上 下
14 / 152

異変 ②

しおりを挟む
 地下牢の石壁が轟然とぶち破られた。石片や土煙が飛散し、狭い空間を満たし、あっという間に視界が覆われる。
 壁を破壊した強烈な衝撃は、カイトを牢の隅に吹き飛ばして転々とさせる。床に打ち付けられた後に尻もちをついて、舞い上がる粉塵を吸って激しく咳込んだ。

「な、なんだ!」

 看守の声。

 立ち込める土煙の中、カイトの目に映ったのは巨大な黒いシルエット。壁に空いた大穴からぬうっと現れたその影は、カイトの三倍はあろうかという巨人であった。
 球状の胴体に太い四肢をくっつけたような巨体。頭部はなく、胴体上部に顔らしき模様が浮かび上がっている。

 やがて視界が晴れた時、巨人の全身を覆う滑らかな漆黒が露わとなった。
 あの戦場で目にした獣と同じ色合い。カイトの頭をよぎったのは魔族の二文字だった。
 巨人は頭頂部を天井に擦りつけながら前進し、その分厚い手で易々と鉄格子を捻じ曲げてしまう。

「う、うわぁっ!」

 漆黒の中で蠢く顔らしき模様に睨まれた看守は、悲鳴をあげながら逃げ出した。が、当然の如くそれは叶わない。壁の大穴からなだれ込んだ闇色の獣たちが看守に群がり、瞬く間に食い散らかしていく。断末魔は短く、呆気ない最期となった。

 カイトは微動だにできなかった。絶句とはまさにこの事であろう。
 不思議なことに、巨人も獣もカイトの存在に気付いていないようだった。いや、気付いていながら無視しているのかもしれない。

 大穴からは止めどなく闇色の獣が侵入している。その数は膨大で、黒い洪水にも見紛う光景であった。この数の侵入を許してしまえば、いくら堅固を誇る砦といったところでひとたまりもあるまい。
 猛スピードで横切っていく魔物の大行列を、カイトは口を半開きにして眺めることしか出来ない。

「あら? なにかしらこれ」

 声が降ってきて、カイトはようやく視界を動かす。
 まずカイトの目に留まったのは、髪だ。薄暗い地下にあって、輝きを放っているかのような銀色の髪。ツーサイドアップに結われた長い髪が、色白の少女の小振りな頭を飾っている。身に纏った黒一色のドレスはところどころにフリルがあしらわれていながら、極めて露出の多い造りになっており、こんな状況でも目のやりどころに困るほどだった。

「人間の、囚人?」

 カイトの目には一見小中学生ほどに映るほど小柄ながら、その肢体は女性らしいラインを描き、見せつけるかのようなグラマラスなプロポーションを誇っている。

「あの子達が反応しないって、なんだか変ね」

 血で染まったかのような紅の瞳は、悪魔的な色気を湛えている。だが、今のカイトは恐怖以外の感情を抱けない。
 少女の愛らしい美貌が近づいて、カイトは息を呑む。

「ふぅん? へぇ、そういうこと。魔力を持ってないなんて、珍しい生き物ねー」

 短いスカートから伸びる白い脚。豊かに膨らんだ胸の谷間。恐ろしいまでに美しい表情。それらがすぐ目の前にある。こんな状況じゃなければ、素直に喜べていたのに。

「そんなんじゃ、ちょっとした攻撃魔法でも簡単に消し飛んじゃうんじゃない?」

「……キミは……なんなんだ?」

 掠れた声は、極度の緊張がもたらしたものだ。

「えーっ? あたしを知らないのー? むむー……これでも結構有名になったと思ってたのにー」

 コロコロと表情を変え、不満そうに眉を寄せる少女。 

「まーいいわ。それじゃ、自己紹介でもしてみましょうか」

 一転、彼女は嬉しそうに口元を歪ませた。どこまでも無邪気で、幼げで、それでいて艶めかしい。それは魔性の笑み。

「魔王軍四神将が一柱。ソーニャ・コワールとは、このあたし」

 彼女はスカートの裾をつまみ、軽やかに一礼する。

「あはっ。どうかしらどうかしら? こういうの、一回やってみたかったのよね」

 演技臭い、とは思わなかった。蠱惑に満ちた佇まいと、気品すら感じる一挙手一投足のせいか、彼女の名乗り口上は芸術的でさえあった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

処理中です...