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塔の頂上

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「ここからのようですね」

 間もなく塔の頂上。この様子だと、頂上を中心にダンジョン化が進んでいるようだ。
 俺は振り返って二人を確認する。
 メローネは既に腰の短剣に手をかけていた。この閉所では長物のハルバードは役に立たないためか。
 表情を引き締めるリーベルデ。先程までの少女然とした危うさは露と消え、いまや聖女の顔つきに変わっている。

「参りましょう。この塔の浄化が終われば、魔王の居場所も明らかになるはず」

 俺は頷く。
 そして、瘴気の内へと足を踏み入れた。
 空気が粘り気を帯びたように感じるのは俺の錯覚ではないだろう。狭い空間に淀んだ魔力は、人間の体内に宿る魔力に干渉して動きを鈍らせる。魔力の乏しい俺ですらこうなのだ。リーベルデとメローネの受ける違和感はもっと強いだろう。

 ペースを落とさず階段を上る。警戒してはいるものの、一向に魔物は現れない。
 ついに頂上に到達し、階段室の扉に手をかけることになった。

「用心してくださいフリードさん。何があるかわかりません」

「は」

 ゆっくりと扉を押し開く。錆びついた蝶番が軋み、耳障りな響きをもたらした。
 暗さに慣れていたせいか、外の光に目が眩む。
 塔の屋上に雨は降っておらず、まるで晴天の下であるかのように明るい。
 否。実際この場所は、雲一つない快晴の空間と化していた。

「雨が上がった、わけではないでしょうね」

 扉の隙間から外を覗くメローネ。

「ダンジョン化の影響だと思うけど、このパターンは初めて見るわ」

 異変が起きているのは確かなようだ。

「確認します」

 屋上に足を踏み入れると、心地よい風が外套をなびかせる。
 本当にダンジョン化しているのだろうか。旧校舎跡のような、典型的なダンジョンの雰囲気じゃない。

「やっと来たか」

 不意に聞こえた声。俺は咄嗟に剣の柄を握る。

「やれやれだ。まだかまだかと首を長くしていた。流石に待ちくたびれたよ。おっさん」

 屋上の端。胸壁に背を預け座り込んでいる一人の少年。
 彼はゆっくりと立ち上がると、油断のない足取りでこちらへと歩いてくる。

「ソル……? どうしてこんなところに」

 短い金髪をかき上げ、ソルは不敵な笑みを浮かべた。

「あんたらを待ってたのさ。あんたらっていうか、聖女様だけどね」

 蒼い視線が、奥のリーベルデに向けられる。

「ほら。こっちへおいでよ聖女様。用があるんだろ?」

 彼からは敵意を感じない。だが、決して友好的なわけでもなさそうだ。
 リーベルデがメローネを伴い、俺の隣へとやってくる。

「あなたは?」

「ソル・グートマン」

 彼は芝居じみた大仰な動きで一礼する。
 慇懃無礼な態度にも、リーベルデは機嫌を損ねない。ただ静かな眼差しを向けるのみ。

「フリードさん。彼とはお知合いなのですか」

「……元パーティメンバーです。ナダ・ペガルを破って投獄されていたところ、先日の襲撃に乗じて脱走して行方をくらませたと聞いていましたが」

「そうですか」

 一歩を前に踏み出したリーベルデは、聖杖で床を打つ。

「ここは学生がいていい場所ではありません。危険ですから、すぐに地上に降りてください。あなたの処遇については、後ほど改めて考えます」

 毅然とした物言い。今はこの場の浄化と、彼の安全を優先している。
 それに対し、ソルは納得したようにうんうんと頷いている。

「なんて慈悲深いお言葉なんだ。案じて下さっているのかい? 一人でこんな場所にいる得体の知れない僕を?」

「フリードさんのお仲間なら、私達にとっても大切な人です」

「……仲間ぁ?」

 堰を斬ったように大笑いをあげるソル。心の底からおかしそうに、腹を抱えて笑っている。
 リーベルデは聖杖を抱いて眉を潜める。

「何がそんなにおかしいのです」

「いやね。聖女様はよほど冗談が上手いと見える。そこにいるだけの、何の取り柄もない冴えないおっさんが僕の仲間だってさ。まったく笑わせてくれるじゃないか」

 ここにきて俺は、ソルの言動に違和感を覚えた。尊大な態度はそのままだが、それ以上に狂気のようなものを感じる。今までになかった底知れない暗さが垣間見える。

「ソル。一体どうした。何があったんだ」

「何もないさ。お前達に話すようなことはね」

 笑いから一息ついた後、ソルの顔に張り付いたのは獰猛な表情。

「偉大なる魔王様の命により、聖女リーベルデを抹殺する」

 剣を抜いたソルの周囲には、幾多の危険指定種が出現していた。
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