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浴場と剣闘の都市ダプア 3/3
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「この大通りを見る限りじゃ、剣闘がまるで健全な催しみたいなってる。けど、実際はそんな気楽なもんじゃない。あんなのもの、ただの殺し合いだ」
「それが何だっていうのよ。私だってレイヴンズストーリーを読んでるんだから、剣闘が残酷なものだっていうくらい知っているわよ」
「現実と小説は違う」
「私が臆病だとでも言いたいわけ?」
シルキィはあからさまに不機嫌になっていた。
剣闘の観覧を反対されたからだけではなく、それがセスによることが大きいのだろう。
柳眉を吊り上げるシルキィに、アーリマンは諭すように両手を上げた。
「いいえシルキィ様。彼は正しいことを言っています。剣闘とは、とても婦女子の方々に見せられるようなものではありません。ですから街興しにおいても、剣闘という言葉を多用しながらその実態を巧妙に隠している。剣闘の持つ残虐性は、婦女子の娯楽にはそぐわないのです」
セスとしては、シルキィに血生臭い殺人ショーなど見てほしくない。アーリマンも同調してくれたようでなによりである。
「なんか、言いくるめられたみたいで癪だわ」
シルキィは唇を尖らせて、子どもみたいに拗ねている様子だった。
「ではこういたしましょう。代わりと言ってはなんですが、レイヴンズストーリーをご愛読なさるシルキィ様にぜひともご紹介したい人物がいるのです」
「誰かしら?」
「レイヴンズストーリー。その原作者です」
途端に目を輝かせるシルキィ。それまでの怒りが嘘のように期待の表情が花開く。
「ほんと? 作者に会えるの?」
アーリマンはにこやかに首肯する。
「仕事で知り合う機会がありましてね。私もビジネスパートナーとしてお世話になっています」
「会う会う! 会いたいわ!」
両手を合わせて白い歯を覗かせるシルキィの笑顔は、セスが今まで見たどんな表情より嬉しそうだ。
「夢みたいっ。ねぇ、ティアもそう思うでしょ?」
「ええ、そうですねお嬢様」
手を握られたティアも、どことなく微笑んでいるように見える。
「そこまで喜んで頂けるとは。なんとも光栄なことです」
「ほら、行きましょう! 今からでもいいんでしょ?」
「もちろんです。どうぞ、ご案内いたします」
アーリマンはシルキィを促し、進行方向に手を向ける。
セスは胸を撫でおろした。他に興味が移ったおかげで、剣闘を見せなくて済みそうだ。
「あ、そうそう」
セスの安堵も束の間、シルキィの刺々しい声色が突き刺さる。
「あんたは来なくていいからね。宿で待機でもしてなさい」
「俺は護衛だろ? そういうわけには――」
「命令よ」
細い人差し指と鋭い声が、セスの言葉を遮った。
「だいたい街の中で護衛なんていらないでしょ。ティアもアーリマンも、あなたなんかより何倍も頼りになるんだから。いい? あなたは不要なの。わかったらさっさと宿に戻って礼儀の勉強でもしてなさい」
シルキィの目は吊り上がっていた。強い語気で言い切ると、そのままアーリマンの指す方向へ歩き去ってしまう。
その小さな背中を見つめて、セスは目頭を押さえて嘆息した。
「怒らせたか。まぁ、仕方ない」
嫌われることを承知で口を出したのだ。ここは大人しく彼女の叱責を受け入れよう。
「この街にいる間は、言われた通りにされた方がいいかもしれません。大丈夫です。出発する頃にはお嬢様のご機嫌も元通りになっていることでしょう」
「そう願うよ」
ティアが去り際に残した言葉が、唯一の気休めであった。
「それが何だっていうのよ。私だってレイヴンズストーリーを読んでるんだから、剣闘が残酷なものだっていうくらい知っているわよ」
「現実と小説は違う」
「私が臆病だとでも言いたいわけ?」
シルキィはあからさまに不機嫌になっていた。
剣闘の観覧を反対されたからだけではなく、それがセスによることが大きいのだろう。
柳眉を吊り上げるシルキィに、アーリマンは諭すように両手を上げた。
「いいえシルキィ様。彼は正しいことを言っています。剣闘とは、とても婦女子の方々に見せられるようなものではありません。ですから街興しにおいても、剣闘という言葉を多用しながらその実態を巧妙に隠している。剣闘の持つ残虐性は、婦女子の娯楽にはそぐわないのです」
セスとしては、シルキィに血生臭い殺人ショーなど見てほしくない。アーリマンも同調してくれたようでなによりである。
「なんか、言いくるめられたみたいで癪だわ」
シルキィは唇を尖らせて、子どもみたいに拗ねている様子だった。
「ではこういたしましょう。代わりと言ってはなんですが、レイヴンズストーリーをご愛読なさるシルキィ様にぜひともご紹介したい人物がいるのです」
「誰かしら?」
「レイヴンズストーリー。その原作者です」
途端に目を輝かせるシルキィ。それまでの怒りが嘘のように期待の表情が花開く。
「ほんと? 作者に会えるの?」
アーリマンはにこやかに首肯する。
「仕事で知り合う機会がありましてね。私もビジネスパートナーとしてお世話になっています」
「会う会う! 会いたいわ!」
両手を合わせて白い歯を覗かせるシルキィの笑顔は、セスが今まで見たどんな表情より嬉しそうだ。
「夢みたいっ。ねぇ、ティアもそう思うでしょ?」
「ええ、そうですねお嬢様」
手を握られたティアも、どことなく微笑んでいるように見える。
「そこまで喜んで頂けるとは。なんとも光栄なことです」
「ほら、行きましょう! 今からでもいいんでしょ?」
「もちろんです。どうぞ、ご案内いたします」
アーリマンはシルキィを促し、進行方向に手を向ける。
セスは胸を撫でおろした。他に興味が移ったおかげで、剣闘を見せなくて済みそうだ。
「あ、そうそう」
セスの安堵も束の間、シルキィの刺々しい声色が突き刺さる。
「あんたは来なくていいからね。宿で待機でもしてなさい」
「俺は護衛だろ? そういうわけには――」
「命令よ」
細い人差し指と鋭い声が、セスの言葉を遮った。
「だいたい街の中で護衛なんていらないでしょ。ティアもアーリマンも、あなたなんかより何倍も頼りになるんだから。いい? あなたは不要なの。わかったらさっさと宿に戻って礼儀の勉強でもしてなさい」
シルキィの目は吊り上がっていた。強い語気で言い切ると、そのままアーリマンの指す方向へ歩き去ってしまう。
その小さな背中を見つめて、セスは目頭を押さえて嘆息した。
「怒らせたか。まぁ、仕方ない」
嫌われることを承知で口を出したのだ。ここは大人しく彼女の叱責を受け入れよう。
「この街にいる間は、言われた通りにされた方がいいかもしれません。大丈夫です。出発する頃にはお嬢様のご機嫌も元通りになっていることでしょう」
「そう願うよ」
ティアが去り際に残した言葉が、唯一の気休めであった。
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