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※今回の話はアルテミシア視点で書いています。
「くそっ、くそくそくそっ……、」
アルテミシアは神殿の中にある大精霊の間にて、怒鳴りながら壁に拳を打ち付けた。
泣き叫び続けたその喉は枯れて、何度も打ち付けた拳には血が滲んでいた。
「…やめろアルテミシア。血が出てきている。」
「放っておいてトア!!」
「やめろと言っている!お前は、悪くない。この国の皇女として、ああするしかなかった。」
「何で皇女だからって、こんなことを…、皇女だから、あんな事をしても
許されてしまって、もう…もう嫌。もう嫌よトア。」
彼女を見染めたこの帝国を守護する大精霊、トアは苦しそうな顔でアルテミシアを見つめた。アルテミシアが大勢の前でジェンティアナを精霊姫に選び、彼女の身を危険にさらしたのには訳がある。一年前から水の精霊憑きが不足していたからだ。全てではないが、精霊憑きの力は国を守る結界にも影響する。そのため、精霊憑き達の中での力のバランスが、今神殿では取れなくなってきていたのだ。
でも、レシュノルティアやアスクレピアス公爵家に大層大切にされている少女に真っ向から協力を求めたとしても断らるのが目に見えていた。ジェンティアナはまだ自分が精霊憑きだという事が分かっていなかったからである。その人間に自覚と覚醒を強制する事は、その者の命と人生を危険に晒す行為に等しい。学院中等部の頃からジェンティアナが精霊憑きだったなんて事は知っていた。だが、彼女はアルテミシアの双子の弟であるイーシアスが好意や尊敬を向ける相手だった。それが分かっていたからアルテミシアは、ジェンティアナに覚醒を強制することはなかった。
だが水の精霊憑きの力が弱まりに弱まり、最終手段に出るしかなかった。彼女も、アルテミシアも精霊憑きである。だから人格が破壊されるような、覚醒を向かえるためには
地獄を味わう事も理解している。だから自覚のない娘にそんな事は強制したくなかった。が、
この国を導く皇族の一員として、国の精霊憑きを束ねる者として、道化を演じて事に出るしか
なかった。
「お前がああしなければ国は危険に晒される。だからしょうがなかった事なんだ。」
「分かっているわ!!分かっているけれど…しょうがないだけで一人の女の子の人生が
狂わされてたまるものですかっ…。あの子は何も知らなければただ幸せに、」
「おい姉上!何してるんだっ、」
アルテミシアの、壁に打ち付けられた血の滲む手を大精霊の間に表れたイーシアスは取り上げた。
すると彼女は弟を見た途端、鬼のようだった形相を崩して大粒の涙をボロボロと流し始めた。そして何度もごめんなさい、ごめんなさいと口にして、ただ涙を床に落としている。それを見たイーシアスは、ハッと息を呑んだ。彼女はジェンティアナと無理矢理リンクをし、ジェンティアナの心を壊すような行為をした。だがそれと同時に、自分の姉の心も壊れかけている事に気が付いたのだ。
「姉上…、」
「…お父様からの、皇帝陛下が私に下した処分を伝えに来たのではないの。
陛下は、何と?」
「一カ月の謹慎、って。」
その軽すぎる処分を聞いて、アルテミシアはイーシアスの胸元をドンと一回殴った。そして肩をわなわなと震わせると、かすれたような、今にも消えそうなか細い声を出した。
「ぅ、いや…。」
「姉上?」
「もう、散々よ…、精霊妃なのも、それをまとめる存在なのも、皇位継承権が高いのも、次期皇帝と
なる貴方の姉なのもっ!!!!いらないわよそんな肩書っ、私に正当な罰を与えてくれないじゃない!!」
「しょうがないだろ俺達は!!……それが役目を持って生まれた、皇族の一員としての仕事だ。俺は皇帝、姉上は精霊妃。今もこれからもお綺麗で清らかな身分でなんて、いられねんだよ。あいつの命を姉上が危険にさらしたのは事実、やっちまった事に後戻りは通用しねえ。罪悪感感じてたいならその罪から逃げようとするな、罰を受けられたからって、許されるわけじゃ…ないんだから。」
イーシアスは自暴自棄になっているアルテミシアの肩を掴んで、諭すように声を少し荒げた。まだ自分は皇太子という立場であるが、もう精霊妃として扱われる姉の苦難を双子の兄弟として1番近くでよく見てきたつもりだ。だからこういう時、姉が悲劇のヒロインとして扱われたり慰めを
嫌う事を知っている。
「背負えよ、この国のために。」
「…っ、私あなたの好きな子を傷つけた。それでも、そうやって言ってくれるのね。」
「馬鹿にしてんじゃねえぞ。俺だって皇太子だ、国守るためなら何だってする。あと、辛くなったら半分持たせるなり押し付けるなりしていいよ。俺は将来、皇帝になるから。」
「イース…、」
「ごめん言いすぎた、やっぱり三分の一くらいにして。」
「台無し。殺すわよ。」
そしてその場で二人ははあとため息をついた。そして数秒の沈黙が流れたが、イーシアスが「あいつは許すよ」と小さく口にした。
「え?」
「ジェンティアナ。したことは許されないかもしれないけど、あいつは姉上の事許すんじゃねえかと思う。んで本当にお友達になりましょうとかいうぜ。」
「はあ…?それはないでしょ、私あの子に無理矢理、」
「あいつはそういう奴なの!」
「…それは困るわ。優しくされたら、本当にお友達になってしまいたくなりそう。」
そう彼女が苦笑いをこぼした時、朝日が昇った。
「…そろそろあの子が夢から覚めた頃かしら。どうか、どうかあの子が無事に、彼女の帰りを待つ人の元へ帰ってこられますように。」
そう昇ってくる朝日に向かって、彼女は祈るように手を合わせた。
「くそっ、くそくそくそっ……、」
アルテミシアは神殿の中にある大精霊の間にて、怒鳴りながら壁に拳を打ち付けた。
泣き叫び続けたその喉は枯れて、何度も打ち付けた拳には血が滲んでいた。
「…やめろアルテミシア。血が出てきている。」
「放っておいてトア!!」
「やめろと言っている!お前は、悪くない。この国の皇女として、ああするしかなかった。」
「何で皇女だからって、こんなことを…、皇女だから、あんな事をしても
許されてしまって、もう…もう嫌。もう嫌よトア。」
彼女を見染めたこの帝国を守護する大精霊、トアは苦しそうな顔でアルテミシアを見つめた。アルテミシアが大勢の前でジェンティアナを精霊姫に選び、彼女の身を危険にさらしたのには訳がある。一年前から水の精霊憑きが不足していたからだ。全てではないが、精霊憑きの力は国を守る結界にも影響する。そのため、精霊憑き達の中での力のバランスが、今神殿では取れなくなってきていたのだ。
でも、レシュノルティアやアスクレピアス公爵家に大層大切にされている少女に真っ向から協力を求めたとしても断らるのが目に見えていた。ジェンティアナはまだ自分が精霊憑きだという事が分かっていなかったからである。その人間に自覚と覚醒を強制する事は、その者の命と人生を危険に晒す行為に等しい。学院中等部の頃からジェンティアナが精霊憑きだったなんて事は知っていた。だが、彼女はアルテミシアの双子の弟であるイーシアスが好意や尊敬を向ける相手だった。それが分かっていたからアルテミシアは、ジェンティアナに覚醒を強制することはなかった。
だが水の精霊憑きの力が弱まりに弱まり、最終手段に出るしかなかった。彼女も、アルテミシアも精霊憑きである。だから人格が破壊されるような、覚醒を向かえるためには
地獄を味わう事も理解している。だから自覚のない娘にそんな事は強制したくなかった。が、
この国を導く皇族の一員として、国の精霊憑きを束ねる者として、道化を演じて事に出るしか
なかった。
「お前がああしなければ国は危険に晒される。だからしょうがなかった事なんだ。」
「分かっているわ!!分かっているけれど…しょうがないだけで一人の女の子の人生が
狂わされてたまるものですかっ…。あの子は何も知らなければただ幸せに、」
「おい姉上!何してるんだっ、」
アルテミシアの、壁に打ち付けられた血の滲む手を大精霊の間に表れたイーシアスは取り上げた。
すると彼女は弟を見た途端、鬼のようだった形相を崩して大粒の涙をボロボロと流し始めた。そして何度もごめんなさい、ごめんなさいと口にして、ただ涙を床に落としている。それを見たイーシアスは、ハッと息を呑んだ。彼女はジェンティアナと無理矢理リンクをし、ジェンティアナの心を壊すような行為をした。だがそれと同時に、自分の姉の心も壊れかけている事に気が付いたのだ。
「姉上…、」
「…お父様からの、皇帝陛下が私に下した処分を伝えに来たのではないの。
陛下は、何と?」
「一カ月の謹慎、って。」
その軽すぎる処分を聞いて、アルテミシアはイーシアスの胸元をドンと一回殴った。そして肩をわなわなと震わせると、かすれたような、今にも消えそうなか細い声を出した。
「ぅ、いや…。」
「姉上?」
「もう、散々よ…、精霊妃なのも、それをまとめる存在なのも、皇位継承権が高いのも、次期皇帝と
なる貴方の姉なのもっ!!!!いらないわよそんな肩書っ、私に正当な罰を与えてくれないじゃない!!」
「しょうがないだろ俺達は!!……それが役目を持って生まれた、皇族の一員としての仕事だ。俺は皇帝、姉上は精霊妃。今もこれからもお綺麗で清らかな身分でなんて、いられねんだよ。あいつの命を姉上が危険にさらしたのは事実、やっちまった事に後戻りは通用しねえ。罪悪感感じてたいならその罪から逃げようとするな、罰を受けられたからって、許されるわけじゃ…ないんだから。」
イーシアスは自暴自棄になっているアルテミシアの肩を掴んで、諭すように声を少し荒げた。まだ自分は皇太子という立場であるが、もう精霊妃として扱われる姉の苦難を双子の兄弟として1番近くでよく見てきたつもりだ。だからこういう時、姉が悲劇のヒロインとして扱われたり慰めを
嫌う事を知っている。
「背負えよ、この国のために。」
「…っ、私あなたの好きな子を傷つけた。それでも、そうやって言ってくれるのね。」
「馬鹿にしてんじゃねえぞ。俺だって皇太子だ、国守るためなら何だってする。あと、辛くなったら半分持たせるなり押し付けるなりしていいよ。俺は将来、皇帝になるから。」
「イース…、」
「ごめん言いすぎた、やっぱり三分の一くらいにして。」
「台無し。殺すわよ。」
そしてその場で二人ははあとため息をついた。そして数秒の沈黙が流れたが、イーシアスが「あいつは許すよ」と小さく口にした。
「え?」
「ジェンティアナ。したことは許されないかもしれないけど、あいつは姉上の事許すんじゃねえかと思う。んで本当にお友達になりましょうとかいうぜ。」
「はあ…?それはないでしょ、私あの子に無理矢理、」
「あいつはそういう奴なの!」
「…それは困るわ。優しくされたら、本当にお友達になってしまいたくなりそう。」
そう彼女が苦笑いをこぼした時、朝日が昇った。
「…そろそろあの子が夢から覚めた頃かしら。どうか、どうかあの子が無事に、彼女の帰りを待つ人の元へ帰ってこられますように。」
そう昇ってくる朝日に向かって、彼女は祈るように手を合わせた。
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