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「さ、お二人共。せっかくの春休暇なのですからお二人でゆっくりなさっては?」  

チアラの声に、びくりと肩が震えた。屋敷で二人で過ごすなど、今まで全くありえなかったことだ。いきなりゆっくりしろだの
二人で過ごせと言われても、緊張してしまう。


「いや、それはしかし…、」

「お坊ちゃま?まさかこの広いお屋敷にお嬢様を一日お一人になさるおつもりですか。」

「私は大丈夫ですクラハ。書物庫にいれば退屈しません。」

何故か先程から、クラハとチアラは私達に二人の時間を取れと言う。別に婚約者だからといって意識的に二人でい続ける必要も無いと思う。逆に今彼と二人きりにされたのなら、話す会話だってあまりありやしない。それ何より、先程の一件で私の顔にはすっかり熱が集まりきっている。だからそれを覚ますために一刻も早く、レシュノルティアから距離をおきたかった。

「まあ、お嬢様までそんなことを!旦那様や奥様がご指示をなさらなかったら、書物庫やお部屋に籠りきりでございませんか。」

「べ、別に私はそれでいいんです。レシュノルティア様もお忙しいでしょう?ね、そうですよね。」

「別にそんなことはない。春休暇だからな。」

「……、あ、そうでしたね。」

そしてその場に、五秒間程の沈黙が訪れた。侍女二人も苦笑いをしているので、誠に申し訳ない気持ちになる。きっぱり私とすごす事を彼が断ってくれたのなら、この様な気まずい空間に悩まずに済むのに。何度も自分に言い聞かせているが、レシュノルティアが私を婚約者に選んだのは、私の家を助けるための温情にすぎない。彼に、私を愛する気持ちなどない。全て家の一存で決まる、貴族同士の男女の婚約に愛など恋など求めるのは馬鹿馬鹿しい事だと知っている。だが、私に寄せる気持ちがないレシュノルティアに婚約者だからといって、時間を使わせたり無理をさせるのは、何か申し訳ないのだ。

「あの、私はこれで失礼させていただきますね。レシュノルティア様も久しぶりのご実家ですし、私に構わずごゆっくりなさって下さい。」

「いや待て、君は先程から顔が赤いぞ。体調が優れないのではないか?」

何故そこに気がつく、突っ込む、引き止める…!?一番気がついて欲しくなかった事に気が付かれ、私は赤くなった頬を隠す様に顔をうつむかせた。

「いえ、ご心配をおかけする程の事では。大丈夫ですわ。」

「本当にか?」

「え、ええ…。」

「いや、やはり顔が赤いのには間違いない。医者に見てもらおう、熱があるのかもしれない。」

早くどこかに行って欲しかったのに、レシュノルティアは私の手首を掴んでくる。久しぶりに触れた、彼の手。出会った頃より更に大きくなっていて、もう男性の手の形をしていた。それに、ドクンと心臓が跳ねる。レシュノルティアはもう男性なのだということ、そしてその彼が今や自分の婚約者という立場にあること、それを意識すればする程、何故か私の鼓動は焦るように早くなって行ってしまう。

「さ、さっきからっ、誰のせいだと思って…!!」

「え?」

何ということを口走ってしまったのだろうか。これでは、私は貴方にときめいてしまっています、と言っているも同然だった。
それにまたさらに、さらに顔は赤くなる。もうこの場から、いっそ消え去ってしまいたい。これ以上この状況を私一人で誤魔化すことは出来ない、と思い側に控えていたチアラに助けを求めようにも彼女らは既に空気を読んで(?)からなのか姿を消していた。

「あの、その…本当に大丈夫ですから。すみません。」

「そうか。少しジェンと話したいことがあったから、よかった。君の時間を、僕に少しくれないだろうか。」

うつむいていた顔を少し上げると、掴まれていた手は解かれ、エスコートをする様にレシュノルティアの手が優しく差し出されていた。だめだ、これ以上彼に失礼な態度を取る前に一旦冷静になろう。

「はい、よろこんで。」

私は落ち着いた笑みを見せて、彼の差し出された手を取った。












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