上 下
53 / 74

帝国の闇 2/2

しおりを挟む
 セスに迷いはない。十人を相手取る程度の修羅場など慣れたものだ。
 手槍を構えた二人の男女がセスににじり寄る。セスの得物を長剣と見た彼らは、間合いで勝る槍で牽制を加えてきた。その後ろでは悠然と斧を担ぐ男が威圧し、緊張の面持ちで弓に矢を番えている若い女、攻性魔法の構築を始める老人も見て取れる。残りの者は自身が手を下すまでもないと高をくくっているのか、距離を取って静観の姿勢だ。

 なるほど。一人も漏れず一線級の実力者であろう。B級に達するということは、相当の場数を経験しているに違いない。それがあと九人も残っている。
 セスはいまだ剣を抜いてすらいなかった。それがかえって、敵に奇妙な圧迫感を与えている。
 セスの手先が閃いた。マントに隠された懐より射出した投げナイフが、槍を持つ二人の両手を正確に貫いていた。神速の投擲術。何が起こったか分からないといった顔で槍を取り落とした槍使いの片方を殴りつけ、もう一方を蹴飛ばして、次いでセスは攻性魔法を放たんとする痩身の老人に跳び込んだ。瞬く間に肉薄したセスは、老人が放った白熱の魔力を視認してようやく抜剣。至近距離から放たれた光線を剣で弾き飛ばす。

「なんとッ……!」

 攻性魔法を剣で防ぐという神業に、老人は言葉を失う。セスに柄頭で殴打され、驚きの中で昏倒した。
 普通ならば、彼の光線は剣を破壊して敵を焼き尽くしたであろう。だが、セスの握る一見何の変哲もない長剣は魔力への強い耐性を有している。彼が駆け出しのアルゴノートだった頃、踏破したダンジョンで手に入れた無二の一振りであった。
 若い弓手が狙いを定めた。短弓から矢継ぎ早に放たれた三本の矢を、セスは避けるまでもなく指の間に捕える。次の瞬間には、床に転がっていた槍を蹴り上げ、弓手の短弓を真っ二つに破壊。弓手の女は高い声を上げて尻もちをついた。

 息つく間もなく、重厚な戦斧が振り下ろされた。鈍重ではあるが、驚異的な威力であることは疑いない。セスは正面から受けることを避け、繊細な剣捌きをもって斧の軌道を逸らした。勢い余った男は二の足を踏み、その隙をついて後頭部を殴打。意識を吹き飛ばす。剣の腹による強かな一撃であった。
 セスがナイフを抜いてから、僅か十秒足らずの攻防。端から見れば、瞬きをする間の出来事だったであろう。すでにB級の過半数が戦闘不能ないし戦意喪失に陥っていた。

 趨勢は既にセスの手中にあった。
 彼は一流の剣士であったが、その一方で徒手空拳での戦闘にも優れていた。こと人間相手に限れば、彼の拳足は強力な斬撃にも劣らない。
 残ったアルノゴート達は気を引き締めて奮戦したものの、流れを変えるに能わず全員がセスに打ちのめされた。最後の一人が気を失うと、組合はにわかに静寂を取り戻す。

「こりゃあ驚いた。大したもんだ」

 老婆はセスの戦いに目を奪われ、煙管を嗜むことも忘れていた。
 結果だけ見れば、十人のアルゴノート達が無能であったかのように思える。だがそうではない。彼らは正真正銘の実力者であり、各々が輝かしい功績を持つ豪傑である。攻撃の鋭さ、タイミング、身のこなしや防御の技術など、駆け引きを含めた戦闘能力は極めて高い水準にあった。にも拘らずこのような無様な結果に終わったのは、一重にセスが規格外であったせいに他ならない。長年に渡って数多のアルゴノートを見届けてきた老婆は、その真実を的確に見抜いていた。

「紛れもない。英雄の器だよ、アンタ」

 セスは息一つ切らさず、泰然と屹立していた。鋭い眼光が老婆を射抜く。

「これでもエーランドの情報は教えてくれないんだな」

「勘違いしちゃいけないねぇ。組合には皇帝陛下の息がかかっている。腕っぷしでどうにかなるモンじゃあないんだよ」

 深い皴を刻んだ笑みで、老婆が矍鑠たる笑いを上げた。

「ま、しかし。お前さんのことは個人的に気に入った。餞別に一つだけ教えてやろうかい」

 老婆の気まぐれはまさに僥倖だ。少しでも情報を得られるなら、願ってもない。

「今回のエーランド不干渉。お上から圧力がかかったのは組合だけじゃない。貴族はもちろん、各軍閥、パマルティス周辺の都市警備隊にまで行き渡ってる。ウィンス・ケイルレスは、旧王都を押さえてエーランドの解放を目論んでるのさ」

「解放? そうか……くそ、どうして気付かなかったんだ」

 冷静に考えればわかることだった。そもそもウィンス・ケイルレスの目的は何か。奪われた故郷を奪還し、地図に再びエーランドの名を刻むこと。
 しかしまさか、敗戦から僅か五年で実行に移すとは思わなかった。この短期間で独立を勝ち取るだけの力を蓄え、帝国への根回しにまで済ませていたとは。

「わかったろう? 事はそう単純じゃあない。お前さんの手にゃ余る」

「帝国は黙認するつもりなのか」

「そういうこった。だから悪いことは言わん。大人しく手を引くんだね」

 老婆はつまらなそうに紫煙を吐く。

「お前さんの味方なんて、誰もいやしないんだ」

 剣を納める音が、やけに大きく響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...