上 下
141 / 152

魔王到来 ①

しおりを挟む
 ソーニャはすぐさま崖を駆け下りた。真っ逆さまに森に入り、木から木へと軽快に飛び移って、あっという言う間に郷に辿り着く。
 広場に現れたソーニャを見た住民達は溜息を吐いたり顔をしかめたりしたが、それ以上は反応しない。いつもならそれでも構わないが、今回ばかりは事情が違った。ソーニャはずかずかと議論の輪に踏み入ると、ぐるりと住民達を見回した。

「ふふん」

 ざわついていた広場がわずかに静まる。場の注目を一身に浴びたソーニャは、細い腰に手を当て、したり顔を浮かべてみせた。

「んだよ。今はお前に構ってる場合じゃねぇんだ」

「あっち行ってろ! 人間かぶれ!」

 議論の中心者達にすげなくされるが、ソーニャをそれを意にも留めない。

「ふーん、あっそ。でもいいのかしらぁ? のんびり話し合いなんかしちゃってて」

「あ? 言いたいことがあんならさっさと言えよ」

 白い人差し指を、ゆっくりと郷の入口に向ける。

「きちゃったわよ。魔王」

 ソーニャが指した方へ、皆が揃って目線を移した。
 魔族は視力にも秀でている。住民のほとんどが、郷へと近づいてくる小さな二つの人影を捉えていた。
 にわかに騒然さを取り戻す広場。先刻とは比較にならないほど盛んなざわつきだった。

「時間切れかよ。議論は終いだな」

 対立陣営の一方。抗戦を主張していた若い男が、郷の出口へ足を向ける。

「おい待て! 話はまだ終わっていない!」

 それを止めたのは、恰幅のいい壮年の男性だ。

「なんだ? 魔王とやらはすぐそこまで来てんだぜ。この期に及んでのんびりお喋りかよ?」

「時間がないからこそ、早急に魔王を招き入れる準備を整えるべきだ」

「日和ってんじゃねぇよ。あんたもこの郷の二番手なら、地元を守る気概見せろや」

「言いたいことはわかる……しかし世界は広いんだ。私もお前も決して弱いとは思わないが、世の中にはどんなに背伸びしたって敵わない相手がいる。郷主とてそうだろう」

「だから戦いもせずに下れってか? 強ぇかどうかも分からねぇ相手に?」

「私は誰にも死んでほしくないのだ。わかってくれ」

「わからねぇな。強ぇ奴に挑んで死ぬなら本望だぜ。あのルーク・ヴェルーシェは、そうやって戦い続けて最強になったんだ」

 周囲から同意の声があがる。多くは血気盛んな若い魔族達。
 めざめの騎士を一騎討ちにて破ったルーク・ヴェルーシェの名は、今や大陸中に轟いている。若者の間で命より武名を重んじる傾向が強まったのも、彼の武勇伝によるところが大きい。個の武勇を至高の価値とする魔族にとって、ルークの生き様はなにより魅力的に映った。

「行くぞ! 魔王と戦いてぇ奴は俺に続け!」

 降伏派の制止も聞かず、青年達はこぞって郷から飛び出していった。ある者は飛空魔法を用いて。ある者は強化した脚力で。ある者は従僕の獣を駆って。
 残された者達は恐々とその後姿を見送るのみ。

「あたしも行こーっと」

 ソーニャは抗戦派の後を追う。もちろんそちらの方が面白そうだから。それ以外の理由はない。
 飛空魔法で一直線。若者達が魔王と対峙したのを見て、ソーニャは近くの樹上から見物を決めこむ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...