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手に入れたものは 1/2
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ウィンス・ケイルレス以下数百のエーランド残党は、サラサ率いるクローデン軍によって捕縛された。一部の兵は徹底抗戦を主張し、あるいは逃走を試みる者もあったが、そのほとんどは討伐の対象となった。
フェルメルト・ギルムートと彼の部下達はいつしか姿を消していた。混乱に乗じて宵闇に逃れたのだろう。長時間の捜索にも拘らず、影も形も掴むことができなかった。
地下に捕えられていた人質は直ちに解放された。保護された人質達は口々にサラサに感謝の言葉を送り、その度サラサは謙遜することもなく自らの功績を称えていた。
エーランド残党が起こした一連の事件は、ひとまずここに終結を見た。時間にしてあまりにも短い動乱ではあったが、その報はしばらく帝国中を騒がせる話題の種となるに違いない。
事態が落ち着いた頃。パマルティスの外縁に設営された陣中の一角にある一際豪奢な天幕の中で、シルキィはぼうっと虚空を見つめていた。
広い天幕に一人きりだ。
戦闘を行ったセスとティアは診療中。イライザはふらりとどこかへ行ってしまった。
危機を脱した安堵が、思考を停滞させていた。ぼんやりとした頭で思い返すのは、セスのことばかり。傷だらけになり、血まみれになり、一歩も退かずに戦う彼の姿。
剣闘士レイヴンと、アシュテネのローウェン。
そして、セスとイライザの関係。
魔道具の仄かな灯りに照らされた小さな横顔が、憂いを帯びた溜息を落とす。
「ミス・シエラ!」
突然天幕の入り口が勢いよく開いたかと思うと、サラサが駆け足で現れた。彼女は慌ただしく駆け寄ってきて、びっくり眼になったシルキィの手をぎゅっと包み込んだ。
「よかった。ご無事でなによりですわ」
彼女は親しい旧友と久闊を叙するかように嬉しそうだった。
シルキィはふと我に返り、すっと目を伏せる。
「ミス・クローデンの援軍に、心より感謝申し上げます。このご恩、どのようにお返しすればよいか、見当もつきません」
「どうかお気になさらないで。先に私を助けて下さったのは、ミス・シエラの方ではありませんか。受けた恩は必ず返す。それがクローデンの矜持ですわ」
えてして縁とは不可思議である。シルキィからすれば一種の気まぐれであったエルンダでの出来事が、結果的に自身の命を助けることになろうとは。
シルキィの手を包むサラサの力が少しだけ強くなる。
「それに、そのような堅苦しい言葉遣いもおやめになって。私のことは、親しみをこめてサラサと呼んでくださいな。私も、シルキィとお呼びいたします」
「そんな……それは」
子女とはいえ、家格が上の相手を気安くファーストネームで呼ぶのは、余程のことがない限り礼儀に背く行為である。ラ・シエラの面目を潰してしまうのが気懸かりで、シルキィはサラサの申し入れを拒否しようとした。しかし、拒むことも無礼にあたるのではないかと思い至り、言葉に詰まってしまう。
「よいのです。ほら、お顔を上げて。私達、もうお友達でしょう?」
お友達。
その単語は長い間、同年代の友人を欲してやまなかったシルキィの琴線に触れた。同級生であるサラサとは因縁も確執もあったが、それも今回の一件で水に流れた感はある。
少し前のサラサであれば、同じ台詞を口にしたところで嫌味や皮肉にしか聞こえなかっただろう。けれど今は違う。彼女の心の真実が、声と仕草に顕れていた。
ちらりと、目線を上げてみる。
「サ、サラサ」
「はい、シルキィ。なんでしょう?」
この短いやり取りが、シルキィの顔をいきなり紅潮させた。異様なくらいに照れてしまい、熱くなった頬を押さえる。
サラサは、いたずらが成功した子供のような無邪気な笑みだった。
「もうっ。なに笑ってるのよ」
「そうそう。その調子ですわ」
砕けた口調で話してみると、長らく互いの間にあった溝が少し埋まっていくような気がした。二人の少女は顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出す。
いつしか天幕の中は、年相応の明るい笑い声で満たされていた。
フェルメルト・ギルムートと彼の部下達はいつしか姿を消していた。混乱に乗じて宵闇に逃れたのだろう。長時間の捜索にも拘らず、影も形も掴むことができなかった。
地下に捕えられていた人質は直ちに解放された。保護された人質達は口々にサラサに感謝の言葉を送り、その度サラサは謙遜することもなく自らの功績を称えていた。
エーランド残党が起こした一連の事件は、ひとまずここに終結を見た。時間にしてあまりにも短い動乱ではあったが、その報はしばらく帝国中を騒がせる話題の種となるに違いない。
事態が落ち着いた頃。パマルティスの外縁に設営された陣中の一角にある一際豪奢な天幕の中で、シルキィはぼうっと虚空を見つめていた。
広い天幕に一人きりだ。
戦闘を行ったセスとティアは診療中。イライザはふらりとどこかへ行ってしまった。
危機を脱した安堵が、思考を停滞させていた。ぼんやりとした頭で思い返すのは、セスのことばかり。傷だらけになり、血まみれになり、一歩も退かずに戦う彼の姿。
剣闘士レイヴンと、アシュテネのローウェン。
そして、セスとイライザの関係。
魔道具の仄かな灯りに照らされた小さな横顔が、憂いを帯びた溜息を落とす。
「ミス・シエラ!」
突然天幕の入り口が勢いよく開いたかと思うと、サラサが駆け足で現れた。彼女は慌ただしく駆け寄ってきて、びっくり眼になったシルキィの手をぎゅっと包み込んだ。
「よかった。ご無事でなによりですわ」
彼女は親しい旧友と久闊を叙するかように嬉しそうだった。
シルキィはふと我に返り、すっと目を伏せる。
「ミス・クローデンの援軍に、心より感謝申し上げます。このご恩、どのようにお返しすればよいか、見当もつきません」
「どうかお気になさらないで。先に私を助けて下さったのは、ミス・シエラの方ではありませんか。受けた恩は必ず返す。それがクローデンの矜持ですわ」
えてして縁とは不可思議である。シルキィからすれば一種の気まぐれであったエルンダでの出来事が、結果的に自身の命を助けることになろうとは。
シルキィの手を包むサラサの力が少しだけ強くなる。
「それに、そのような堅苦しい言葉遣いもおやめになって。私のことは、親しみをこめてサラサと呼んでくださいな。私も、シルキィとお呼びいたします」
「そんな……それは」
子女とはいえ、家格が上の相手を気安くファーストネームで呼ぶのは、余程のことがない限り礼儀に背く行為である。ラ・シエラの面目を潰してしまうのが気懸かりで、シルキィはサラサの申し入れを拒否しようとした。しかし、拒むことも無礼にあたるのではないかと思い至り、言葉に詰まってしまう。
「よいのです。ほら、お顔を上げて。私達、もうお友達でしょう?」
お友達。
その単語は長い間、同年代の友人を欲してやまなかったシルキィの琴線に触れた。同級生であるサラサとは因縁も確執もあったが、それも今回の一件で水に流れた感はある。
少し前のサラサであれば、同じ台詞を口にしたところで嫌味や皮肉にしか聞こえなかっただろう。けれど今は違う。彼女の心の真実が、声と仕草に顕れていた。
ちらりと、目線を上げてみる。
「サ、サラサ」
「はい、シルキィ。なんでしょう?」
この短いやり取りが、シルキィの顔をいきなり紅潮させた。異様なくらいに照れてしまい、熱くなった頬を押さえる。
サラサは、いたずらが成功した子供のような無邪気な笑みだった。
「もうっ。なに笑ってるのよ」
「そうそう。その調子ですわ」
砕けた口調で話してみると、長らく互いの間にあった溝が少し埋まっていくような気がした。二人の少女は顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出す。
いつしか天幕の中は、年相応の明るい笑い声で満たされていた。
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