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逆転
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翌朝。
リーベルデの部屋を訪れた俺は、クレインへ探りを入れるべきだと進言した。もちろん教官の依頼ということは隠している。要らぬ誤解を招きかねない。
「ガウマン侯爵のご令嬢ですか……あまり気は進みませんけど」
朝食の途中だったリーベルデは、神妙な顔つきでその手を止めた。
「しかしソルが関与していたとなると、クレイン達に嫌疑がかかるのも仕方ないことかと。彼女達を信じるのなら、むしろ潔白を証明するために積極的に調査をするべきではありませんか?」
「ですが……」
「私も、フリードの意見に賛成よ」
助け舟はメローネから出た。
「いま彼女達を疑わないのは不自然でしょう。お互いのためにも、早くはっきりさせた方がいいわ」
テーブルの上のパンを見つめ、じっと考え込むリーベルデ。
ガウマン侯爵への信頼ゆえ、クレイン達を疑いにくい。とはいえ聖業に私情を挟んではいけない。思案の表情から、そんな葛藤が伝わってくる。
「わかりました。二人の言う通りにしましょう」
束の間の沈黙の後、リーベルデは頷いた。
「ですが秘密裏に探るといった行為は、相手にも周囲にも不信感を与えます。こちらからお伺いし、彼女達の真意をお聞きしましょう」
「直接聞き出すんですか? それだと白を切られる可能性もあります。なにせ相手は魔王を信奉しているわけですし」
「そうかもしれません。ですが、聖女たるもの常に女神の名代である自覚を忘れてはならないのです」
時には策を弄することも必要だと思うが。
いや、それは聖女の仕事ではないか。
「そういうことであれば、先に俺が行って場を整えておきます。リーベルデ様はここでお待ちください」
「よいですか? このまま向かうのもやぶさかではありませんが……」
「急に訪ねたら警戒心を与えちゃうんじゃないかしら? ここはフリードのお言葉に甘えましょう。ね?」
メローネがリーベルデの肩に手をかける。
どうやら彼女は俺の意図に気が付いているらしい。リーベルデが行けば必然的に真正面からの対話になってしまう。その前に、俺が探りを入れられるだけ入れてみようというわけだ。
「フリードさん、頼めますか?」
「お任せください」
答えるや否や、俺は動き出す。
目指すは学生会館だ。この時間なら、クレイン達は作戦室にいるだろう。
雨はすっかり上がり、空は快晴の模様を呈していた。朝の日光が心地よい。
プロムナードを進んでいると周りからの視線を感じる。神聖騎士の装いであるせいか、通行人の注目を集めてしまうようだ。
「見て見て。神聖騎士様がいらっしゃるわ」
「かっこいいなぁ……僕さ、あの人が危険指定種をバシバシ倒してたの、目の前で見てたんだ。まるで格が違うって思ったよ。僕もいつかあんな風になりたいなぁ」
「お前じゃ無理だよ。神聖騎士になるのは学年主席でも難しいっていうじゃないか」
「だからこそだよ。あの人を見ると、もっと頑張ろうって思えるから」
学院生から羨望のまなざしを向けられるのは、満更でもないのだけど、なんだかむず痒い思いだ。
俺は意識的に背筋を伸ばす。リーベルデの威信の為にも、立ち振る舞いには気をつけなければならない。
俺が騎士になれたのはほとんど運によるところが大きい。決して実力で今の立場を掴んだわけじゃない以上、増長は禁物だ。
「そういえば聞いた? 昨日のアウトブレイク、うちの学生が犯人だったんだって」
「聞いた聞いた。この前のやつもそうだったんだろ? 一年生だって聞いたけど」
「ソル・グートマンだ。そこそこ有名な奴だぜ。剣の腕はピカイチで、うちの学年のエースでも遅れを取ることもあった」
「そんな有望な奴がなんであんなことしたんだろうな」
「それが、ガウマン家の陰謀なんじゃないかって話だぜ」
聞き捨てならない言葉が、俺の耳に入ってきた。
リーベルデの部屋を訪れた俺は、クレインへ探りを入れるべきだと進言した。もちろん教官の依頼ということは隠している。要らぬ誤解を招きかねない。
「ガウマン侯爵のご令嬢ですか……あまり気は進みませんけど」
朝食の途中だったリーベルデは、神妙な顔つきでその手を止めた。
「しかしソルが関与していたとなると、クレイン達に嫌疑がかかるのも仕方ないことかと。彼女達を信じるのなら、むしろ潔白を証明するために積極的に調査をするべきではありませんか?」
「ですが……」
「私も、フリードの意見に賛成よ」
助け舟はメローネから出た。
「いま彼女達を疑わないのは不自然でしょう。お互いのためにも、早くはっきりさせた方がいいわ」
テーブルの上のパンを見つめ、じっと考え込むリーベルデ。
ガウマン侯爵への信頼ゆえ、クレイン達を疑いにくい。とはいえ聖業に私情を挟んではいけない。思案の表情から、そんな葛藤が伝わってくる。
「わかりました。二人の言う通りにしましょう」
束の間の沈黙の後、リーベルデは頷いた。
「ですが秘密裏に探るといった行為は、相手にも周囲にも不信感を与えます。こちらからお伺いし、彼女達の真意をお聞きしましょう」
「直接聞き出すんですか? それだと白を切られる可能性もあります。なにせ相手は魔王を信奉しているわけですし」
「そうかもしれません。ですが、聖女たるもの常に女神の名代である自覚を忘れてはならないのです」
時には策を弄することも必要だと思うが。
いや、それは聖女の仕事ではないか。
「そういうことであれば、先に俺が行って場を整えておきます。リーベルデ様はここでお待ちください」
「よいですか? このまま向かうのもやぶさかではありませんが……」
「急に訪ねたら警戒心を与えちゃうんじゃないかしら? ここはフリードのお言葉に甘えましょう。ね?」
メローネがリーベルデの肩に手をかける。
どうやら彼女は俺の意図に気が付いているらしい。リーベルデが行けば必然的に真正面からの対話になってしまう。その前に、俺が探りを入れられるだけ入れてみようというわけだ。
「フリードさん、頼めますか?」
「お任せください」
答えるや否や、俺は動き出す。
目指すは学生会館だ。この時間なら、クレイン達は作戦室にいるだろう。
雨はすっかり上がり、空は快晴の模様を呈していた。朝の日光が心地よい。
プロムナードを進んでいると周りからの視線を感じる。神聖騎士の装いであるせいか、通行人の注目を集めてしまうようだ。
「見て見て。神聖騎士様がいらっしゃるわ」
「かっこいいなぁ……僕さ、あの人が危険指定種をバシバシ倒してたの、目の前で見てたんだ。まるで格が違うって思ったよ。僕もいつかあんな風になりたいなぁ」
「お前じゃ無理だよ。神聖騎士になるのは学年主席でも難しいっていうじゃないか」
「だからこそだよ。あの人を見ると、もっと頑張ろうって思えるから」
学院生から羨望のまなざしを向けられるのは、満更でもないのだけど、なんだかむず痒い思いだ。
俺は意識的に背筋を伸ばす。リーベルデの威信の為にも、立ち振る舞いには気をつけなければならない。
俺が騎士になれたのはほとんど運によるところが大きい。決して実力で今の立場を掴んだわけじゃない以上、増長は禁物だ。
「そういえば聞いた? 昨日のアウトブレイク、うちの学生が犯人だったんだって」
「聞いた聞いた。この前のやつもそうだったんだろ? 一年生だって聞いたけど」
「ソル・グートマンだ。そこそこ有名な奴だぜ。剣の腕はピカイチで、うちの学年のエースでも遅れを取ることもあった」
「そんな有望な奴がなんであんなことしたんだろうな」
「それが、ガウマン家の陰謀なんじゃないかって話だぜ」
聞き捨てならない言葉が、俺の耳に入ってきた。
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