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一章
第37話 暴走
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床にはおびただしい鮮血が散っている。
まずい、この量は……。
ウォフナーはもう立ち上がる気力も残っていない。
右目は目蓋ごと深く抉られている。
切断された左足からの出血もひどい。
右腕は先程の負傷でかろうじて繋がっている程度だった。
深くはないが、左脇腹も抉られている。
吐血も伴っており、呼吸音もおかしい。
内蔵に近い骨も折れているかもしれん。
それに、細かい傷は数えきれぬほどだ。
満身創痍……いや、おそらくもう、長くはもたんか。血を流しすぎている。
「ここまでよく戦ったな。さすが我が息子だ」
そう言うブックメリア卿は額に汗の玉を浮かべており、胸に大きな血の染みが広がっていた。
剣を杖がわりに使い、かろうじて立っている。
「こちらも致命傷なのだ。しかしな」
ブックメリア卿は魔剣のコアを一枚切り離し、
「こうすれば埋め込んだコアが肉体を再生してくれる!」
自分の、怪我をした胸に埋め込んだ。
「魔剣は私の友達なのだよ!」
ブックメリア卿が膨れ上がって形を変えていく。
「父様!」
「抑えろサリヴィア。あれはもう父上ではない。父上はもうとっくに魔剣に殺されている」
膨れ上がったブックメリア卿は、やがて異形の化物に変態した。
天井を突き抜けようかと思われるほど巨大で筋ばった体と顔に何本もの細い手足がついている。
サリヴィアが、苦虫を噛み潰したような顔になる。
ごおおおおおっ――と、かつてブックメリア卿だった魔物が唸りをあげた。
ヘキサクリスパーの六角形の刃たちが一斉に切り離され、宙に浮遊する。
剣も持ち主も、完全に暴走している。
俺は三人を守るように魔力障壁を作り出した。
――無数のコアが、舞った。
六角形の魔剣の欠片は強風に煽られた花弁のように無秩序に荒れ狂い、周囲を傷つけてゆく。
そのうちの一片がシャム・ハザに直撃した。
シャム・ハザの死体は骨が突き出て、肉が増殖し、紺色の体毛がそこらじゅうに生え揃い、眼に光がよみがえる。
「コーラルどの!」
サリヴィアが叫んだ。
振り向くと、
「兄様が!」
ウォフナーの体も魔物の姿に変貌してきていた。
コアからは障壁で守っていたはずだが――
「さきほど攻撃を食らっていたときに、すでに埋め込まれていたか!」
ついていた深い傷を中心に半分ほどが魔物化すると、ウォフナーだった魔物が立ち上がった。
傷つけられた箇所からは灰色の体毛が生え、深手の右腕は灰色の獣のような腕に変化し、切断された左足にも同様の筋張った獣の脚が再生し、潰された右目からは二本のいびつな角が伸び、角を囲むように黒く小さい瞳が三つ芽吹くように現れた。
中途半端な魔物の姿のまま、一回り二回り膨れ上がってくる。
その間にシャム・ハザだった魔物が、先にサリヴィアに襲いかかる。
「くっ!」
虫のように四つ足で這っていったシャム・ハザは身構えるサリヴィアの前で立ち上がり、腹部に空いた巨大な口を開いた。
ラミナが魔法のナイフを振るおうとした瞬間、
「グアアアアアアアアッ!」
近くにいたウォフナーだった魔物が、膨れ上がった右腕で化け物となっていたシャム・ハザをなぎ払った。
「!」
本能的な行動か?
……いや、サリヴィアを助けた?
ウォフナーだった魔物は俺たちに構わずブックメリア卿だった魔物を見据え、うなり声をあげながら地を蹴った。
しかし中途半端な魔物化で重心のバランスがおかしくなっているのか、うまく走れず転倒し、うめく。
「まだ半分ほどしか魔物化していない。――抗っているのか、魔剣の力に。おそらく、残っている最後の気力で」
見事。見事だ。
それほどの精神力なら、あるいは……。
「ラミナ」
ブックメリア卿をつまらなさそうに眺めていたラミナに声をかける。
「ナイフ貸してくれんか。鉈が壊れてしまってな」
「!」
ラミナのナイフを使うのは久方ぶりのことだった。
ラミナは嬉しそうにうなずいて、手から銀のナイフを生成する。
「いっぱい使って」
「いや一本でいい。サリヴィアを頼んだぞ」
荒れ狂う六角形のコアたちが、しだいにこちらに狙いを定めてきた。
ラミナの手から切り離されたナイフを握る。
「すべて打ち落とさねばならんか。つらいな」
ぼやきながら、俺はラミナのナイフに魔力を込めた。
まずい、この量は……。
ウォフナーはもう立ち上がる気力も残っていない。
右目は目蓋ごと深く抉られている。
切断された左足からの出血もひどい。
右腕は先程の負傷でかろうじて繋がっている程度だった。
深くはないが、左脇腹も抉られている。
吐血も伴っており、呼吸音もおかしい。
内蔵に近い骨も折れているかもしれん。
それに、細かい傷は数えきれぬほどだ。
満身創痍……いや、おそらくもう、長くはもたんか。血を流しすぎている。
「ここまでよく戦ったな。さすが我が息子だ」
そう言うブックメリア卿は額に汗の玉を浮かべており、胸に大きな血の染みが広がっていた。
剣を杖がわりに使い、かろうじて立っている。
「こちらも致命傷なのだ。しかしな」
ブックメリア卿は魔剣のコアを一枚切り離し、
「こうすれば埋め込んだコアが肉体を再生してくれる!」
自分の、怪我をした胸に埋め込んだ。
「魔剣は私の友達なのだよ!」
ブックメリア卿が膨れ上がって形を変えていく。
「父様!」
「抑えろサリヴィア。あれはもう父上ではない。父上はもうとっくに魔剣に殺されている」
膨れ上がったブックメリア卿は、やがて異形の化物に変態した。
天井を突き抜けようかと思われるほど巨大で筋ばった体と顔に何本もの細い手足がついている。
サリヴィアが、苦虫を噛み潰したような顔になる。
ごおおおおおっ――と、かつてブックメリア卿だった魔物が唸りをあげた。
ヘキサクリスパーの六角形の刃たちが一斉に切り離され、宙に浮遊する。
剣も持ち主も、完全に暴走している。
俺は三人を守るように魔力障壁を作り出した。
――無数のコアが、舞った。
六角形の魔剣の欠片は強風に煽られた花弁のように無秩序に荒れ狂い、周囲を傷つけてゆく。
そのうちの一片がシャム・ハザに直撃した。
シャム・ハザの死体は骨が突き出て、肉が増殖し、紺色の体毛がそこらじゅうに生え揃い、眼に光がよみがえる。
「コーラルどの!」
サリヴィアが叫んだ。
振り向くと、
「兄様が!」
ウォフナーの体も魔物の姿に変貌してきていた。
コアからは障壁で守っていたはずだが――
「さきほど攻撃を食らっていたときに、すでに埋め込まれていたか!」
ついていた深い傷を中心に半分ほどが魔物化すると、ウォフナーだった魔物が立ち上がった。
傷つけられた箇所からは灰色の体毛が生え、深手の右腕は灰色の獣のような腕に変化し、切断された左足にも同様の筋張った獣の脚が再生し、潰された右目からは二本のいびつな角が伸び、角を囲むように黒く小さい瞳が三つ芽吹くように現れた。
中途半端な魔物の姿のまま、一回り二回り膨れ上がってくる。
その間にシャム・ハザだった魔物が、先にサリヴィアに襲いかかる。
「くっ!」
虫のように四つ足で這っていったシャム・ハザは身構えるサリヴィアの前で立ち上がり、腹部に空いた巨大な口を開いた。
ラミナが魔法のナイフを振るおうとした瞬間、
「グアアアアアアアアッ!」
近くにいたウォフナーだった魔物が、膨れ上がった右腕で化け物となっていたシャム・ハザをなぎ払った。
「!」
本能的な行動か?
……いや、サリヴィアを助けた?
ウォフナーだった魔物は俺たちに構わずブックメリア卿だった魔物を見据え、うなり声をあげながら地を蹴った。
しかし中途半端な魔物化で重心のバランスがおかしくなっているのか、うまく走れず転倒し、うめく。
「まだ半分ほどしか魔物化していない。――抗っているのか、魔剣の力に。おそらく、残っている最後の気力で」
見事。見事だ。
それほどの精神力なら、あるいは……。
「ラミナ」
ブックメリア卿をつまらなさそうに眺めていたラミナに声をかける。
「ナイフ貸してくれんか。鉈が壊れてしまってな」
「!」
ラミナのナイフを使うのは久方ぶりのことだった。
ラミナは嬉しそうにうなずいて、手から銀のナイフを生成する。
「いっぱい使って」
「いや一本でいい。サリヴィアを頼んだぞ」
荒れ狂う六角形のコアたちが、しだいにこちらに狙いを定めてきた。
ラミナの手から切り離されたナイフを握る。
「すべて打ち落とさねばならんか。つらいな」
ぼやきながら、俺はラミナのナイフに魔力を込めた。
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