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帝国の闇 1/2
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グランタリアに入った翌日。セスは街中を巡ってエーランド残党の足跡を探し回った。住民や同業者への聞き込みから始まり、公報誌の履歴を収集し、実際にエーランドの根城に乗り込むにまで至った。
労力の割に成果は芳しくなかった。彼らの行方を掴むための情報が不自然に少ない。ここまでくると、何者かによって意図的に隠蔽されているのは確実である。
大事を取って宿で休んでいたティアは、神妙な面持ちで帰ってきたセスを労った。彼女の心中はひどく波立っていた。シルキィがどのような目に遭っているか、考えただけで気が狂いそうになる。
さらに翌日。セスは再び組合に赴いた。エーランド残党に動きがあったなら、真っ先に情報が集まる場所だ。自身の所属する組織に、一縷の望みを賭けたのだ。
だが、待っていたのは予想だにしない手荒い歓迎であった。
「C級のセスだな」
組合に入るや否や、鋭い目の男に険のある声を投げられた。明らかに殺気立っていて、今にも背負った大剣を抜きそうなくらいの佇まいだ。同業者に絡まれる心当たりはない。アルゴノートにはそれらしい因縁をつけて喧嘩をふっかける乱暴者も少なくないが、この男もそういう手合いだろうか。
「よしな。まだなんにも話してないってのに」
制止したのは事務員の老婆だ。彼女はしわがれた声でぴしゃりと言い放つ。
「悪いね。うちのモンが」
老婆は軽く謝罪を口にすると、爬虫類じみた両目をセスに向ける。
「お前さん。まだエーランドについて嗅ぎ回ってるみたいじゃないか」
「何か問題があるのか?」
「大アリさね」
長い煙管をふかす。紫煙が虚空に溶けきってから、老婆は言葉を続けた。
「今後指示があるまで、エーランドには不干渉。奴らに関わる依頼は即刻中止せよ。ってのが上からのお達しだ」
「なんだって?」
セスは耳を疑った。計ったかのようなタイミングである。
「お偉方から直々の下知だよ。あんたも組合の一員なら、従うのが筋ってもんだろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな滅茶苦茶な」
これにはセスも慌てふためいた。アルゴノート組合は帝国政府直営の組織だ。帝国に不利益となる依頼の受諾が制限されることも多い。しかし、今回の話は急すぎる。以前にもこのようなことはあるにはあったが、もっと事前に通告されるものだった。
「大事な依頼の最中なんだ。急にそんなことを言われても困るよ!」
「心配せんでもええ。依頼を投げ出しても、評価に影響はないんだよ。報酬について損が出るようなら、組合がきちんと補填するがね」
「そういう問題じゃ――」
なおも食い下がるセスの肩を、先程の鋭い目の男が掴んだ。
「おい、いい加減にしろ。昨日からテメェのせいで迷惑してんだ。聞き分けのねぇガキじゃねぇんだからよ」
言い方はともかく、男の主張は正しい。組織に属する以上、管理者の意向には従って然るべきだ。
「一体何がそんな不満なんだい。評価が下がるでもなし、赤字が出るわけでもなし。いいじゃないか。アルゴノートなんてやってれば、こんなことくらい幾らでもあるだろう」
よほど苦々しい表情をしていたのだろう。セスの顔を見た老婆は、煙たい溜息を吐き出した。
「納得いかないって顔だね。C級にもなって情けない」
老婆が、煙管の灰を落とす。
「お前さんはアルゴノート失格だ」
瞬間、セスは掴まれていた肩から引き倒された。背中を床に打ち付け呼吸を忘れる。男の振りかぶった大剣が風切り音を鳴らして迫っていた。身体を捻って間一髪で躱す。大剣は床を粉砕し、石材を舞い散らせた。
「はっ! C級にしちゃあいい動きだ!」
確実に殺しにきていた。当たっていれば今頃真っ二つだ。
セスは跳ねるように飛び起きると、腰の剣に手をかけた。すでに建物内のアルゴノート達が得物を手に臨戦態勢を整えている。その数、都合十人。
「腕利きのB級達を集めておいた。大人しく捕まった方が身の為だよ」
再び煙管をくゆらせながら、老婆がつまらなさそうに言う。
「そういうこった。抵抗すれば、分かってるな?」
歯を軋ませるセス。
「ここまでするか……!」
組合にどんな思惑があるか知らないが、依頼を中断するつもりは毛頭ない。アルゴノートの信頼や実績などはどうでもいい。報酬などなくてかまわない。セスは不動の信念のもとにこの依頼を遂行しているのだ。そもそも依頼というのも形式に過ぎない。
セスは腹をくくった。この二年間で培ったアルゴノートとしての実績を、すべて投げ捨てる覚悟を決めた。
何の為か。決まっている。ただ一人シルキィの為に。
血気盛んな大剣の男が、豪快な横薙ぎを繰り出した。鋭くも力強い一撃。セスに剣を抜く暇さえ与えないつもりのようだ。
肩の辺りを狙ったその斬撃に対し、セスは半歩前に踏み込んだ。腰を落としたセスの頭上を大剣が掠める。同時に、真っすぐ放った拳が男の鳩尾を抉った。鈍い打撃音と、息の詰まった呻吟。男は大剣を振り抜いた勢いに引かれ転倒。泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。
アルゴノート達が騒めいた。上級者であるはずのB級が、徒手のC級に一撃で敗れた。その事実は、彼らの間に動揺を走らせる。
労力の割に成果は芳しくなかった。彼らの行方を掴むための情報が不自然に少ない。ここまでくると、何者かによって意図的に隠蔽されているのは確実である。
大事を取って宿で休んでいたティアは、神妙な面持ちで帰ってきたセスを労った。彼女の心中はひどく波立っていた。シルキィがどのような目に遭っているか、考えただけで気が狂いそうになる。
さらに翌日。セスは再び組合に赴いた。エーランド残党に動きがあったなら、真っ先に情報が集まる場所だ。自身の所属する組織に、一縷の望みを賭けたのだ。
だが、待っていたのは予想だにしない手荒い歓迎であった。
「C級のセスだな」
組合に入るや否や、鋭い目の男に険のある声を投げられた。明らかに殺気立っていて、今にも背負った大剣を抜きそうなくらいの佇まいだ。同業者に絡まれる心当たりはない。アルゴノートにはそれらしい因縁をつけて喧嘩をふっかける乱暴者も少なくないが、この男もそういう手合いだろうか。
「よしな。まだなんにも話してないってのに」
制止したのは事務員の老婆だ。彼女はしわがれた声でぴしゃりと言い放つ。
「悪いね。うちのモンが」
老婆は軽く謝罪を口にすると、爬虫類じみた両目をセスに向ける。
「お前さん。まだエーランドについて嗅ぎ回ってるみたいじゃないか」
「何か問題があるのか?」
「大アリさね」
長い煙管をふかす。紫煙が虚空に溶けきってから、老婆は言葉を続けた。
「今後指示があるまで、エーランドには不干渉。奴らに関わる依頼は即刻中止せよ。ってのが上からのお達しだ」
「なんだって?」
セスは耳を疑った。計ったかのようなタイミングである。
「お偉方から直々の下知だよ。あんたも組合の一員なら、従うのが筋ってもんだろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな滅茶苦茶な」
これにはセスも慌てふためいた。アルゴノート組合は帝国政府直営の組織だ。帝国に不利益となる依頼の受諾が制限されることも多い。しかし、今回の話は急すぎる。以前にもこのようなことはあるにはあったが、もっと事前に通告されるものだった。
「大事な依頼の最中なんだ。急にそんなことを言われても困るよ!」
「心配せんでもええ。依頼を投げ出しても、評価に影響はないんだよ。報酬について損が出るようなら、組合がきちんと補填するがね」
「そういう問題じゃ――」
なおも食い下がるセスの肩を、先程の鋭い目の男が掴んだ。
「おい、いい加減にしろ。昨日からテメェのせいで迷惑してんだ。聞き分けのねぇガキじゃねぇんだからよ」
言い方はともかく、男の主張は正しい。組織に属する以上、管理者の意向には従って然るべきだ。
「一体何がそんな不満なんだい。評価が下がるでもなし、赤字が出るわけでもなし。いいじゃないか。アルゴノートなんてやってれば、こんなことくらい幾らでもあるだろう」
よほど苦々しい表情をしていたのだろう。セスの顔を見た老婆は、煙たい溜息を吐き出した。
「納得いかないって顔だね。C級にもなって情けない」
老婆が、煙管の灰を落とす。
「お前さんはアルゴノート失格だ」
瞬間、セスは掴まれていた肩から引き倒された。背中を床に打ち付け呼吸を忘れる。男の振りかぶった大剣が風切り音を鳴らして迫っていた。身体を捻って間一髪で躱す。大剣は床を粉砕し、石材を舞い散らせた。
「はっ! C級にしちゃあいい動きだ!」
確実に殺しにきていた。当たっていれば今頃真っ二つだ。
セスは跳ねるように飛び起きると、腰の剣に手をかけた。すでに建物内のアルゴノート達が得物を手に臨戦態勢を整えている。その数、都合十人。
「腕利きのB級達を集めておいた。大人しく捕まった方が身の為だよ」
再び煙管をくゆらせながら、老婆がつまらなさそうに言う。
「そういうこった。抵抗すれば、分かってるな?」
歯を軋ませるセス。
「ここまでするか……!」
組合にどんな思惑があるか知らないが、依頼を中断するつもりは毛頭ない。アルゴノートの信頼や実績などはどうでもいい。報酬などなくてかまわない。セスは不動の信念のもとにこの依頼を遂行しているのだ。そもそも依頼というのも形式に過ぎない。
セスは腹をくくった。この二年間で培ったアルゴノートとしての実績を、すべて投げ捨てる覚悟を決めた。
何の為か。決まっている。ただ一人シルキィの為に。
血気盛んな大剣の男が、豪快な横薙ぎを繰り出した。鋭くも力強い一撃。セスに剣を抜く暇さえ与えないつもりのようだ。
肩の辺りを狙ったその斬撃に対し、セスは半歩前に踏み込んだ。腰を落としたセスの頭上を大剣が掠める。同時に、真っすぐ放った拳が男の鳩尾を抉った。鈍い打撃音と、息の詰まった呻吟。男は大剣を振り抜いた勢いに引かれ転倒。泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。
アルゴノート達が騒めいた。上級者であるはずのB級が、徒手のC級に一撃で敗れた。その事実は、彼らの間に動揺を走らせる。
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