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異変 ②
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地下牢の石壁が轟然とぶち破られた。石片や土煙が飛散し、狭い空間を満たし、あっという間に視界が覆われる。
壁を破壊した強烈な衝撃は、カイトを牢の隅に吹き飛ばして転々とさせる。床に打ち付けられた後に尻もちをついて、舞い上がる粉塵を吸って激しく咳込んだ。
「な、なんだ!」
看守の声。
立ち込める土煙の中、カイトの目に映ったのは巨大な黒いシルエット。壁に空いた大穴からぬうっと現れたその影は、カイトの三倍はあろうかという巨人であった。
球状の胴体に太い四肢をくっつけたような巨体。頭部はなく、胴体上部に顔らしき模様が浮かび上がっている。
やがて視界が晴れた時、巨人の全身を覆う滑らかな漆黒が露わとなった。
あの戦場で目にした獣と同じ色合い。カイトの頭をよぎったのは魔族の二文字だった。
巨人は頭頂部を天井に擦りつけながら前進し、その分厚い手で易々と鉄格子を捻じ曲げてしまう。
「う、うわぁっ!」
漆黒の中で蠢く顔らしき模様に睨まれた看守は、悲鳴をあげながら逃げ出した。が、当然の如くそれは叶わない。壁の大穴からなだれ込んだ闇色の獣たちが看守に群がり、瞬く間に食い散らかしていく。断末魔は短く、呆気ない最期となった。
カイトは微動だにできなかった。絶句とはまさにこの事であろう。
不思議なことに、巨人も獣もカイトの存在に気付いていないようだった。いや、気付いていながら無視しているのかもしれない。
大穴からは止めどなく闇色の獣が侵入している。その数は膨大で、黒い洪水にも見紛う光景であった。この数の侵入を許してしまえば、いくら堅固を誇る砦といったところでひとたまりもあるまい。
猛スピードで横切っていく魔物の大行列を、カイトは口を半開きにして眺めることしか出来ない。
「あら? なにかしらこれ」
声が降ってきて、カイトはようやく視界を動かす。
まずカイトの目に留まったのは、髪だ。薄暗い地下にあって、輝きを放っているかのような銀色の髪。ツーサイドアップに結われた長い髪が、色白の少女の小振りな頭を飾っている。身に纏った黒一色のドレスはところどころにフリルがあしらわれていながら、極めて露出の多い造りになっており、こんな状況でも目のやりどころに困るほどだった。
「人間の、囚人?」
カイトの目には一見小中学生ほどに映るほど小柄ながら、その肢体は女性らしいラインを描き、見せつけるかのようなグラマラスなプロポーションを誇っている。
「あの子達が反応しないって、なんだか変ね」
血で染まったかのような紅の瞳は、悪魔的な色気を湛えている。だが、今のカイトは恐怖以外の感情を抱けない。
少女の愛らしい美貌が近づいて、カイトは息を呑む。
「ふぅん? へぇ、そういうこと。魔力を持ってないなんて、珍しい生き物ねー」
短いスカートから伸びる白い脚。豊かに膨らんだ胸の谷間。恐ろしいまでに美しい表情。それらがすぐ目の前にある。こんな状況じゃなければ、素直に喜べていたのに。
「そんなんじゃ、ちょっとした攻撃魔法でも簡単に消し飛んじゃうんじゃない?」
「……キミは……なんなんだ?」
掠れた声は、極度の緊張がもたらしたものだ。
「えーっ? あたしを知らないのー? むむー……これでも結構有名になったと思ってたのにー」
コロコロと表情を変え、不満そうに眉を寄せる少女。
「まーいいわ。それじゃ、自己紹介でもしてみましょうか」
一転、彼女は嬉しそうに口元を歪ませた。どこまでも無邪気で、幼げで、それでいて艶めかしい。それは魔性の笑み。
「魔王軍四神将が一柱。ソーニャ・コワールとは、このあたし」
彼女はスカートの裾をつまみ、軽やかに一礼する。
「あはっ。どうかしらどうかしら? こういうの、一回やってみたかったのよね」
演技臭い、とは思わなかった。蠱惑に満ちた佇まいと、気品すら感じる一挙手一投足のせいか、彼女の名乗り口上は芸術的でさえあった。
壁を破壊した強烈な衝撃は、カイトを牢の隅に吹き飛ばして転々とさせる。床に打ち付けられた後に尻もちをついて、舞い上がる粉塵を吸って激しく咳込んだ。
「な、なんだ!」
看守の声。
立ち込める土煙の中、カイトの目に映ったのは巨大な黒いシルエット。壁に空いた大穴からぬうっと現れたその影は、カイトの三倍はあろうかという巨人であった。
球状の胴体に太い四肢をくっつけたような巨体。頭部はなく、胴体上部に顔らしき模様が浮かび上がっている。
やがて視界が晴れた時、巨人の全身を覆う滑らかな漆黒が露わとなった。
あの戦場で目にした獣と同じ色合い。カイトの頭をよぎったのは魔族の二文字だった。
巨人は頭頂部を天井に擦りつけながら前進し、その分厚い手で易々と鉄格子を捻じ曲げてしまう。
「う、うわぁっ!」
漆黒の中で蠢く顔らしき模様に睨まれた看守は、悲鳴をあげながら逃げ出した。が、当然の如くそれは叶わない。壁の大穴からなだれ込んだ闇色の獣たちが看守に群がり、瞬く間に食い散らかしていく。断末魔は短く、呆気ない最期となった。
カイトは微動だにできなかった。絶句とはまさにこの事であろう。
不思議なことに、巨人も獣もカイトの存在に気付いていないようだった。いや、気付いていながら無視しているのかもしれない。
大穴からは止めどなく闇色の獣が侵入している。その数は膨大で、黒い洪水にも見紛う光景であった。この数の侵入を許してしまえば、いくら堅固を誇る砦といったところでひとたまりもあるまい。
猛スピードで横切っていく魔物の大行列を、カイトは口を半開きにして眺めることしか出来ない。
「あら? なにかしらこれ」
声が降ってきて、カイトはようやく視界を動かす。
まずカイトの目に留まったのは、髪だ。薄暗い地下にあって、輝きを放っているかのような銀色の髪。ツーサイドアップに結われた長い髪が、色白の少女の小振りな頭を飾っている。身に纏った黒一色のドレスはところどころにフリルがあしらわれていながら、極めて露出の多い造りになっており、こんな状況でも目のやりどころに困るほどだった。
「人間の、囚人?」
カイトの目には一見小中学生ほどに映るほど小柄ながら、その肢体は女性らしいラインを描き、見せつけるかのようなグラマラスなプロポーションを誇っている。
「あの子達が反応しないって、なんだか変ね」
血で染まったかのような紅の瞳は、悪魔的な色気を湛えている。だが、今のカイトは恐怖以外の感情を抱けない。
少女の愛らしい美貌が近づいて、カイトは息を呑む。
「ふぅん? へぇ、そういうこと。魔力を持ってないなんて、珍しい生き物ねー」
短いスカートから伸びる白い脚。豊かに膨らんだ胸の谷間。恐ろしいまでに美しい表情。それらがすぐ目の前にある。こんな状況じゃなければ、素直に喜べていたのに。
「そんなんじゃ、ちょっとした攻撃魔法でも簡単に消し飛んじゃうんじゃない?」
「……キミは……なんなんだ?」
掠れた声は、極度の緊張がもたらしたものだ。
「えーっ? あたしを知らないのー? むむー……これでも結構有名になったと思ってたのにー」
コロコロと表情を変え、不満そうに眉を寄せる少女。
「まーいいわ。それじゃ、自己紹介でもしてみましょうか」
一転、彼女は嬉しそうに口元を歪ませた。どこまでも無邪気で、幼げで、それでいて艶めかしい。それは魔性の笑み。
「魔王軍四神将が一柱。ソーニャ・コワールとは、このあたし」
彼女はスカートの裾をつまみ、軽やかに一礼する。
「あはっ。どうかしらどうかしら? こういうの、一回やってみたかったのよね」
演技臭い、とは思わなかった。蠱惑に満ちた佇まいと、気品すら感じる一挙手一投足のせいか、彼女の名乗り口上は芸術的でさえあった。
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