の夫は大したことないと思ってたのに。案外腰抜けじゃなくてやるじゃない。」
「おほめに預かり光栄ですよ。
何もかもリリーに任せっきりじゃかっこ悪いですからね。」
「夫の意地ってやつ?」
「そんなところです。」
どっちかっていうと任せっきりにしているのは私の方だと思うんだけど…。
「困ったな、あんたは強いから勝てそうにない。」
「じゃあここで死んでいただけますかね。」
「コルゼ、この子の体は分身のような物みたい。
殺しても無駄だそうよ。」
「…なるほど。」
「女王をここで殺せないのは痛かったな…。」
「あら諦めてくれるの?」
…というか、冷静に考えてみれば、こちらは女帝を殺せないに対し、この子は私を殺せるのか…?
もしかしたら…、
「コルゼ、短剣持ってない?」
「短剣…ですか。あ、持ってます」
「ありがと。」
コルゼから短剣を受け取る。
「何に使うんです?」
「投げる」
「投げる!?」
ブンッと、短剣を女帝に向かって投げた。
「うわ!?」
突然のことだったようで、避けきれず女帝の目に刺さる。
人の目に短剣が刺さっているのはものすごくグロテスクな光景であったが、私はそれをジッと見ていた。
「ぐううううっ、この…!!」
「やっぱり、それ分身のあなたがケガしたら今眠ってるあなたがも同じケガをする魔法なんじゃないの。」
「…はは、どうだか。」
「どっちにしろ、本当のあなたと会えば分かるわよ。左目を失った女帝の首が、玉座に転がるんだもの。」
安い挑発だけど、片目を失ったんだ。
もう帰ってくれるだろう。
「貴様、何をしている。」
…エレクトリカの声だった。
気が付けば女帝は草の蔓のような物に絡めとられていた。
これは…古代魔法?
「勝手に寝室に足を踏み入れたご無礼をお許しください。罰ならば後程お受けいたしますので、この愚物めを仕留めるまでお待ちを。」
いつもと口調がかなり違いますけど、エレクトリカさん…、かっこいいけど怖い。
「離せ…!!」
「そういう訳にはいきませんので。」
一瞬だった。
コルぜが女帝の頭を刺した。
殺しても意味はない、というのはおそらくはったりだろう。
精神干渉魔法、それは自分の分身を作るようにできるが、分身がケガをしたり死亡した場合、
本体の人間もケガをしたり、死亡する。
今頃女帝の寝室は血で溢れかえっているだろう。
「…死んでいます。」
女帝が死んだらどうなるのだろうか。
戦争は終わり?
それから四か月、テレーゼが何かしてくることはなかった。
…これだけ何もなければ何もないだろう。
「だいぶお腹が大きくなってきましたね。」
ネアがこちらに微笑む。
「ええ。無事に生まれてきてくれることを願っているわ。」
と、お腹をさすった。
「それに、お父様にこの子の顔を見せ見せるまではないとね。」
「はい!きっとお喜びになられますよ。」
そうして私は父の部屋を訪れた。
「女王陛下、いらしてたんですか。」
「ごきげんようハル。お父様の具合はどうかしら。」
「自分の心配をしろ、私は大丈夫だから。」
「まあ、こっちのセリフですわ。」
「ではごゆっくり。失礼いたしますね。」
「ハル」
「はい?」
振り返ったハルに、真剣な目を向けた。
「…お父様を、よろしくね。」
「はい…」
出ていくハルの背中を見てから、父に顔を向けた。
「お加減はいかがですか、お父様。」
「それよりお前はどうなのだ。」
「もう、そればっかり。」
父は様子を見に来ると私に「大丈夫なのか」と聞いてくる。
「そりゃあもうすぐ死ぬ老いぼれより新たな命を産む娘の方が心配だからな。」
「私の子を見るまでは死なせませんよ。」
「お前もそればかりではないか。」
「…そうかもしれません。」
「それで?テレーゼからは何ともないのか。」
「そうなんです。…本当に終わってくれてたらいいのですけど。」
「ならばいいのだがな。」
「またかかってこようものなら容赦はいたしません。」
「はは、あんなにびびっていたくせに。」
それにうっと顔をしかめる。
「…もう少し強くなりたい。」
今回も私は女王なのに、誰かに助けてもらってばかりで何もできなかった。
一人で何もできない…というのはやはり女王としてはだめだ。最近こればかり考えている気がする。
「確かにな、お前は異世界の人間…、戦争などとはかけ離れて生きてきた。
しょうがないといえばしょうがないが…お前はもうスノーリリーとして生きていくのだろう?
ならば腹をくくらんとな。」
「わかっていますわ。それを言い訳にしようだなんて思っていない。」
「結構。」
父が微笑み、それから少しおずおずとしていた。
「何か?」
「その、触ってもいいだろうか。」
ああ、とうなずく。
「どうぞ。きっとこの子も喜びますわ。」
おそるおそる、父の震えた手を少し膨れたお腹に乗せる。
「…ちゃんと生きています。
この子が生まれるまでは死なせませんよ。」
「どうだろうか。私の病は重いからな…」
「私この子が生まれる前に泣きたくありませんよ。」
「相変わらず手厳しい…。」
「ふふ。では仕事がありますのでこれで。」
椅子を立ち上がった時だった。
視界が、歪んだ。
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