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小さな掌握 ①

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 堀も塀も飛び越えてカイリの前に着地した彼らは、カイリ達の姿を見とめた後、きょろきょろと辺りを見渡した。

「魔王様はどちらか?」

 問いを受けて、カイリが一歩前に出る。

「魔王はわたしです」

「あなたが……? なんと、これは失敬」

 壮年はすぐさま拳と掌を合わせ一礼した。

「先程は郷の者が非礼をはたらき、まこと申し訳ありませぬ。我ら郷主フィリウスに代わり、平に謝罪いたします」

 ソーニャはジメっとした非難の視線を男達に向けた。礼を尽くすには遅すぎる。せっかく造った門から入ってこいとも思った。

「ソーニャちゃん。この人達は?」

「郷の重役達です」

「重役……偉い人ってことだよね」

 カイリは彼らに向き直って姿勢を正すと、ぎこちない礼で応えた。

「はじめまして。わたし、カイリ・イセっていいます。よろしくお願いします」

 明るい笑顔。朗らかな声。
 重役達はしばし呆気にとられた。今や魔族の半数以上を従える魔王が、自分達のような小物に礼儀を示すとは露ほども思っていなかったからだ。往々にして強者とは傲岸不遜。彼らにとって卑下や謙遜は誇りなき行為である。カイリの振る舞いは、魔族の価値観において非常識であるが故に、重役達はその真意を深読みしてしまう。

「やいっ。魔王様が名乗ったんだぞ! なにボケっとしてやがんだっ」

 カイリの傍でトトが喚くと、重役達は表情を引き締める。

「遅ればせながら。私はパテルの郷のルモート・イヴィンと申す者」

 改めて一礼した壮年に続き、重役達は口々に名乗りを並べる。

「んで、なんの用だ? 魔王様は忙しいんだぞっ。てめぇらなんかに構ってる時間がもったいないくれーになっ」

「トト。やめてったら」

 カイリに頭をはたかれ、トトはようやく口を閉じる。
 ルモートがコホンと咳払いを漏らして、場の空気を改めた。

「魔王様におかれましては、ぜひ我らの郷にお越し頂きたく、郷主に代わりお迎えにあがりました」

「迎えですか? でもフィリウスさんはお出かけ中って聞きました」

「仰る通り。されば郷主が帰ってくるまでの間、我らで歓待をと」

「えっと……気持ちは嬉しいんですけど、ごめんなさい。先にソーニャちゃんが招待してくれたので」

 ソーニャを一瞥し、困ったように笑うカイリ。

「どうかお聞きください。その者は魔族の風上にも置けぬ人間かぶれ。魔王様を招くにふさわしくありませぬ」

 冷たい視線をソーニャに向け、ルモートははっきりと口にした。

「人間かぶれ?」

「左様。この悪趣味な住処をご覧ください。その者が人間ごときに傾倒している確たる証拠ではありませんか」

「えっ」

 カイリは思わず背後の城を見返した。視界の端にはソーニャのうんざりしたような表情が映っている。ソーニャとこの城が侮辱されていると悟ったカイリは、不機嫌になるのを隠そうともしなかった。
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