上 下
4 / 74

シルキィ・デ・ラ・シエラ 3/4

しおりを挟む
「もし叶うことなら、このセスを雇っては下さいませんか」

「C級のあなたを? 冗談でしょう?」

「僭越ながら、これでも十人並みの腕はあると自負しております。A級には及ばないまでも、ミス・シエラに満足して頂ける働きをしてみせましょう」

「ふぅん?」

 シルキィは品定めするように、無遠慮な目つきでセスを凝視する。

「時間の無駄だと思うけど。ま、物は試しとも言うし。ティア」

「はい」

 抑揚のない、しかしはっきりとした返事だった。ティアは威勢よく剣を抜き放ち、中段に構えた剣の切っ先をセスに向ける。
 周囲がどよめいた。

 依頼主がアルゴノートの実力を見極めるために従者などと立ち合わせるのはさほど珍しいことではないが、まさかいきなり始まるとは誰も思っていなかったであろう。
 セスにとっては渡りに船だ。自身の腕前をアピールするいい機会になる。

「いいね」

 剣の柄に手をかける。慣れ親しんだ感触がセスの心を落ち着かせた。

「セス、とかいったかしら。本当なら無視するところよ。だけどそのやる気に免じて、今回は特別にチャンスをあげる」

 シルキィはしたり顔で人差し指をぴんと立てた。優越感を帯びた声は清流のように透きとおっていて、胸にすっと落ちる不思議な響きがあった。

「私の依頼を受けたいのなら、相応の実力を示しなさい」

 セスは思わず笑みをこぼす。少しは期待されていると思ってもいいのかもしれない。

「ティアの実力の、せめて半分は見せてもらわないとね」

「お望みとあらば」

 ティアの剣気は単なる侍女のそれではない。歩き方ひとつとっても、彼女が武に通じていることは瞭然だった。彼女がただ一人シルキィに付き従っているのは、護衛として十分な実力があるからだろう。こうして相対しているだけでも、彼女の戦闘技術の高さが伝わってくる。訓練を受けた兵士でもこうはいくまい。

「この立ち合いはあなたの試金石です。どうぞ御容赦なく」

「お手柔らかに頼むよ」

「あなた次第です」

 セスは右手の指一本一本の動きを確かめるように柄を握り、ゆっくりと剣を抜く。
 ティアの小さな頭に乗ったヘッドドレスが、やけに白く見えた。
 セスが剣を構えたのと同時に、ティアが床を蹴った。ポニーテールが踊り、ロングスカートがはためく。十歩の距離が瞬く間に詰まり、セスの胴体に斬り上げが迫った。

「おおっ」

 些かばかり驚いた。なるほど、確かに遠慮がない。
 金属の重なる音が響く。助走をつけたティアの一撃を受け止めて、セスはその勢いを利用して後退。踏ん張りをきかせたセスの剣がティアの追撃を弾いた。

 セスは大振りの横薙ぎで空いた脇腹を狙うも、大きく開脚して姿勢を下げたティアに難なく回避される。大味な攻めによって隙が生じていたセスは、下方から迫った反撃の刺突にひやりとする。剣を逆手に持ち変えることで隙を最小限に留め、刀身に左手を添えてなんとか刺突を受け止めた。
 セスは危なっかしく後退して距離を取る。ティアが構えを直し、セスへと突っ込んだ。

「使うね。どこで剣を?」

「我らが領主トゥジクス様に」

「なるほど。そりゃ強いわけだ」

「はい。ですが、無駄口は命取りです」

 言葉を交わす間にも、何合、何十合と剣を打ち合わせる。その度に、周囲の観衆達が声を上げた。中には無責任な野次を飛ばす者もいる。
 ティアのしなやかでコンパクトな剣捌きは、さながら疾風である。洗練された動きの一つ一つは華麗ですらあった。彼女の剣は実に速く、そして正確だ。体捌きにも目を見張るものがある。

 だが、苛烈な攻勢の中にあってもその剣はセスに届かない。洗練されているが故の直線的な攻め。彼女の動きが型にはまっていることを、セスは既に見抜いていた。一度リズムを掴んでしまえば、次の剣筋を読むことは容易い。

「試合慣れはしているようだけど」

 実力を売り込む為にあえて真っ向勝負を続けていたが、もう十分だろう。セスは足下に倒れていた椅子をティアめがけて蹴り飛ばした。
 飛来した椅子に対して、ティアは反射的に剣による防御を行ってしまう。木製の椅子は刃に深くめり込み、剣としての性能を著しく低下させる。
 ティアの顔色が変わった。今まで動かなかった表情に焦りの色が浮かぶ。

「っ……くそっ」

 ティアが似合わない悪態を吐き、無造作に剣を振り回す。だが、そう簡単に椅子は外れない。
 セスの手元でくるりと剣が回った。遠慮のない力任せな一撃は、ティアの剣を椅子ごと弾き飛ばす。

 強かな衝撃にたたらを踏むティア。苦し紛れに放った蹴撃はセスにいなされ、更に体勢が崩れてしまう。靴底は浮き、ほとんど宙に投げ出された状態だ。
 窓から差す陽光を浴びてセスの剣が煌めく。ティアが晒したのは、必殺の一撃を確実に打ち込める隙。それは、事実上の決着を意味していた。

 セスは背中から地に落ちんとするティアの肩に手を回して支えることで、彼女を転倒から守る。濃紺のロングスカートがふわりと舞い、やがて落ち着いた。
 組合はひと時の静寂に包まれる。

「続ける?」

 肩を抱き抱えられたティアは、セスの涼しい顔から目を逸らせない。仄かに紅潮する頬は激しい運動のせいだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。  これが全ての始まりだった。 声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。  なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。 加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。  平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。 果たして、芳乃の運命は如何に?

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

濡れ羽色に輝く片翼の戦士

しゃもん
ファンタジー
翼を持った天空人の父と翼を持たない人である母との間に生まれたメリル。 実母が下界で亡くなった後、翼を持つメリルは父親に引き取られた。 引き取られた当初はハーフと言うことで天空人の間で蔑まれていたが、父の類まれな魔力を引き継ぎ軍で頭角を現したおかげで、現在(いま)は恋人とウハウハ状態だ。 でも天界で起こった反乱に巻き込まれて片翼を失った彼女は・・・。そんなメリルの波乱の物語。

ピュルゴス 〜英霊の塔〜

古道 庵
ファンタジー
荒野の中にそびえ立つ漆黒の塔。 どこまでも高く伸びる、天の果てまでも続く異質の塔。 そんな奇妙な建造物を目指す白髪の男。 彼の腰には一振りの剣があるのみ。 彼は挑む。 果てしなき戦いに。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

元四天王は貧乏令嬢の使用人 ~冤罪で国から追放された魔王軍四天王。貧乏貴族の令嬢に拾われ、使用人として働きます~

大豆茶
ファンタジー
『魔族』と『人間族』の国で二分された世界。 魔族を統べる王である魔王直属の配下である『魔王軍四天王』の一人である主人公アースは、ある事情から配下を持たずに活動しいていた。 しかし、そんなアースを疎ましく思った他の四天王から、魔王の死を切っ掛けに罪を被せられ殺されかけてしまう。 満身創痍のアースを救ったのは、人間族である辺境の地の貧乏貴族令嬢エレミア・リーフェルニアだった。 魔族領に戻っても命を狙われるだけ。 そう判断したアースは、身分を隠しリーフェルニア家で使用人として働くことに。 日々を過ごす中、アースの活躍と共にリーフェルニア領は目まぐるしい発展を遂げていくこととなる。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

道の先には……(僕と先輩の異世界とりかえばや物語)

神山 備
ファンタジー
「道の先には……」と「稀代の魔術師」特に時系列が入り組んでいるので、地球組視点で改稿しました。 僕(宮本美久)と先輩(鮎川幸太郎)は営業に出る途中道に迷って崖から落下。車が壊れなかのは良かったけど、着いた先がなんだか変。オラトリオって、グランディールって何? そんな僕たちと異世界人マシュー・カールの異世界珍道中。 ※今回、改稿するにあたって、旧「道の先には……」に続編の「赤ちゃんパニック」を加え、恋愛オンリーの「経験値ゼロ」を外してお届けします。

処理中です...