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新生活へ

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「それで、乙女とはどんな話をしてきたのだ?」

 王宮を去ったカイト達は、王都アルカ・パティーロの街並みを歩いていた。喧騒の大通りは行き交う人々の熱気に包まれている。

「魔王を倒すって、約束してきました」

「また思い切ったことを」

 隣を歩くクディカが感心したように、あるいは呆れたように吐息を漏らした。

「乙女に誓いを立てた以上、もう後戻りはできんな」

「そんなの」

 この世界に来た時からそうだった。今更の話だ。
 剣を取り、めざめの騎士を騙り、乙女に勝利を誓う。それら一つ一つが確かな前進であり、唯一の生きる道だったのだ。
 クディカの視線を受け止める。身長差のない彼女の横顔には、相も変わらず気高さと美しさがあった。

「ふふ。たった数日で、良い面構えになったものだ」

 喜色を浮かべて視線を前に戻すクディカ。険のない彼女に幼さの面影を垣間見る。
 クディカの言葉を受け、カイトは改めて自覚する。自分の中にある、生き方の芯のようなものが出来上がりつつあることを。

「ひとまず落ち着いたところで、これからのことを考えなければいけませんね」

 クディカの横で、リーティアが柔らかな声を発した。

「これから、ですか?」

「まずは住むところを決めませんと。それに訓練や勉学の機会も必要ですね。この世界のことを知り、戦う力をつけ、勇者の名にふさわしい英士になるために」

 確かに、社会で生きていく以上は生活基盤の確立は欠かせない。家はもちろん、生活費も工面しなくてはならないし、何をするにしても先立つものが必要だ。
 一つ山を越えたと思ったら、また新たな課題が登場する。人生、そういうものだ。

「ああ。それなら、うちに来るといい。将軍に任じられた時に家を買ったのだが、なにぶん勢いばかりが先行してしまってな……部屋を持て余している」

 何の気なしに言ったクディカだったが、カイトは反応に困った。
 リーティアはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

「クディカ。もうすこし配慮をなされては?」

「む。何かまずいのか? 新しい住み家を用意するよりはずっと楽だと思うが」

「一人暮らしの女が殿方を家に招き入れることの意味。しかと考えましたか?」

「意味とな」

 一瞬だけ思案顔になるクディカだったが、

「……いや、待て待て! 違うぞ、そうじゃない! 私はただ、余った部屋を使えば合理的だろうと思っただけで……別に他意はないのだ!」

 何を想像したのか、慌てた表情で手をぶんぶんと振った。
 取り乱した彼女の姿を見るのは新鮮だ。自ずとカイトの頬も緩んでしまう。

「あ、こら馬鹿者! 何を笑っている!」

「いや」

「よろしいですかクディカ。そもそもあなたは――」

 言い淀むカイトをよそに、リーティアとクディカが説教と弁解の応酬を始める。
 その光景を、ヘイスが和やかな表情で眺めていた。

「厳格な人だと思ってましたけど、かわいらしい一面もあるんですね」

「かわいらしい、ねぇ」

 男として見られていないだけじゃないだろうか。そんな気がする。
 リーティアもリーティアで、クディカを嗜めるというよりはからかっている節がある。たぶん、二人にとってはいつものことなのだ。

「私はだな、別にカイトと二人きりで暮らそうなどとは微塵も思っていない。カイトが来るならヘイスも来る。手の速いこいつのことだ。ヘイスと二人で暮らすよりよほど健全だろう。なんならリーティア、お前も来るといい。皆で監視の目を増やそうではないか」

 いつの間にか矛先がこちらに向いている。ヘイスもむず痒そうに目を逸らした。

「あら、それは妙案ですね。あなたの家なら広いお庭もありますし、訓練も勉学も思いのままに打ち込んで頂けそうです」

「そうだろうそうだろう! ちゃんとそこまで考えていたのだ私は」

 カイトの意思を無視したまま話は進んでいく。
 もちろん住む場所を用意してもらえるのはありがたいし、ヘイスと二人暮らしというのも気が引ける。この世界で比較的親しくなったこのメンバーと集団生活を送る方が、いろいろと都合がいいかもしれない。

「カイトさんはそれでよろしいのですか?」

「はい。俺、あんまり自分の立場とかもよくわかってないので。全部任せます」

「よしよし。よくぞ言った」

 面目を保てたと感じたか、クディカが満足そうに頷く。
 リーティアは咳払いを一つ。

「ヘイス」

「はい」

「早急に引っ越しの準備を。それから、カイトさんが生活するために必要なものを一通り揃えてください。支払いはクディカに請求してかまいません」

「わかりました!」

 良い返事です、とリーティアが微笑む。
 ヘイスは仕事を貰えたことを喜んだ。全身から張り切り加減が窺える。

「私が払うのか?」

「当然です。支度金代わりですよ。部屋だけでなくお金も余っているでしょう?」

「否定はせんが、それを言うならお前とて同じだろう。物を贈る相手もいないくせに」

「天下の白将軍ほどではありませんわ」

 軽口を叩き合う二人を見ながら、自分の心と状況に余裕が生まれたことを確かめる。この世界に来てから、ようやくまともな生活が始まるのだ。カイトは密かに心躍らせていた。
 同時に、浮かれそうな自分を戒める。
 地盤を固めてこそ大業も為せるというもの。
 心安らぐ一時も、次なる戦いへの休息に過ぎないのだと。
 だが今は、束の間の安楽を享受しよう。
 まさにこういうやり取りが、求めてやまなかった異世界生活なのだから。
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